#ジャック・ドーシーはTwitterを換金した #2006三21Twitterとマイクロブログ_平成IT史ざっくり解説 #十06

 

ジャック・ドーシーはTwitterを換金した

Twitterという会社を、イーロン・マスクが44 billionドルで買った。

この出来事は普通、「イーロン・マスクがTwitterを買った」と記憶されている。しかし、別の角度から見ると、もっと皮肉な物語になる。

ジャック・ドーシーはTwitterを換金した。

もちろん、これは「ドーシーがTwitterを売却した」という単純な意味ではない。Twitterの買収を決定したのは取締役会であり、最終的には株主が承認した。ドーシー一人がTwitterを売ったわけではない。

しかし、ドーシーという人物のTwitterに対する態度を追っていくと、奇妙な構図が見えてくる。

彼はTwitterを作った。

彼はTwitterを上場企業にした。

そして最後には、Twitterを「会社であること」から解放したいと考えるようになった。

その結果として現れた買い手が、Twitterを44 billionドルで会社ごと買い取ったイーロン・マスクだった。


Twitterは最初から「会社」ではなかった

Twitterの起源は2006年にまで遡る。

最初のアイデアは単純だった。

「今何をしているのかを短い文章で共有する。」

しかしユーザーは、開発者が想定していなかった使い方を次々と発明した。

@ユーザー名。

ハッシュタグ。

Retweet。

Twitterは単なる短文投稿サービスではなくなった。

人々が勝手に通信規約を発明し、その規約を利用して社会的なネットワークを作った。

2013年のIPO資料でTwitter自身が強調したのも、この点だった。Twitterはユーザーによって「強化」されたサービスであり、@、#、Retweetによって公共的な会話のインフラになった、と説明している。

つまりTwitterの価値は、サーバーにも、140文字という仕様にもなかった。

人々がTwitterを使って作ったネットワークそのものにあった。

ここに、後の悲劇の種がある。

会社が所有していたのはTwitterという「サービス」だった。

しかし、Twitterの価値を作っていたのは、そのサービスを使う人々だった。


株式会社になった瞬間、Twitterには二つの価値が生まれた

Twitterが上場すると、Twitterには二つの価値が存在するようになった。

一つは、

公共的な会話のインフラとしての価値。

もう一つは、

株主が売買できる金融資産としての価値。

この二つは、似ているようで全く違う。

ユーザーから見れば、

「Twitterが存続してほしい。」

という願いがある。

株主から見れば、

「Twitter株の価値を最大化してほしい。」

という要求がある。

経営者から見れば、

「ユーザーを増やし、広告を売り、企業価値を高める。」

という仕事になる。

ここでTwitterは、公共的な会話空間であると同時に、換金可能なネットワーク資産になった。


そしてドーシーは「Twitterを会社にすること」に違和感を持ち始める

ドーシーが後年強く支持したのが、分散型・オープンなソーシャルプロトコルだった。

2019年、TwitterはBlueskyというプロジェクトを発表し、分散型ソーシャルメディアのためのオープンなプロトコル開発を支援すると表明した。Bluesky自身の歴史説明によれば、このプロジェクトの出発点はドーシーによるTwitterの資金提供構想だった。

ここには重要な発想がある。

もしTwitterの本質が、

Twitter社のデータベース

ではなく、

人々が形成した社会的ネットワーク

なのだとしたら、そのネットワークを一企業が所有する必要があるのか。

ドーシーが考え始めたのは、たぶんこの問題だった。

そして2022年3月、イーロン・マスクがTwitter買収を検討していたとき、二人はソーシャルメディアの将来について話し合った。

SEC提出資料によれば、議題には「オープンなソーシャルプロトコルの利点」が含まれていた。

さらに公開されたメッセージでは、ドーシーはマスクに、

Twitterのような新しいプラットフォームは必要だが、それは会社であるべきではない

という趣旨の考えを示していた。

ここが決定的に面白い。

Twitterを作った男が、Twitterを「会社ではないもの」にしようとしていた。


しかし、Twitterを会社でなくする方法はなかった

ここには資本主義の奇妙な罠がある。

Twitterを公共的なプロトコルにしたい。

しかしTwitter社は株式会社である。

株式会社には株主がいる。

株主は株式を所有している。

株式には市場価格がある。

市場価格がある以上、

Twitterという社会的ネットワークには「売値」が存在する。

どれだけ「これは公共的な会話のインフラだ」と言っても、会社そのものは金融資産である。

そして2022年、イーロン・マスクがその価格を提示した。

1株54.20ドル。総額約440億ドル。

Twitter取締役会は買収提案を受け入れ、株主も承認し、2022年10月に買収が完了した。

Twitterという公共空間は、最終的に巨大なM&A取引の対象になった。


ここで「換金」という言葉が出てくる

ドーシーがTwitterを作ったとき、Twitterはほとんど価値のないアイデアだった。

短文を投稿する。

それだけだった。

しかし何億人もの人々がそこに参加し、社会的ネットワークを形成した。

その瞬間、

社会的関係が資産になった。

フォロワー。

Retweet。

ブランド。

ニュース速報。

政治的影響力。

ジャーナリスト。

活動家。

企業。

ミーム。

これらは全部、Twitterという会社の企業価値を構成する。

つまりTwitterは、

人間関係を企業価値へ変換する装置

になった。

そして最終的に、その企業価値が44 billionドルという数字に変換された。

だから「換金」という表現は、単なる創業者の株式売却を意味しない。

もっと大きな意味で、

社会的ネットワークそのものを資産として評価し、最後に金融資産へ変換した。

という意味である。


もっと皮肉なのは、ドーシー自身が「Twitterを会社から解放する思想」を持っていたことだ

ここに最大の逆説がある。

ドーシーは、Twitterの価値を一企業が独占することに疑問を持った。

だからBlueskyを支援した。

Twitterではなく、オープンなプロトコルへ。

企業ではなく、ネットワークへ。

所有ではなく、相互運用性へ。

これは思想としては非常に美しい。

しかし現実には、そのTwitterという会社自体が44 billionドルで売却された。

つまり、

「Twitterを会社から解放する」という思想が生まれた瞬間、Twitterという会社には巨大な市場価格がついていた。

この矛盾は消えない。


そしてマスクは、まさにその「会社としてのTwitter」を買った

マスクはTwitterをプロトコルとして買ったのではない。

会社として買った。

従業員を雇用する会社。

広告を販売する会社。

サーバーを運営する会社。

知的財産を持つ会社。

ユーザーベースを持つ会社。

そして何より、

巨大な社会的ネットワークへのアクセスを支配できる会社。

ここに、ドーシーとマスクの思想の違いがある。

ドーシー:

「Twitterは会社である必要があるのか。」

マスク:

「この会社を自分で所有したら何ができるのか。」

前者はプロトコルの思想。

後者は所有権の思想。

そして2022年のM&Aでは、後者が前者を上回った。


しかしドーシーは完全に敗北したわけでもない

ここは重要だ。

Blueskyは2019年にTwitterが支援したプロジェクトとして始まり、2021年末に独立組織Bluesky PBLLCが形成された。Twitterから始まったアイデアが、Twitterとは別の組織として発展したのである。

つまりドーシーは、

Twitterという会社を手放す一方で、Twitter的な社会ネットワークを会社の外へ逃がす

という二重の動きをしていたとも読める。

Twitterを所有することより、

Twitterの次の形を作ること。

ここでは「会社を所有すること」と「ネットワークを設計すること」が分離され始めている。


だから本当の問題は「ドーシーはTwitterを売ったのか」ではない

もっと面白い問いは、

「誰が社会的ネットワークを所有できるのか?」

である。

Twitterでは、

人々
 ↓
会話
 ↓
ネットワーク
 ↓
Twitter社
 ↓
株式
 ↓
市場価値
 ↓
440億ドル

という変換が起きた。

これがプラットフォーム資本主義の本質だ。

人々が作った関係性を、会社が所有可能な資産に変換する。

そしてその会社を、さらに別の資本家が買う。

すると、

人間関係 → プラットフォーム → 株式 → M&A

という長い資産化の連鎖が完成する。


Blueskyが面白いのは、この連鎖を逆向きにしようとしているからだ

プロトコル型SNSでは、

人々
 ↓
ネットワーク
 ↓
プロトコル
 ↓
複数のAppView

となる。

ここではネットワークを一つの企業が完全所有する必要がない。

だから、

社会 → 会社 → 株式

という変換を止められる可能性がある。

もちろん、Bluesky自身が企業になった以上、完全に資本から自由になったわけではない。

しかし、少なくとも設計思想としては、

「社会的ネットワークと企業所有を切り離す」

方向を向いている。


Twitterの最大の皮肉

Twitterの歴史を振り返ると、非常に奇妙な結論になる。

Twitterは、

人間同士を直接つなぐために作られた。

しかし成功すると、その人間関係そのものが企業価値になった。

企業価値になると、それは株主の資産になった。

株主の資産になると、最終的には買収できる。

そして買収によって、そのネットワークを一人の所有者が支配できるようになった。

だからTwitterの歴史は、

「人間をつなぐ技術が、つながりそのものを金融資産に変えてしまった歴史」

でもある。


そしてジャック・ドーシーはTwitterを換金した

この言い方は、ドーシー個人の行為を過度に単純化してしまう危険がある。

Twitterの売却はドーシー一人の決定ではない。

しかし、思想的な意味では、この表現はかなり正確だと思う。

ドーシーはTwitterを作った。

Twitterは人々を集めた。

人々はネットワークを作った。

ネットワークは企業価値になった。

企業価値は株式になった。

株式は440億ドルになった。

そして、その資産をマスクが買った。

その一方でドーシーは、

「そもそも、このネットワークを会社が所有する必要があるのか」

という問いを残した。

ここにTwitterの最後の皮肉がある。

Twitterは、社会を企業に変換することで巨大になった。

そしてドーシーは、その企業を換金可能な資産として残したまま、

「次は会社ではなくプロトコルにしよう」

と考えた。

Twitterの次にBlueskyが来たのは、偶然ではない。

それはTwitterという会社が辿り着いた、ひとつの論理的帰結だったのかもしれない。

Twitterは「社会を会社にした」。
Blueskyは「会社になった社会を、もう一度プロトコルに戻そうとしている」。

そして、その間に440億ドルの小切手が一枚挟まっている。

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