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製造業の黄昏を超えて:データが語るアメリカ経済の構造変化と労働者の未来 #ラストベルト #経済格差 #脱工業化

この本は、アメリカ経済が経験した大きな構造変化、特に製造業雇用の減少という現象に焦点を当て、そこにまつわる一般的な「神話」をデータと経済学の視点から検証し、労働者にとって真に意味のある未来への道筋を探ります。


序章:ある経済学者の不都合な真実

1992年、リトルロックでの対話

物語は、今から30年以上前、1992年のアメリカ大統領選挙を数カ月後に控えた秋の日の出来事から始まります。私は、当時のアーカンソー州知事であり、民主党の大統領候補として勢いに乗っていたビル・クリントン氏との会談のため、他の民主党寄りの経済学者たちと共に、リトルロックへと飛んでいました。

私たちの表向きの目的は、クリントン氏が進めるべき経済政策について議論することでした。しかし、集まった経済学者たちの間には、互いに言葉にせずとも分かり合っているもう一つの目的があったように思います。それは、クリントン政権が誕生した場合、その経済チームの一員として仕事を得るための、いわばオーディションのような場でもありました。

大統領候補との政策議論

会談は和やかな雰囲気の中で進みました。クリントン氏は非常に知的好奇心旺盛で、私たちの意見に熱心に耳を傾けていました。様々な政策テーマについて活発な議論が交わされる中で、ある一点でクリントン氏が私たちに問いかけました。

製造業復活の問い

「アメリカの製造業を、かつてのような雇用シェアに戻すために、我々は何ができるだろうか?」

これは、当時のアメリカ経済が抱える大きな課題の一つであり、多くの労働者、特にブルーカラー労働者たちの間で深刻な問題として認識されていました。工場が閉鎖され、仕事が海外に移転していく状況への危機感は、クリントン氏自身も強く感じていたのでしょう。

不都合な真実の提示

その問いが発せられた時、他の経済学者たちの視線が一斉に私に集まるのを感じました。当時の私は、国際経済学、特に貿易が雇用に与える影響に関する研究を専門としており、まさに私の部門の問いかけだったからです。

私は深く息を吸い込み、そして、その場の空気を凍り付かせるような、しかし私にとっては譲れない「不都合な真実」を語りました。それは、クリントン氏が聞きたがっていた答えではなかったでしょう。

「申し訳ありません、知事。しかし、それは現実には実現不可能です。たとえ貿易赤字を解消できたとしても、製造業の雇用はせいぜい緩やかに増加するだけで、経済全体の雇用に占める割合は、過去(1950年代や60年代)の水準からは依然としてはるかに小さくとどまるでしょう。」

私の言葉は、多くの人にとって衝撃的だったかもしれません。「貿易赤字を解消すれば、工場が戻ってきて雇用が増える」という、当時広く信じられていた、シンプルで分かりやすい「物語」とは真っ向から対立するものだったからです。

仕事を得られなかった理由

言うまでもなく、私はクリントン政権で仕事を得ることはありませんでした。私の「不都合な真実」は、当時のクリントン陣営が必要としていた政治的なメッセージや、多くの国民が望む「希望」とはかけ離れていたのですから。

政治と経済学のギャップ

政治は、人々の感情や願望に訴えかけ、分かりやすい解決策を提示する必要があります。特に選挙においては、有権者の共感を呼び、希望を与える「物語」が重要です。しかし、経済学は時に、その「物語」とは異なる、厳しく複雑な現実を提示します。経済学者としての私の仕事は、データと論理に基づき、経済のメカニズムがどう機能するかを誠実に分析することでした。

この時の経験は、私にとって非常に重要な教訓となりました。経済の現実は、しばしば政治的なレトリックや人々のノスタルジーとは異なること。そして、経済学者が語るべきは、たとえそれが不人気な真実であっても、データと分析が示すものであるということです。

政策アドバイスの限界

あの時、私がクリントン氏に伝えたかったのは、「過去の製造業全盛期に戻ることはできません」という、一見悲観的なメッセージだけではありませんでした。それは、「経済は常に変化し、過去にとらわれるのではなく、未来を見据えた政策こそが重要である」という、より建設的なメッセージの一部だったのです。しかし、短い会談時間の中で、そのニュアンスを十分に伝えることは難しかったのかもしれません。

振り返ってみると、あの時クリントン政権で仕事を得られなかったことは、私に起こった「最高の出来事の一つ」だったと思っています。なぜなら、私はアカデミアの世界で、政治的な圧力や制約に縛られることなく、経済の真実を探求し、発信し続ける自由を得たからです。🔥

コラム:ノスタルジーの引力

あの頃から30年以上が経ちましたが、「製造業を復活させよう」「あの頃の強いアメリカを取り戻そう」という声は、今なお政治の世界で根強く響いています。特に、ドナルド・トランプ前大統領の「Make America Great Again」というスローガンは、まさにこの製造業ノスタルジーと深く結びついていました。ラストベルトと呼ばれる中西部の工業地帯で、多くの人々が職を失い、地域経済が衰退していく中で、「失われた良い時代」への郷愁は、強力な政治的な力となりました。

経済学者として、私は数字やモデルに基づいて冷静な分析を試みますが、経済は単なる数字の世界ではありません。人々の生活、感情、アイデンティティ、そして希望と密接に関わっています。製造業で働くことは、多くの人にとって単なる仕事ではなく、誇りであり、コミュニティとのつながりであり、中産階級としての安定した生活を意味していました。それが失われた時の喪失感や怒りは、経済学者が定量的に分析できる範囲をはるかに超えるものです。

しかし、だからと言って、非現実的な過去への回帰を目指す政策が正しいということにはなりません。むしろ、そのノスタルジーに囚われることで、労働者が直面する本当の課題(技術変化、教育、社会保障など)から目を背け、かえって彼らを傷つけてしまう危険性があるのです。


経済構造変化への視座

私がクリントン氏に伝えようとした「不都合な真実」は、経済が時間の経過とともにダイナミックに変化していくという単純かつ重要な事実に基づいています。そして、その変化に伴い、人々が働く産業の構造も必然的に変化していきます。

農業からサービス経済へ

ほんの1世紀半前、アメリカは今とは全く異なる経済構造を持っていました。工業化は進みつつありましたが、それでも圧倒的に多くの人々が農業に従事する、まさに「農民の国」でした。

ところが、農業技術の飛躍的な進歩、工業化による都市への人口集中、そして食料生産の効率化が進むにつれて、農業に従事する労働者の割合は激減しました。今日の米国で、土地を耕し、作物を育てる仕事に就いている人はごくわずかです。多くの、おそらく大多数の農業労働者は、外国生まれであり、その多くは不法滞在であるという現実もあります。

過去の移行と現代の課題

皮肉なことに、一部の政治家はいまだに農村地域や小さな町を「真のアメリカ」として描くことがありますが、農業がアメリカの雇用を支配していた時代への強い郷愁は、製造業の場合ほど声高に聞かれることはありません。もちろん、農村部の衰退は深刻な問題ですが、経済全体の歴史的な物語の中で、農業から製造業への移行は、ある意味で「成功した構造転換」として語られることが多いのです。労働者がより生産性の高い工業部門へ移動し、全体として経済成長と所得向上につながったからです。

ノスタルジーの歴史的根源

一方で、米国の労働者の4分の1以上が製造業に雇用されていた1950年代や1960年代には、多くの、そして強いノスタルジーが漂っています。

この時代は、所得格差が現在よりもはるかに低く、多くのブルーカラー労働者が自分自身を誇りを持って中産階級であると考えていた時代でした。そして、「あの豊かな時代は、製造業における高賃金の仕事のおかげだった」という説が広く信じられています。さらに、「アメリカの製造業の相対的な衰退は、海外へのアウトソーシングと貿易赤字のせいだ」という説明が、まるで自明のことのように語られています。

しかし、この「物語」は本当に正しいのでしょうか? シンプルで、感情に訴えかけ、分かりやすい。それゆえに非常に魅力的で、多くの人々に受け入れられやすい物語であることは認めます。ですが、私が何年も前にクリントン氏に説明しようとしたように、そしてこれから本書で詳しく解説するように、この物語の背後にある「数学」、すなわち経済のメカニズムは、残念ながら機能しません。


製造業ノスタルジーの根源

なぜ、人々はこれほどまでに1950年代から60年代にかけての製造業全盛期に強いノスタルジーを抱くのでしょうか? その時代が、多くの労働者、特に大卒でないブルーカラー労働者にとって、経済的な安定と社会的な尊厳をもたらした「良い時代」だったからです。

1950-60年代の「中産階級」像

戦後のアメリカは、破壊を免れた強力な製造業基盤を背景に、世界経済を牽引しました。この時代、自動車、鉄鋼、家電製品といった基幹産業では、労働組合が強い交渉力を持っており、組合に加入している労働者は、大学教育を受けていなくても、家族を養える十分な賃金、充実した福利厚生(医療保険、年金)、そして安定した雇用を得ることができました。多くの労働者が一軒家を持ち、自家用車を所有し、子供を大学に行かせる夢を持つことができたのです。これが、戦後アメリカの「中産階級」の典型的な姿でした。

高賃金ブルーカラーの記憶

この時代の記憶は、現代の多くの非大卒労働者が直面している厳しい現実と比較すると、ますます輝いて見えます。グローバリゼーションと技術変化が進んだ現代では、かつてのような高賃金で安定した製造業の仕事は減少し、多くのブルーカラー労働者が低賃金で不安定なサービス業の仕事に就かざるを得なくなっています。医療保険や年金といった福利厚生は削減され、経済的な不安が広がっています。

このような状況の中で、「あの頃は良かった」「工場さえあれば」という声が上がるのは、ある意味で自然なことです。それは、単に経済的な安定を失っただけでなく、自らのスキルや労働に対する社会的な評価、そして将来への希望を失ったと感じている人々の、深い喪失感や怒りの表れでもあるのです。

コラム:クイーンズとラストベルト

私が育ったのはニューヨークのクイーンズです。多様な人々が暮らし、小さな商店やレストラン、そして多くのサービス業が集まる活気ある場所です。そこには、かつてのような大規模な工場はほとんどありません。人々は金融、教育、医療、IT、そして様々な個人向けサービスといった分野で働いています。クイーンズのような都市部は、まさに現代のサービス経済を象徴する場所と言えるでしょう。

一方、私がかつて講演などで訪れた、いわゆる「ラストベルト」の街々では、廃墟となった巨大な工場や、シャッターの閉まった商店街を目の当たりにすることがありました。そこには、かつての繁栄の面影と、現在の厳しい現実が同居しています。多くの住民は、かつて製造業で働いていた親や祖父母の世代の物語を聞いて育ち、その時代への強い憧れや、現在の状況への不満を抱いています。

私の言葉が「クイーンズこそが今のアメリカに近い」というのは、皮肉を込めた表現ではありますが、経済構造の変化という点では真実を突いていると思っています。雇用構造の中心は明らかにサービス業に移っており、それはクイーンズのような多様な都市部に顕著に表れています。ラストベルトの抱える問題は深刻ですが、それは過去の産業構造にしがみつくことでは解決できません。現代のアメリカ経済の「リアル」は、もはや広大な農地や巨大な工場だけにあるのではないのです。


本書の目的と構成

本書の目的は、この強力な製造業ノスタルジーに異議を唱え、アメリカ経済の構造変化の真実を、感情論ではなくデータと経済学の分析に基づいて明らかにすることです。

結論を先取りすれば、私がクリントン氏に伝えたように、たとえ何らかの方法で貿易赤字をゼロにしたとしても(これは、トランプ前大統領が採用したような関税政策では決して達成できませんが、それはまた別の話です)、アメリカが1950年代や60年代のような「再産業化」を遂げることはありません。製造業の規模はわずかに大きくなるかもしれませんが、雇用シェアが過去の水準に戻ることはなく、その結果、一般的な労働者の賃金上昇も、せいぜい取るに足らないほど些細なものにとどまるでしょう。

製造業ノスタルジーの危険性

産業空洞化やグローバリゼーションが悪玉であるという物語に賛同する人々の中には、私がその物語が「ほとんど間違っている」と指摘すると、しばしば苛立ちを覚える人がいると言わなければなりません。彼らは、産業空洞化の物語の弱さを指摘することが、アメリカの労働者を気にかけていないことと同義であると信じているようです。

しかし、それは大きな誤解です。はっきりと言っておきますが、私はアメリカ人労働者の運命を深く気にかけています。彼らが直面している経済的な困難、賃金停滞、雇用の不安定さ、そしてコミュニティの衰退といった問題は、私にとって非常に重要です。しかし、後述するように、1950年代の経済を再現しようとする政策は、労働者を助けるどころか、むしろ彼らの状況を悪化させる可能性が高いのです。

労働者中心の未来像

本書は、ある意味で「不気味な内容」(uncomfortable truth)を含むかもしれません。多くの人が信じたい「単純な物語」を否定するからです。しかし、私は見当違いのノスタルジーに基づく政策(特にドナルド・トランプ前大統領によってこれほど悲惨な扱われ方をした政策)が労働者を助けるどころか、かえって傷つけるものであることを理解することが重要だと信じています。重要なのは、過去の成功体験に囚われるのではなく、現代および将来の経済構造の中で、いかにして多くの労働者が安定した生活を送り、尊厳を持って働き、経済的な向上を達成できるかという、労働者中心の未来像を描くことです。

多角的視点の統合

この目的を達成するために、本書では以下の点について多角的な視点から深く掘り下げていきます。

本書で扱う主な内容(ペイウォール後のプレビューより)
  • 産業空洞化における国際貿易(アウトソーシングや貿易赤字)の役割が限定的である(ゼロではないが、しばしば過大評価されている)ことを、データとモデルに基づいて検証します。
  • 製造業雇用の減少が、一般的な労働者の賃金低下や停滞に与えた役割もまた限定的である(これもゼロではないが、しばしば主因と誤解されている)ことを、他の要因と比較しながら分析します。
  • そして、最も重要な点として、1950年代のような中産階級の社会を、現代の経済構造の中でいかにして「実際に役立つ」形で再構築できるのかについて、具体的な政策提言を行います。それは、製造業を過去の状態に戻すことではなく、教育、社会保障、地域支援、そして新しい産業の育成といった分野における、未来志向のアプローチです。

経済学的な分析に加え、本書では社会学、政治学、歴史学といった隣接分野の知見も借りながら、経済構造の変化が地域社会や人々の生活、そして政治に与える影響についても考察します。国際比較の視点を取り入れ、他の先進国が経験した脱工業化や製造業維持のための取り組み(例:ドイツのデュアルシステム)からも教訓を学びます。

本書を通じて、読者の皆様が、製造業雇用の減少という複雑な現象を、単なる貿易問題や過去への感傷としてではなく、経済全体のダイナミックな進化の一部として理解し、そして、労働者がこの変化に適応し、より良い未来を築くための建設的な議論に参加する一助となれば幸いです。


第1部:神話と現実:製造業雇用を巡る論争

第1章:製造業衰退を巡る「物語」

アメリカ合衆国の歴史を振り返ると、経済の中心は大きく二度シフトしました。最初は19世紀から20世紀初頭にかけての農業経済から工業経済への移行、そして二度目は20世紀後半から現在にかけての工業経済からサービス経済への移行です。特に、後者の移行は、多くの人々の生活や社会に大きな影響を与え、激しい議論を巻き起こしています。

ラストベルトの経済的苦境

製造業衰退の影響が最も顕著に現れているのが、「ラストベルト」と呼ばれる地域です。ペンシルベニア州、オハイオ州、ミシガン州、インディアナ州、イリノイ州、ウィスコンシン州といった中西部や北東部の州には、かつて鉄鋼、自動車、ゴム、ガラスといった基幹産業の巨大な工場が集積していました。これらの工場は地域経済の核であり、何万人もの労働者に高賃金と安定した雇用を提供していました。

しかし、1970年代以降、国際競争の激化、エネルギー価格の高騰、技術変化、そしてグローバリゼーションの波を受けて、これらの工場は次々と閉鎖または規模を縮小していきました。結果として、多くの地域で大量の失業者があふれ、関連産業や地域商店も打撃を受け、街は活気を失いました。

閉鎖された工場、失われた雇用

ラストベルトの風景は、文字通り「錆びついた帯」となりました。使われなくなった巨大な工場は廃墟となり、その姿は地域住民にとって、かつての繁栄と現在の厳しい現実を突きつける象徴となっています。失われたのは単なる仕事だけではありませんでした。製造業の仕事は、特に非大卒の男性にとって、一家の大黒柱としての役割、コミュニティでの高い地位、そして「ものづくり」への誇りといった、経済的な側面を超えた意味を持っていました。それが失われたことは、多くの人々にとって深いアイデンティティの危機をもたらしました。

貿易赤字が雇用を奪ったという主張

こうした製造業衰退の状況を見て、多くの人が原因として真っ先に挙げるのが、国際貿易、特に貿易赤字です。

「アメリカは諸外国にモノを売るよりも、彼らからモノを買う方がはるかに多い。この貿易赤字こそが、海外からの安価な輸入品が国内製品を駆逐し、アメリカの工場を閉鎖させ、雇用を奪った元凶だ!」という主張は、非常に分かりやすく、直感的に納得しやすいものです。テレビのニュースや政治家の演説でも、この「貿易悪玉論」は繰り返し語られてきました。

安価な輸入品と国内産業

特に、中国など新興国からの輸入が急増したことは、アメリカ国内の製造業、特に労働集約的な産業(繊維、家具、玩具など)に深刻な競争圧力をかけました。消費者はより安価な製品を手に入れられるようになりましたが、その裏で国内の工場は閉鎖され、多くの労働者が職を失ったという側面があることは否定できません。特定の地域や産業では、この貿易競争の影響は非常に大きかったのです。

アウトソーシングへの非難

貿易赤字と並んで、あるいはそれ以上に感情的に非難されることが多いのが、アウトソーシング、すなわちアメリカ企業が生産拠点を海外に移転することです。「アメリカの企業が、コストの安い海外で製品を作り、それをアメリカに逆輸入する。これではアメリカ国内の仕事がなくなるのは当然だ!」という批判は、多くの労働者の共感を呼びます。

「Made in USA」への郷愁

かつては多くの製品に誇り高く「Made in USA」の刻印があり、それが高品質と信頼の証でした。しかし、今や身の回りには海外で作られた製品があふれかえっています。こうした現実を前に、「あの頃のように、アメリカで作られた高品質な製品にあふれ、その生産によって多くのアメリカ人が豊かな生活を送っていた時代を取り戻したい」という感情は、単なる経済的な願望を超えた、国家や国民のアイデンティティに関わる問題として捉えられることもあります。

これらの「物語」は、製造業衰退という複雑な現実をシンプルに説明し、明確な敵(貿易相手国やアウトソーシングする企業)を特定するため、非常に強力な政治的な力を持っています。そして、この物語に基づいて、「関税を上げて輸入品を締め出し、国内生産を奨励すれば、工場は戻ってきて雇用は回復する」という政策的な結論が導かれるのです。

コラム:消えた繊維工場

私が子どもの頃、近所には小さな繊維工場がありました。そこで働く人たちは、地味だけれど誇りを持って仕事をしていました。しかし、1980年代頃から、その工場はどんどん規模を縮小し、最終的には閉鎖されてしまいました。理由は、海外、特にアジアからの安価な製品に太刀打ちできなくなったからです。そこの労働者たちは、職を失い、その後なかなか安定した仕事を見つけられずに苦労していました。彼らにとって、貿易やアウトソーシングは、まさに生活を破壊する直接的な原因に見えたでしょう。経済学者として、私はそれが経済全体の効率性向上につながる側面もあることを知っていますが、個々の労働者やコミュニティが被る打撃は、数字だけでは測れないほど深刻なものです。あの繊維工場の跡地を通るたび、私は経済の構造変化がもたらす人間的なコストについて考えさせられます。


第2章:データは物語にどう応えるか?

前章で見たように、「貿易赤字やアウトソーシングがアメリカの製造業雇用を破壊した」という物語は、非常に強力です。しかし、経済学者は感情や物語だけでなく、データと論理に基づいて現実を分析しようとします。そして、データはしばしば、単純な物語よりもはるかに複雑な真実を語りかけます。

製造業雇用シェアの構造的変化(詳細分析)

まず、アメリカにおける製造業の雇用シェア(全雇用に占める製造業雇用の割合)が、長期的にどのように推移してきたかを見てみましょう。米国の労働統計局(BLS)や国勢調査のデータを見ると、この変化は驚くほど明確です。

データで見る製造業雇用シェアの推移
  • 1950年代:25%以上
  • 1960年代:25%程度
  • 1980年代初頭:20%程度
  • 2000年代初頭:13%程度
  • 2020年代:10%程度

(参考:U.S. Bureau of Labor Statistics, Current Employment Statistics, Historical Data)

このデータは、製造業雇用シェアが、1950年代や60年代のピークから一貫して低下していることを示しています。そして、この低下傾向は、実はグローバリゼーションが加速する前の、たとえば1970年代や80年代初頭からすでに始まっていました。貿易赤字が拡大し、アウトソーシングが一般化するのはそれ以降のことですから、貿易やアウトソーシングだけが製造業雇用減少の原因であるとするのは、時間軸で見ても矛盾が生じます。

生産性向上による労働需要減少

では、貿易やアウトソーシング以外に、製造業雇用が減少した主な要因は何でしょうか? 経済学者が最も重要視する要因の一つは、**生産性向上**です。

生産性向上とは、同じ量の労働力や資本を使って、より多くの製品を生産できるようになることです。技術革新(オートメーション、新しい機械、IT化など)によって、製造業の生産性は劇的に向上しました。例えば、現代の自動車工場では、かつての何十分の1、何百分の一の労働者で、同じ台数の自動車を生産することができます。

これは、製造業全体の生産量がたとえ増えたとしても、必要な労働者の数は相対的に減少することを意味します。全経済の生産量が伸びる中で、製造業の生産量も伸びていますが、その伸び率以上に労働生産性が向上するため、雇用に占める製造業の割合は低下していくのです。これは、経済全体の効率性が高まっている証拠でもあります。

時系列データで見る労働生産性と雇用

生産性向上と製造業雇用の相関

BLSのデータを見ると、米国の製造業の労働生産性は、1990年代以降も高いペースで上昇し続けています。一方で、製造業の雇用者数は長期的に減少傾向にあります。この強い負の相関関係は、生産性向上こそが、総雇用に占める製造業の割合が低下する主因であることを示唆しています。製造業の生産量は増加しているにもかかわらず、必要な労働投入量が減少しているのです。

国内需要のサービス化(詳細分析)

もう一つの重要な構造的要因は、**国内需要の変化**です。経済が成熟し、人々の所得水準が向上するにつれて、消費の構造はモノ(製造業製品)からサービスへとシフトしていきます。例えば、かつては家電製品を買い揃えることが優先されていましたが、所得が増えると、旅行、外食、医療、教育、エンターテイメント、金融サービス、情報通信サービスなど、様々なサービスへの支出が増加します。米国経済のサービス経済化です。

データで見るサービス支出の増加

米国のGDPに占めるサービス産業の割合は、1950年代には50%台でしたが、現在では80%近くに達しています。一方、製造業のGDPに占める割合は、生産量は増加しているものの、全体のパイがサービスによって大きくなっているため、相対的に低下しています。雇用の面では、サービス産業は製造業よりも一般的に労働集約的であり、同じ金額を支出しても、サービスの方がより多くの雇用を生み出す傾向があります。この需要のシフトが、サービス産業の雇用を拡大させ、相対的に製造業の雇用シェアを低下させる要因となっています。

つまり、製造業雇用の減少は、貿易やアウトソーシングといった外部要因だけでなく、国内における技術進歩と需要構造の変化という、より根源的な構造要因によってもたらされている側面が大きいのです。これは、経済がより効率的になり、人々の生活水準が向上した結果として、必然的に生じる変化とも言えます。

貿易の雇用影響:定量分析の試み

では、貿易赤字やアウトソーシングの影響は全くなかったのでしょうか? もちろん、そんなことはありません。「限定的」であると言ったのは、他の要因と比較して支配的ではないという意味であり、ゼロではないと強調した通りです。

貿易赤字解消の雇用効果シミュレーション

経済学的なモデル(例えば、CGEモデル:Computable General Equilibrium Model、コンピューターで経済全体の均衡を計算するモデル)を用いて、仮に貿易赤字を大幅に削減または解消できた場合に、製造業雇用がどの程度回復するかをシミュレーションする研究は多数存在します。

シミュレーション結果の一般的な傾向

これらのモデルの多くは、貿易赤字が解消されたとしても、その雇用効果は、製造業全体の雇用者数に対して限定的であることを示しています。例えば、あるCGEモデルでは、貿易赤字を完全に解消した場合でも、製造業雇用は100万人程度増加する可能性があります。これはもちろん大きな数字ですが、アメリカの全雇用者数(約1億6000万人)から見れば1%にも満たず、かつて失われた数百万人の製造業雇用を取り戻すには至りません。そして、この効果も、貿易赤字解消に伴う為替レートの上昇や国内物価への影響を考慮すると、さらに限定的になることもあります。

つまり、「貿易赤字を解消すれば製造業雇用はV字回復する」という単純な期待は、データとモデルによって裏付けられないのです。

限定的効果の数値モデル

貿易赤字が雇用に与える影響は、輸入増加が国内生産をどれだけ代替するか、輸出増加が国内生産をどれだけ刺激するか、そしてそれらが労働需要にどう変換されるかによって決まります。しかし、前述の生産性向上や需要の変化といった大きな流れの中で、貿易の影響は相対的に小さくなる傾向があります。特に、製造業全体の雇用減少トレンドに対する貿易の寄与率を定量的に評価すると、研究によって幅はありますが、概ね2割から3割程度、あるいはそれ以下とするものが少なくありません。これは、生産性向上や国内需要変化といった要因の寄与率(合計で7割以上)と比較すると、確かに「限定的」と言えるでしょう。

アウトソーシングの影響評価

アウトソーシングについても、その影響は複雑です。確かに、生産拠点を海外に移すことで、国内の特定の工場や工程の雇用は失われます。しかし、海外での生産が増えることで、国内の企業はよりコスト競争力を高め、競争の厳しいグローバル市場で生き残ることができます。また、海外子会社への設備投資や管理部門、研究開発部門といった国内のホワイトカラー雇用は維持・拡大される可能性もあります。さらに、海外で生産された製品を国内で販売するための物流や販売、マーケティングといったサービス関連の雇用も生まれます。

現代の製造業は、単一の国で完結するものではなく、部品の生産から最終製品の組み立て、そして販売に至るまで、複数の国にまたがる複雑なグローバル・バリュー・チェーン(GVC:Global Value Chain、世界のあちこちでモノやサービスの価値が付加されていく連鎖)の中で行われています。アメリカ国内の雇用も、このGVCの一部として位置づけられており、アウトソーシングは単に仕事を失わせるだけでなく、国内経済をGVCの中で再配置する側面も持っています。アウトソーシングの雇用への純粋な影響(失われた雇用と新たに生まれた雇用の差し引き)を定量的に評価することは非常に難しく、研究によって結論が分かれていますが、製造業雇用全体の長期的な減少傾向の主因とまでは言えないとする見解が有力です。

ノスタルジーの政治的利用

「貿易やアウトソーシングが雇用を奪った」という物語が、データによる検証に耐えられないにもかかわらず、なぜこれほどまでに政治的に利用されるのでしょうか? それは、この物語が非常にシンプルで、感情に訴えやすく、そして責任の所在を明確にできるからです。経済の構造変化という複雑な問題を説明するよりも、「悪いのは外国だ!」「企業が仕事を海外に持ち出すからだ!」と断罪する方が、有権者の不満を吸収し、票を集める上で効果的だからです。

トランプの保護主義レトリック

ドナルド・トランプ前大統領は、この物語を最大限に利用しました。「アメリカの工場を戻す」「関税をかける」といった保護主義的なレトリックは、ラストベルトを中心に、グローバリゼーションから取り残されたと感じる多くの労働者の心に響きました。彼の政策(例:中国からの輸入品への高関税)は、特定の産業や企業にとっては一時的な保護となりましたが、広く見れば、貿易戦争のリスクを高め、消費者にコストを転嫁し、グローバルサプライチェーンを混乱させるなど、経済全体に負の影響を与えました。そして、製造業の雇用が大幅に回復するという彼が約束した結果は実現しませんでした。

ラストベルトの有権者心理

ラストベルトの多くの有権者は、経済学的な詳細よりも、自分たちの生活の実感に基づいています。かつて安定した仕事があったのにそれがなくなり、地域が衰退していく現実を目の当たりにしています。「グローバリゼーションはあなた方を置き去りにした」「貿易はフェアではない」というメッセージは、彼らの不満や怒りにストレートに響きます。彼らにとって、経済学者が示す「生産性向上」や「構造変化」といった抽象的な説明よりも、「仕事を取り戻す」と約束してくれる政治家の方が、はるかに魅力的に映るのです。

しかし、政治的な物語と経済的な現実は区別する必要があります。データが示しているのは、製造業雇用の減少は、特定の政策や貿易協定といった短期的な要因だけでなく、技術進歩や国内需要の変化といった、長期的な、より根源的な構造変化によってもたらされているということです。そして、この現実を無視した政策は、労働者を真に助けることにはつながらないでしょう。

コラム:数字を信じることの難しさ

経済学者は数字を信じます。雇用統計、生産性データ、貿易収支、賃金の推移…これらの数字は、経済の現状と過去からの変化を映し出す鏡だと考えます。しかし、一般の人々にとって、数字は時に抽象的で、自分自身の生活の実感とは乖離しているように感じられることがあります。

例えば、国全体の製造業生産量が伸びていても、自分の街の工場が閉鎖されてしまえば、その人は「製造業は衰退している」と感じます。国全体の平均賃金が上昇していても、自分自身の給料が何年も横ばいであれば、「賃金は上がっていない」と感じるでしょう。経済全体の構造変化は、特定の産業や地域、そして個々の労働者にとっては、非常に厳しい現実として現れます。

経済学者が「貿易の影響は限定的だ」「生産性向上が主因だ」と説明しても、職を失った人や賃金が上がらない人にとっては、それは遠い話のように聞こえるかもしれません。彼らは、自分たちの苦境に対するシンプルで、感情的に納得できる説明を求めがちです。そして、その感情的なニーズに政治が応えようとする時、データや論理よりも物語が優先されることになります。

経済学者にとっての課題は、単にデータを提示するだけでなく、この複雑な経済の現実が、なぜ個々の人々の生活にこのような影響を与えるのかを、彼らの「実感」に寄り添いながら、しかし正確に伝えることにあると思っています。


第2部:変化の真因とメカニズム

第3章:技術進歩:見えざる手にる雇用の変容

製造業雇用の減少は、貿易やアウトソーシングといった外部要因だけでなく、より根源的な力、すなわち技術進歩によってもたらされています。技術は、生産プロセスを効率化し、必要な労働力を減らすという形で、雇用構造を大きく変えてきました。

オートメーションとロボット化

現代の製造業工場を訪れると、その自動化の進展に驚かされます。かつて多くの人手を必要とした組み立て、溶接、塗装、検査といった作業は、今や高性能な産業用ロボットによって行われています。これらのロボットは、疲れを知らず、精度が高く、危険な作業もこなすことができます。

製造業におけるロボット導入率

国際ロボット連盟(IFR)のデータによると、世界の製造業におけるロボットの導入率は年々増加しています。特に自動車産業や電機・電子産業では、ロボット化が非常に進んでいます。これは、生産性の向上には貢献しますが、同時にこれらの作業をかつて行っていた人間の労働者の需要を減少させます。

ロボット・AIの導入率

近年では、従来のロボットだけでなく、AI(人工知能)を活用したシステムも導入され始めています。AIは、複雑な不良品の検知、生産ラインの最適化、需要予測に基づいた生産計画など、より高度な作業を自動化することを可能にします。これにより、製造現場だけでなく、品質管理や生産管理といった間接部門の仕事にも影響が及び始めています。

セクター別自動化の影響

オートメーションやAIの影響は、製造業の中でもセクターによって異なります。例えば、自動車産業や半導体産業のような資本集約的で標準化された大量生産を行う産業では、自動化が進みやすい傾向があります。一方、オーダーメイド製品や手作業による繊細な技術を必要とする産業では、自動化の進展は比較的遅い場合があります。したがって、製造業全体の雇用影響を見る際には、こうしたセクター別の差異を考慮する必要があります。

生産性向上の二面性

技術進歩による生産性向上は、経済全体にとっては非常に望ましいことです。より少ない資源でより多くの製品・サービスを生み出せるようになるため、経済成長の基盤となり、物価上昇を抑え、私たちの生活水準を向上させます。しかし、労働市場という視点から見ると、生産性向上には二つの側面があります。

労働需要の減少メカニズム

一つ目の側面は、先ほど述べたように、特定の作業に必要な労働者の数を減らすという「労働代替効果」です。機械やAIが人間の作業を代替することで、その作業に従事していた労働者の需要は減少します。これは、特に定型的で予測可能な作業(例:組み立てラインでの反復作業、データ入力)を行う労働者にとって、失業や賃金低下のリスクを高めます。

新職種の創出可能性

しかし、技術進歩にはもう一つの側面があります。それは、「労働補完効果」や「新たな仕事の創出効果」です。新しい技術は、それを開発、製造、設置、保守、運用する新たな仕事を生み出します。また、技術は人間の能力を補完し、より複雑で非定型的な作業、創造的な作業、対人サービスといった、機械が代替しにくい分野での労働者の生産性を向上させ、需要を増加させる可能性があります。例えば、高度な製造機械を操作・保守する技術者、AIシステムを開発・管理するデータサイエンティスト、あるいは技術を活用した新しいサービスを提供するプロフェッショナルといった職種です。

製造業における自動化が進むにつれて、工場で働く労働者に求められるスキルも変化しています。単純な肉体労働から、機械の操作・監視、プログラミング、問題解決といったより高度なスキルへのシフトが起きています。このスキルの変化に対応できた労働者はより高賃金の仕事に就けますが、対応できなかった労働者は取り残されるリスクがあります。

デジタル革命とサービス業

技術進歩は、製造業だけでなく、サービス産業にも大きな影響を与えています。特に1990年代以降のデジタル革命とインターネットの普及は、金融、通信、情報サービス、メディア、エンターテイメント、小売(eコマース)といった様々なサービス産業に新しいビジネスモデルと雇用機会をもたらしました。

IT産業の雇用拡大

シリコンバレーを中心に勃興したIT産業は、プログラマー、システムエンジニア、ウェブデザイナー、データアナリストといった新しい職種を大量に生み出し、経済成長の大きな牽引役となりました。これらの仕事は一般的に高賃金であり、大卒以上の高度なスキルを必要とすることが多いです。

プラットフォーム経済の影響

近年では、スマートフォンと高速インターネットの普及を背景に、UberやAirbnbのようなプラットフォーム経済も拡大しています。これにより、ギグワーカーと呼ばれる、時間や場所にとらわれずに働く新しい形態の雇用も生まれています。これらの雇用は柔軟性がある一方で、安定性や福利厚生の面で課題を抱えていることも多いです。

技術進歩は、このように様々な形で雇用構造を変えています。製造業における労働代替と、サービス業における新たな仕事の創出。この二つの流れが、経済全体の雇用シェアをサービス産業へとシフトさせている大きな要因なのです。そして、この技術による変化のスピードは、多くの労働者や社会が適応できるスピードを上回っている可能性があり、それが今日の労働市場の課題(スキルミスマッチ、格差拡大など)の一因となっています。

コラム:昔の工場、今の工場

祖父はかつて自動車工場で働いていました。彼の話を聞くと、たくさんの人が並んで、手作業で部品を組み立てていた光景が目に浮かびます。それは肉体的に大変な仕事でしたが、安定した収入があり、仲間との強い絆があったそうです。工場の近くには労働者のための住宅地があり、学校や商店が集まって一つのコミュニティを形成していました。

一方、現代の自動車工場を見学する機会があったのですが、そこは全く違う世界でした。広いフロアに並ぶのは、人間のようにスムーズに動く巨大なロボットたちです。溶接や塗装は完全に自動化され、少数の技術者がモニターを監視したり、プログラムを調整したりしています。確かに、生産性は格段に向上し、品質も安定しているのでしょう。しかし、かつてのような多くの人が働く活気や、人間的な温かさは感じられませんでした。そこにいるのは、高度なスキルを持つ少数の技術者と、清掃やメンテナンスなどの補助的な仕事をする人々です。

この変化は、技術進歩の力をまざまざと見せつけられると同時に、雇用という観点から見ると、多くの人にとっての「働く場所」が失われたことも意味します。技術は未来を切り開きますが、その変化にどう向き合い、取り残される人々をどう支えるかは、経済学だけでなく、社会全体で考えなければならない問題だと強く感じています。


第4章:グローバリゼーションの多層構造

グローバリゼーションは、単にモノの貿易が増えるだけでなく、資本、技術、情報、そして人の移動が国境を越えて活発になる現象です。製造業雇用の変化を考える上で、このグローバリゼーションの複雑な側面を理解することは不可欠です。

貿易の役割の再評価

第1章で述べた「貿易赤字が雇用を奪った」という単純な物語に対して、データに基づいた分析では、貿易の影響は他の要因と比較して「限定的」であると示唆されました。しかし、これは貿易が雇用に全く影響しないという意味ではありません。

貿易赤字の雇用寄与率

輸入が増え、国内生産を代替することで雇用が減少する効果(「輸入競合効果」)は確かに存在します。特に、中国など労働コストの低い国からの輸入品が急増した特定の産業や地域では、この影響は無視できませんでした。しかし、一方で、輸出が増えれば国内生産が活性化し、雇用が増える効果(「輸出促進効果」)もあります。貿易赤字は輸入が輸出を上回っている状況ですから、差し引きで雇用が減少する圧力はかかります。

多くの研究が、米国の製造業雇用減少に占める貿易、特に中国との貿易不均衡の寄与率を推定していますが、その数値は研究によって幅があります。しかし、生産性向上国内需要の変化といったより大きな構造要因と比較すると、相対的な重要性は低いとする見解が支配的です。つまり、貿易は一つの要因ではありますが、製造業雇用の長期的なトレンドを説明する主因ではないということです。

比較優位の再考

経済学には、比較優位という考え方があります。これは、各国が最も効率的に生産できるものに特化し、それを交換することで、全体としてより多くの富を生み出せるという理論です。この理論に基づけば、アメリカが労働コストの高い製造業の一部を海外に移転し、より得意な分野(例えば、高付加価値サービス、技術開発、複雑な金融商品など)に特化することは、経済全体の効率性を高める合理的な行動と言えます。貿易はその効率化を実現するための手段となります。

しかし、比較優位論は、理論的には全体が豊かになることを示しますが、その利益がどのように分配されるか、そして産業構造の変化によって職を失う労働者がどうなるかについては、必ずしも詳細に語りません。この「分配の問題」こそが、グローバリゼーションに対する不満の大きな原因の一つです。

アウトソーシングの実態

アウトソーシングは、単に工場を海外に移すこと以上の複雑な現象です。企業は、コスト削減だけでなく、現地の市場へのアクセス、特定の技術や資源の利用、あるいは顧客の近くで生産する必要性など、様々な理由で海外に生産拠点を設けます。

サプライチェーンの進化

現代の製造業は、前述したグローバル・バリュー・チェーン(GVC)の中で機能しています。製品は、ある国で部品が製造され、別の国で組み立てられ、さらに別の国でデザインやマーケティングが行われ、最終的に消費者に届けられます。このチェーンは、物流技術(コンテナ輸送など)や情報通信技術の発達によって、かつてないほど効率的かつ複雑になりました。

GVCの例

例えば、スマートフォンの部品は世界中の様々な国で作られています(半導体は台湾や韓国、ディスプレイは韓国や日本、バッテリーは中国など)。それらが中国などの工場に集められて組み立てられ、世界中に輸出されます。アメリカ国内では、デザイン、ソフトウェア開発、マーケティング、販売、そして高機能部品の一部生産といった、サプライチェーンの上流または下流の工程に特化した雇用が存在します。

アウトソーシングは、国内の特定の生産工程の雇用を失わせる一方で、国内経済をGVCの中の別の、より付加価値の高い、あるいは異なる性質を持つ工程に再配置させるという側面を持っています。したがって、アウトソーシングの雇用への純粋な影響を評価するには、失われた雇用だけでなく、GVCに関連して国内に維持・創出された雇用も考慮する必要があります。

物流・技術の影響

グローバル化は、物流技術(例:コンテナ船、国際航空貨物)と情報通信技術(例:インターネット、衛星通信)の飛躍的な発達によって加速されました。これらの技術により、物理的に離れた場所でも生産プロセスを効率的に管理し、タイムリーな部品供給を行うことが可能になりました。これは、アウトソーシングやGVCの構築を促進する技術的な基盤となりました。

資本と技術の移動

グローバリゼーションはモノだけでなく、資本と技術の国境を越えた移動も活発にしました。外国直接投資(FDI)は、企業が海外に工場を建設したり、現地企業を買収したりすることを意味します。これは、投資先の国にとっては雇用や技術移転をもたらす可能性がありますが、投資元の国にとっては国内投資の減少や雇用喪失に繋がるという懸念を生じさせます。

外国直接投資(FDI)の効果

米国の企業が海外にFDIを行うことで、海外での生産が増加し、それが国内雇用にマイナスに働くという側面はあります。しかし、逆に外国企業が米国にFDIを行うことで、米国国内に新たな工場が建設され、雇用が生まれるという側面もあります(例:日本の自動車メーカーが米国南部や中西部に工場を建設)。全体として、FDIが米国の製造業雇用に与えた純粋な影響を評価することは複雑です。

技術移転と競争力

グローバリゼーションは技術の国際的な移転も加速させます。これにより、新興国は技術を迅速に習得し、製造業における競争力を高めることができました。これは、先進国の企業にとって競争が厳しくなることを意味し、国内の低付加価値生産部門が競争力を失う一因となりました。しかし同時に、グローバルな技術革新のスピードを全体として速め、新しい技術や産業が生まれる土壌を作る側面もあります。

このように、グローバリゼーションは単線的な現象ではなく、貿易、アウトソーシング、資本移動、技術移転といった様々な要素が複雑に絡み合った多層的な構造を持っています。これらの要素が、技術進歩や国内需要の変化といった要因と相互に作用しながら、アメリカの製造業雇用、そして経済全体を形作ってきたのです。グローバリゼーションの影響を正確に理解するためには、その全体像と複雑性を踏まえる必要があります。

コラム:世界につながる私のスマホ

今、私がこの記事を書いているパソコンや、片手に持っているスマートフォンのことを考えてみてください。これらの製品は、どこでどのように作られたのでしょうか? デザインはアメリカの企業かもしれませんが、中に使われているチップは台湾、バッテリーは韓国、ディスプレイは日本、そして組み立ては中国やベトナムかもしれません。さらに、これらの部品を運ぶ船はパナマ船籍かもしれませんし、ソフトウェアはインドのエンジニアが開発に協力しているかもしれません。

かつて、製品は一つの国でデザインされ、製造され、そして消費されるのが一般的でした。しかし、現代では、一つの製品が完成するまでに、世界中の国々が関わっています。これがグローバル・バリュー・チェーンの現実です。私は経済学者として、この複雑な連鎖がどのように機能しているのか、そしてそれが各国の経済や労働者にどのような影響を与えているのかを研究しています。

もちろん、このプロセスの中で仕事を失う人々がいることも知っています。しかし、同時に、このグローバルなつながりによって、私たちはより安価で多様な製品を手に入れることができ、企業は新しい市場を見つけ、国全体としてはより効率的に資源を活用できています。グローバリゼーションは、善か悪かの二元論で語れるほど単純ではありません。それは、私たちが生きる現代社会の、避けることのできない現実の一部なのです。そして、その現実の中で、どうすれば多くの人々が恩恵を受け、変化に適応していけるのかを考えることこそが、私たちの課題なのです。


第5章:国内政策と制度の役割

製造業雇用の変化やそれに伴う労働者の状況は、国際的な要因や技術変化だけでなく、アメリカ国内の政策や制度によっても大きく左右されます。労働市場の構造、教育システム、税制、規制、そして地域経済政策といった国内要因もまた、複雑なパズルの一部を形成しています。

労働組合の衰退

1950年代から60年代にかけて、製造業のブルーカラー労働者が安定した高賃金と手厚い福利厚生を享受できた背景には、強力な労働組合の存在がありました。自動車産業におけるUAW(全米自動車労働組合)のように、主要な製造業セクターの労働組合は強い交渉力を持っており、企業と団体交渉を通じて労働条件の改善を勝ち取っていました。

組合加入率の推移

しかし、1970年代以降、米国の労働組合加入率は一貫して低下しています。製造業における組合加入率も、かつては30%を超えていましたが、現在では1割強にまで落ち込んでいます。この組合の弱体化は、労働者の賃金交渉力を低下させ、製造業における賃金プレミアム(組合員が非組合員より高い賃金を得られること)の縮小に繋がったと考えられます。これは、たとえ同じ製造業の仕事であっても、かつてのような高賃金が得られにくくなった一因と言えます。

組合加入率の推移

組合加入率の低下は、労働市場の構造変化(製造業からサービス業へ)、労働法制の変化、企業の組合回避戦略、そして労働者自身の意識変化など、様々な要因が複合的に影響しています。製造業の雇用減少と組合の弱体化は並行して進行しており、どちらがどちらの原因であるかを特定するのは難しいですが、少なくとも組合の弱体化が、製造業における賃金や労働条件の維持に対する緩衝材としての役割を失わせたことは間違いありません。

賃金交渉力の弱体化

労働組合の弱体化は、製造業だけでなく、広く労働者全体の賃金交渉力の弱体化につながりました。特に、スキルの低い労働者や代替されやすい仕事に従事する労働者は、企業に対して賃金や労働条件の改善を求める力が弱まり、賃金停滞の一因となったと考えられています。

税制と規制の役割

企業の意思決定、特にどこで生産を行うかという判断には、その国の税制や規制環境も影響を与えます。

税制の影響

例えば、法人税率が高い国よりも低い国、あるいは海外での収益に対する税制が有利な国へと、企業は投資や生産拠点を移すインセンティブを持ちやすくなります。米国の税制が、企業の海外利益を国内に還流させにくい構造を持っていた時期には、企業の海外投資を促進し、国内投資を抑制する効果があったと指摘されています。また、研究開発や国内設備投資に対する税制優遇のあり方も、国内製造業の競争力に影響を与えうる要因です。

企業の海外移転促進

厳格な環境規制や労働規制も、企業にとってはコストとなり、より規制の緩い国への移転を検討する一因となることがあります。ただし、規制は同時に、環境保護や労働者の安全を守るという重要な目的も持っています。規制緩和が進めば、短期的には企業の国内活動を刺激するかもしれませんが、労働者の権利や環境が悪化するといった副作用も伴います。税制や規制が製造業の海外移転や雇用に具体的にどの程度影響を与えたかを定量化することは難しいですが、企業の意思決定の一要因であることは確かです。

規制緩和の労働市場影響

労働市場に対する直接的な規制緩和(例:最低賃金の引き上げ抑制、残業規制の緩和)は、企業の労働コストを削減する一方で、労働者の賃金や労働条件に直接的な影響を与えます。これらの政策が、産業構造の変化と相まって、賃金停滞や雇用の不安定化を助長した可能性も指摘されています。

教育とスキルミスマッチ

経済構造が変化し、求められるスキルが変わる中で、教育システムがその変化に追いつけているかどうかも、労働者の適応力や雇用状況に大きな影響を与えます。

製造業からサービス業へ、あるいは定型的な作業から非定型的な作業へとシフトする中で、新しい経済が必要とするスキル(例:ITスキル、コミュニケーション能力、問題解決能力、高度な技術スキル)と、労働者が持っているスキルとの間にスキルミスマッチが生じています。

高等教育の限界

アメリカでは、多くの高賃金サービス業の仕事で大卒以上の学歴が求められますが、全ての人々が高等教育にアクセスできるわけではありません。学費の高騰や家庭環境によって、高等教育を受ける機会は不均等です。これは、構造変化の中で、学歴やスキルによって経済的な機会が二極化する一因となっています。

非大卒労働者の課題

特に、かつて製造業で高賃金の安定した仕事に就いていた非大卒のブルーカラー労働者にとって、新しい経済で求められるスキルを習得し、再訓練を受けることのハードルは高い場合があります。彼らがアクセスできる職業訓練プログラムが不十分であったり、訓練を受けても新しい分野で同等の賃金が得られる保証がなかったりすることも、適応を妨げる要因となります。

地域経済の格差

製造業の衰退は特定の地域に集中したため、地域経済政策やインフラ投資のあり方も重要です。

ラストベルトの空洞化

ラストベルト地域では、主要産業の衰退によって、地域経済が空洞化し、税収が減少し、公共サービス(教育、医療、インフラ)の質が低下するという悪循環に陥っています。これは、新たな産業や企業を誘致する上での障壁となり、地域経済の再生をさらに困難にしています。

ラストベルトの空洞化

一方、IT産業や金融サービス、高度な専門サービスが集積する都市部では、経済が成長し、新たな雇用が生まれています。この都市部と地方の二極化は、単なる経済格差だけでなく、教育機会、健康状態、社会的な流動性といった様々な側面に影響を与え、地域間の格差を拡大させています。

国内の政策や制度は、これらの構造変化の速度や影響、そしてその影響が労働者や地域にどのように分配されるかに深く関わっています。適切に設計された政策は、構造変化による負の影響を緩和し、労働者や地域が新しい経済に適応するのを助けることができます。しかし、不十分な、あるいは見当違いな政策は、問題をさらに悪化させる可能性もあります。

コラム:スキルは「貯金」できるか?

経済学では、「人的資本」(Human Capital)という言葉を使います。これは、人が持っているスキルや知識、経験といった、生産性を高めるのに役立つ無形の資産のことです。教育や訓練は、この人的資本への投資と見なされます。

かつて、製造業で培ったスキルは、長年にわたって安定した収入とキャリアをもたらしてくれる、いわば「一生ものの貯金」のようなものでした。しかし、現代では、技術変化のスピードが速いため、せっかく身につけたスキルが陳腐化してしまうリスクが高まっています。特に、特定の機械操作や定型的な作業スキルは、オートメーションによって代替されやすくなりました。

これは、労働者にとって非常に難しい状況です。せっかく投資してスキルを習得しても、それがいつまで通用するかわからない。常に新しいスキルを学び続ける必要があります。しかし、そのためには時間も費用もかかりますし、年齢を重ねると学習も難しくなります。

私の友人で、かつて印刷工場で働いていた人がいます。彼は熟練の職人でしたが、デジタル印刷技術の登場で工場が閉鎖され、新しい技術を学ぶのに苦労しました。彼は言います。「昔は一度技術を身につければ安心だった。今は、走りながら学び続けないといけない。まるで終わりのないマラソンのようだ。」

彼のような労働者をどう支えるか。これが、現代の経済における最も重要な課題の一つだと感じています。


第3部:労働者と社会への影響

第6章:賃金停滞と中産階級の縮小

製造業雇用の減少と経済全体の構造変化は、個々の労働者の賃金や所得、そして社会全体の中産階級構造に大きな影響を与えています。多くのデータが、過去数十年間のアメリカにおける賃金停滞と所得格差拡大を示しています。

製造業雇用の喪失と賃金

かつて、製造業のブルーカラー職は、多くの非大卒労働者にとって、サービス業の同等のスキルレベルの職種と比較して、かなり高い賃金(「賃金プレミアム」)を提供していました。例えば、1970年代の自動車産業の平均賃金は、非製造業の平均よりも20%から30%も高かったと言われています。

ブルーカラー賃金のプレミアム

この賃金プレミアムは、主に強力な労働組合の交渉力と、当時の製造業が享受していた高い国際競争力や国内市場での優位性によって支えられていました。製造業の仕事に就くことは、安定した高収入と充実した福利厚生を意味し、これが非大卒労働者も中産階級の生活を送ることを可能にしていました。

サービス業移行の賃金低下

しかし、製造業の衰退に伴い、これらの高賃金職が大量に失われました。職を失った労働者の多くは、サービス産業で新しい仕事を見つけざるを得ませんでしたが、サービス産業は賃金構造が二極化しています。ITや金融などの高付加価値サービス業には高賃金職がありますが、小売、飲食、清掃、介護といったサービス業には低賃金職が多く存在します。製造業からこうした低賃金サービス業への移行は、当然ながら労働者の平均賃金を押し下げる効果を持ちます。

したがって、産業空洞化が賃金低下に全く寄与しなかったわけではありません。特に非大卒労働者にとっては、かつてアクセス可能だった高賃金の仕事が減少し、代わりに低賃金の仕事に就く必要が生じたことは、賃金停滞の一因となったことは確かです。しかし、著者が「限定的」と主張するのは、賃金停滞や格差拡大の主因は、産業空洞化以外の要因、特に技術偏向的な変化や労働市場全体の構造変化にあると見ているからです。

所得格差の拡大

過去数十年間、アメリカでは所得格差が急速に拡大しました。ジニ係数(所得分配の不均等さを示す指標)は上昇し、上位1%の所得が全体の所得に占める割合が増加しています。

技術偏向的変化

所得格差拡大の最も有力な説明の一つが、技術偏向的変化(SBTC: Skill-Biased Technical Change)です。これは、技術進歩が、高スキル労働者(例:大卒者、専門職、IT技術者)の生産性をより大きく向上させ、彼らの需要と賃金を上昇させる一方で、低スキル労働者(例:定型的な肉体労働、事務作業)の生産性向上への寄与は小さく、あるいは代替によって需要を減少させるという考え方です。製造業におけるオートメーションは、まさにこのSBTCの一例と言えます。

この結果、高スキル労働者と低スキル労働者の間の賃金格差(「スキルプレミアム」)が拡大しました。製造業の高賃金ブルーカラー職の減少は、この低スキル層の経済状況をさらに悪化させた側面がありますが、所得格差全体の拡大は、技術偏向的変化、教育機会の格差、そして金融化に伴う資本所得の集中といった、より広範な要因によって主に推進されてきたと見られています。

資本所得の集中

現代経済においては、企業利益や金融資産からの所得(資本所得)が、労働所得と比較して不均等に分配される傾向があります。グローバリゼーションや金融化が進む中で、企業利益や株価は大きく伸びましたが、その恩恵は主に企業の所有者や高位の経営者に集中しました。労働者への賃金として分配される割合(労働分配率)は低下傾向にあります。これも所得格差拡大の重要な要因です。

労働者層別の影響

賃金停滞や格差拡大の影響は、労働者層によって大きく異なります。

非大卒労働者の苦境

製造業衰退の最も直接的な犠牲者となったのは、非大卒のブルーカラー労働者です。特に男性労働者は、かつては製造業で安定した高賃金職に就くことができましたが、その機会が減少し、代替となるサービス業の仕事では賃金が大幅に低いという現実に直面しています。これは、彼らの経済的な困難だけでなく、社会的な地位の低下やアイデンティティの危機にも繋がっています。

非大卒労働者の苦境

女性労働者は、製造業での雇用機会は男性ほど多くありませんでしたが、サービス経済化の中で、医療、教育、介護といった分野で雇用機会を増やしています。しかし、これらの分野も必ずしも高賃金とは限らず、賃金格差の問題は存在します。人種や民族といった要素も、教育機会や労働市場へのアクセスに影響を与え、格差をさらに複雑にしています。

性別・人種の格差

製造業衰退とそれに伴う賃金・雇用機会の変化は、既存の性別や人種による経済格差をさらに悪化させた側面も持ちます。特に、ラストベルトにおける白人ブルーカラー男性の経済的・社会的な不満は、近年の政治情勢に大きな影響を与えました。

社会心理的影響

経済的な困難は、労働者の社会心理にも大きな影響を与えます。

アイデンティティの喪失

「ものづくり」に従事することに誇りを持っていた労働者にとって、工場の閉鎖や職の喪失は、単なる収入減以上の意味を持ちます。それは、彼らが社会の中で果たしてきた役割や、自己肯定感の喪失に繋がる可能性があります。「もう自分には価値がないのではないか」という感情は、深い絶望感や社会からの孤立を招きかねません。

コミュニティの崩壊

工場は、単なる生産拠点ではなく、地域社会の核でした。工場で働く人々は、同じ町に住み、同じ学校に子供を通わせ、同じ教会に通いました。工場の閉鎖は、こうしたコミュニティのつながりを弱体化させ、経済的な困難だけでなく、社会的な支援ネットワークの喪失にも繋がりました。これは、犯罪率の上昇、薬物乱用(特にオピオイド危機)、そして「絶望死」(薬物中毒、自殺、アルコール関連死)の増加といった深刻な社会問題の一因となっています。

製造業雇用の減少とそれに伴う賃金停滞、格差拡大は、単なる経済指標の問題ではありません。それは、多くの労働者の生活、希望、そして社会的な結びつきに深く根ざした、人間的な問題なのです。経済学者が構造変化の必然性を説いても、これらの社会心理的な影響を無視することはできません。

コラム:給料明細の重み

私の父は建設現場で働いていました。肉体的に大変な仕事でしたが、週末には必ず私に給料明細を見せてくれました。「これだけ稼いだぞ。お前たちを養うのに十分だ。」その明細には、単なる数字以上の、家族を支える大黒柱としての彼の誇りが詰まっていたように感じます。

現代の多くの若者は、父の世代が持っていたような「この仕事をしていれば一生安泰だ」という感覚を持てていません。私の学生たちも、将来のキャリアについて多くの不安を抱えています。どの産業で働くべきか、どのようなスキルを身につけるべきか、数年後、数十年後に自分の仕事があるのか…彼らの不安は、経済全体の構造変化がもたらす不安定さを映し出しています。

特に、大学に進学しなかった学生の中には、かつて製造業が担っていたような、高卒でも手に職をつけ、家族を養える安定した職を得る道が狭まっていることに気づき、途方に暮れている者もいます。彼らに、父が持っていたような「給料明細の重み」を感じられるような仕事と生活をどう提供できるか。それは、経済学者が机上で分析するだけでなく、社会全体で真剣に考え、行動しなければならない課題です。


第7章:地域格差と社会的亀裂

製造業衰退は、全米で均等に起こったわけではありません。特定の地域、特に製造業が集積していたラストベルト地域にその影響が集中し、深刻な地域格差と社会的な分断を引き起こしました。

ラストベルトの現実

ラストベルトは、かつてアメリカの工業生産の中心であり、多くの雇用と富を生み出すエンジンでした。しかし、製造業の衰退、特に基幹産業である鉄鋼業や自動車産業の構造調整は、これらの地域に壊滅的な打撃を与えました。

失業と貧困の集中

主要工場の閉鎖は、大量の失業者を生み出し、地域経済全体を冷え込ませました。関連産業や地元のサービス業も次々と立ち行かなくなり、失業率は全米平均を大きく上回る地域も多く出現しました。所得は低下し、貧困率が上昇しました。職を求めて若者や高スキル人材は都市部へと流出し、地域には高齢者や低スキル労働者が取り残される傾向が見られました。

経済的な困難に加え、コミュニティは活気を失い、学校や公共サービスの質も低下しました。これは、さらに新たな産業や住民を誘致する上で大きな障壁となりました。閉鎖された工場の跡地は荒廃し、環境問題も引き起こしました。

オピオイド危機の背景

ラストベルト地域の経済的苦境は、深刻な社会問題とも関連しています。例えば、アメリカ全体で問題となっているオピオイド危機は、ラストベルト地域で特に深刻です。経済的な絶望感、将来への不安、そしてコミュニティの崩壊が、鎮痛剤の乱用や薬物依存を助長する要因の一つとなっていると指摘されています。また、自殺率の上昇、「絶望死」と呼ばれる薬物・アルコール・自殺による死亡率の増加も、これらの地域で顕著に見られます。

都市と地方の二極化

製造業衰退による地方の空洞化と並行して、ニューヨーク、サンフランシスコ、シアトルといった大都市圏では、IT、金融、専門サービスといった高付加価値サービス産業が成長し、新たな雇用と富を生み出しています。これらの都市は、高度なスキルを持つ労働者、研究機関、ベンチャーキャピタルなどを惹きつけ、経済的なダイナミズムを持続しています。

サービス業の都市集中

サービス産業は、顧客との対面、あるいは高度な情報や人材へのアクセスが必要な場合が多く、物理的に集積しやすい傾向があります。このため、サービス経済化は、結果として都市部への経済活動と雇用の集中を招き、都市部と地方の経済格差を拡大させています。

この地域的な二極化は、単に所得や雇用の格差にとどまりません。教育機会、医療へのアクセス、インフラの質、文化的な多様性といった、生活の質に関わる様々な側面でも地域間の格差が拡大しています。都市部に住む人々と地方に住む人々の間で、経済状況や価値観、そして将来への見通しが大きく異なり始めています。

ポピュリズムの台頭

こうした経済的な不満と地域的な格差は、近年のアメリカ政治において、ポピュリズムの台頭という形で現れました。製造業衰退の影響を強く受けたラストベルト地域の労働者たちは、既存の政治エスタブリッシュメント(主流派)に対して強い不信感を抱き、グローバリゼーションやエリート層への反発を強めました。

反グローバル化のレトリック

「貿易協定が我々の仕事を奪った」「ワシントンやウォール街のエリートは我々のことを気にかけていない」といった、シンプルで感情に訴えかける反グローバル化、反エスタブリッシュメントのレトリックは、ラストベルトの有権者、特に製造業衰退によって取り残されたと感じる層の心に深く響きました。ドナルド・トランプ氏が2016年の大統領選挙でラストベルト地域で勝利を収めた背景には、こうした経済的・社会的な不満と、彼のポピュリズム的なメッセージとの間に強い共鳴があったことが指摘されています。

選挙への影響

製造業衰退は、単なる経済現象ではなく、アメリカの政治地形をも塗り替えるほどの力を持っていました。ラストベルトの有権者は、これまで民主党を支持することが多かったブルーカラー労働者が多かったのですが、製造業衰退とグローバリゼーションへの不満から、共和党のトランプ氏へと投票行動を変えました。この政治的なシフトは、アメリカ社会の分断をさらに深める一因ともなりました。

文化的影響

製造業は、かつてアメリカの国力とアイデンティティの象徴でした。「ものづくり」への誇り、勤勉さ、そして物質的な豊かさを追求する精神は、アメリカン・ドリームの重要な一部でした。製造業の衰退は、こうした文化的基盤をも揺るがしています。

ものづくり国家の喪失

「我々はもはやモノを作る国ではない」という感覚は、多くの労働者や国民にとって、国家としての自信やアイデンティティの喪失に繋がる可能性があります。特に、肉体的な労働や技術的なスキルに誇りを持っていた人々は、サービス経済へのシフトの中で、自分たちのスキルや価値が社会から正当に評価されていないと感じるかもしれません。

新たなアイデンティティの模索

サービス経済や知識経済において、新しいアイデンティティをどのように構築していくのかは、社会全体の課題です。単に経済構造が変わるだけでなく、人々の価値観や社会的な結びつき、そして国家や地域への帰属意識といった、より深いレベルでの変化が求められています。ラストベルトのような地域で、かつての製造業への郷愁が強いのは、単に経済的な理由だけでなく、失われた文化的アイデンティティへの渇望もあるのかもしれません。

製造業衰退とそれに伴う地域格差、社会的分断は、アメリカ社会が直面している最も困難な課題の一つです。経済的な解決策だけでなく、地域コミュニティの再構築、社会的な結束の強化、そして多様な労働者層のアイデンティティを尊重するような、より包括的なアプローチが求められています。

コラム:ピッツバーグの変貌

かつて鉄鋼業で栄えた街、ペンシルベニア州のピッツバーグは、ラストベルトの象徴の一つでした。鉄鋼業の衰退は、この街に深刻な失業と経済的苦境をもたらしました。しかし、ピッツバーグは過去にしがみつくのではなく、見事に変貌を遂げました。

カーネギーメロン大学やピッツバーグ大学といった研究機関を核として、医療、教育、そしてロボット工学やバイオテクノロジーといった先端技術産業への投資を進めました。廃墟となった製鉄所の跡地は、公園や新しいビジネス施設に生まれ変わりました。街の経済構造は、重工業からサービス業とハイテク産業へと大きくシフトしました。

もちろん、この移行はスムーズではなく、多くの労働者が困難を経験しました。全ての人が新しい産業の仕事に就けたわけではありません。しかし、ピッツバーグの事例は、産業衰退に見舞われた地域でも、過去にとらわれず、教育や先端技術への投資を通じて、新たな経済基盤を構築し、再生を遂げることが可能であることを示しています。これは、ラストベルトの他の地域にとっても、そして構造変化に直面する日本の地域にとっても、希望と教訓を与える事例だと思います。


第4部:政策の限界と現実的アプローチ

第8章:ノスタルジー政策の検証と批判

経済構造の変化によって生じた問題に対して、「あの頃に戻ろう」というノスタルジーに基づく政策は、しばしば感情的に魅力的ですが、データと分析に基づくと、その効果は限定的であり、かえって経済や労働者に負の影響を与える可能性が高いです。保護主義や非現実的な再産業化目標がその典型です。

保護主義の限界

保護主義とは、国内産業を外国との競争から守るために、関税や輸入制限といった措置を講じることです。製造業雇用を守るための最も一般的なノスタルジー政策と言えます。

関税の経済的コスト(詳細分析)

関税は、輸入品の価格を上昇させるため、消費者はより高い価格で商品を購入せざるを得なくなります。これは、消費者の購買力を低下させ、経済全体の消費を冷え込ませる可能性があります。また、輸入品を原材料や部品として使用している国内産業にとってはコスト増となり、国際競争力を低下させる可能性があります。さらに、関税を課された相手国が報復措置として米国からの輸入品に関税をかける「貿易戦争」に発展すれば、米国企業の輸出が困難になり、輸出関連の雇用が失われるリスクも生じます。

トランプ政権の関税政策の事例

トランプ政権下で、中国などからの輸入品に対して広範囲に関税が課されました。これにより、特定の国内産業(例:鉄鋼の一部)は一時的な恩恵を受けましたが、多くの米国企業は輸入コストの増加に苦しみ、消費者も価格上昇を経験しました。また、中国などからの報復関税によって、米国の農産物輸出などが打撃を受けました。最も重要な点として、トランプ政権が約束したような、製造業雇用の大幅な増加や貿易赤字の抜本的な解消は実現しませんでした。これは、関税という保護主義的な手段の限界を示しています。

トランプ政権の事例

政治的には「強い姿勢」を示す保護主義ですが、経済的には多くのコストを伴い、目的とする雇用増加効果も限定的であることが、歴史的な経験や経済学的な分析から繰り返し示されています。

再産業化の幻想

「失われた工場を取り戻し、かつてのような製造業大国に回帰する」という「再産業化」の目標も、ノスタルジーに基づく幻想に過ぎない可能性が高いです。技術進歩による生産性向上や国内需要のサービス化といった構造要因は、外部からの圧力ではなく、経済内部から生じる必然的な変化だからです。

補助金の非効率性

政府が製造業を国内に誘致・維持するために、特定の企業や産業に補助金や税制優遇措置を与える政策は行われます。しかし、このような政策は、本来国内で競争力がない、あるいは国際的に比較優位を持たない産業に資源を固定してしまうことになりかねません。これは経済全体のリソース配分を歪め、非効率性を生み出します。また、どの企業や産業を支援すべきかを政府が判断することは難しく、政治的な影響を受けやすいという問題もあります。

国際競争力の課題

グローバル化が進んだ現代において、特定の国が単独で、すべての製造業分野において国際競争力を維持することは困難です。労働コスト、技術力、サプライチェーンの効率性、市場へのアクセスといった様々な要素を考慮すると、米国がすべての製造業を国内に戻し、かつてのような雇用規模を維持することは経済的に非現実的です。無理にそれを目指そうとすれば、高いコストがかかり、労働者の生活水準を低下させることにも繋がりかねません。

社会的コスト

ノスタルジーに基づく非現実的な政策は、経済的なコストだけでなく、社会的なコストも伴います。

労働者の失望

「仕事を取り戻す」「工場を復活させる」といった約束は、労働者に一時的な希望を与えるかもしれませんが、現実が伴わなければ、その失望はより深いものとなります。約束が果たされないことで、労働者は政治家や既存のシステムへの信頼を失い、さらなる不満や怒りを募らせることになります。

政治的分断の助長

ノスタルジーに訴えかける政策は、しばしば「敵」(外国、企業エリート、移民など)を特定し、国内の特定のグループ(「真のアメリカ人」「置き去りにされた労働者」)の感情に訴えかけます。これは、社会的な分断を煽り、異なる立場の人々が建設的な議論を行うことを困難にします。経済的な課題に対する合理的な解決策を見出すためには、社会全体が協力する必要がありますが、分断された社会ではそれが難しくなります。

データと経済学が示すのは、経済の構造変化は避けられない現実であり、過去への回帰は非現実的であるということです。ノスタルジーに基づく政策は、その現実から目を背けさせ、真に必要な対策(教育、社会保障、地域支援など)への資源投入を遅らせる危険性があります。労働者の未来のためには、現実を直視し、未来志向のアプローチをとることが不可欠です。

コラム:約束と現実の間で

政治家の「仕事を取り戻します!」という言葉を聞くたびに、私はクリントン氏とのあの会談を思い出します。あの時の私のように、多くの経済学者は、データや分析に基づいて、その約束の難しさや非現実性を知っています。しかし、政治家は、そして多くの国民は、それを聞きたがりません。

私があるラストベルトの街で講演をしたとき、聴衆の一人が言いました。「先生の言っていることは論理的だし、データも示してくれた。でも、それが私の失った仕事や、寂れていく街をどうしてくれるんですか? トランプさんは『俺が仕事を取り戻す』と言ってくれた。たとえ実現しなくても、その言葉に希望を感じたんです。」

彼の言葉は、私に多くのことを考えさせました。経済学者の仕事は、真実を語ることです。しかし、その真実が人々の希望を奪うものだとしたら、どうすればいいのでしょうか? 私は、真実を語ることから逃げてはならないと信じています。しかし同時に、その真実の中に、未来への希望を見出す道筋を示すことこそが、経済学者のもう一つの責任だと感じるようになりました。「過去は戻らない。でも、新しい、より良い未来は築ける」というメッセージを、データと感情の両方に訴えかける形で伝える努力が必要だと痛感しています。


第9章:中産階級社会を再構築するために

1950年代のような経済構造に戻ることは不可能であるとしても、多くの人が安定した生活を送り、経済的な向上を達成できる「中産階級の社会」を、現代および将来の経済構造の中で再構築することは可能です。そのためには、過去の製造業に依存したモデルではなく、新しい経済に対応した現実的な政策アプローチが必要です。

教育・訓練システムの改革

経済構造の変化に対応し、労働者が新しい経済で必要とされるスキルを習得できるよう、教育・訓練システムを抜本的に改革することが最も重要です。

生涯学習とリスキリング

技術変化のスピードが速い現代では、一度学校で学んだスキルだけでは一生通用しません。労働者がキャリアを通じて新しいスキルを学び続けることができるよう、生涯学習リスキリング(新しいスキルを学ぶこと)を支援する制度が必要です。企業内訓練の充実、オンライン学習プラットフォームの活用、そして個人が訓練費用を賄えるような補助金や税制優遇などが考えられます。

技術変化に対応するカリキュラム

初等・中等教育から高等教育に至るまで、カリキュラムを現代の経済が必要とするスキルに合わせて見直す必要があります。STEM(科学、技術、工学、数学)教育だけでなく、問題解決能力、批判的思考力、コミュニケーション能力、そして変化への適応力といった、より汎用的なスキル(ソフトスキル)の育成も重要です。職業教育とアカデミックな教育を統合し、多様な進路を保障する仕組みも必要です。

ドイツのデュアルシステムに学ぶ

ドイツでは、デュアルシステムと呼ばれる、企業での実地訓練と職業学校での座学を組み合わせた職業教育システムが確立されています。これにより、若者が卒業後すぐに労働市場で必要とされる実践的なスキルを身につけることができ、製造業を含む様々な産業で高い技術水準と安定した雇用を維持する一助となっています。アメリカも、こうした成功事例から学び、企業と教育機関が連携した実践的な職業訓練システムを構築する必要があります。

非大卒向けプログラムの拡充

特に、非大卒の労働者が新しい産業や職種へ移行できるよう、彼らのニーズに合わせた実践的な訓練プログラムを拡充することが急務です。コミュニティカレッジや専門学校の役割を強化し、地域産業のニーズに合わせた訓練を提供することで、ラストベルトのような地域における労働者の再雇用可能性を高めることができます。訓練の効果(例:再雇用率、賃金上昇率)を継続的に評価し、改善していく仕組みも必要です。

社会保障の拡充

構造変化の中で職を失った労働者が経済的な困難に陥ることを防ぎ、再訓練や再就職活動を支えるため、社会保障制度を拡充する必要があります。

失業・賃金保険

失業保険の給付期間や給付水準を、長期化する失業期間や再就職に伴う賃金低下リスクを考慮して見直す必要があります。また、再就職した際に以前より賃金が低下した場合、その差額の一部を一定期間補填する「賃金保険」のような制度も有効な手段となりえます(Trade Adjustment Assistance(TAA)の一部プログラムのような考え方)。これにより、労働者が賃金低下を恐れて転職をためらうことを減らし、よりスムーズな労働移動を促進できます。

医療・住宅支援

職を失うことによって、医療保険や住宅を失うリスクも高まります。構造変化の過渡期にある労働者とその家族が、経済的に困窮しても基本的な生活(医療、住居、食料)を維持できるよう、医療保険へのアクセス保障(例:ACAの拡充)や住宅支援、フードスタンプといったセーフティネットを強化することが不可欠です。これは、労働者が安心して再訓練や求職活動に取り組むための基盤となります。

財政的実現可能性

これらの社会保障拡充には財政的なコストが伴います。財源の確保(例:累進課税の強化、炭素税の導入など)と、政策の費用対効果のバランスを考慮する必要があります。また、政策の設計にあたっては、労働意欲を削がず、自立を支援するインセンティブを組み込むことが重要です。

UBIの可能性

より抜本的なアプローチとして、ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)、すなわち全ての国民に無条件で一定額の所得を保障するという考え方もあります。これは、構造変化や自動化によって大量の雇用が失われた場合でも、人々の最低限の生活を保障し、再訓練や起業といったリスクを取りやすくする効果が期待されます。ただし、UBIは財政的なコストが非常に大きく、導入には様々な課題や議論があります。

地域経済再生戦略

製造業衰退によって打撃を受けたラストベルトのような地域では、単なる労働者支援だけでなく、地域経済全体の再生に向けた戦略が必要です。

ラストベルトへの投資

連邦政府や州政府は、ラストベルト地域へのターゲットを絞った投資を行うべきです。老朽化したインフラ(道路、橋、公共交通、ブロードバンドネットワーク)の整備は、新たな企業を誘致し、既存企業の活動を支援するための基盤となります。また、地域コミュニティカレッジや職業訓練校への投資は、地元の労働者が新しいスキルを習得し、地域に定着することを支援します。

グリーンテック支援

ラストベルト地域には、かつて重工業で培われた技術や熟練労働者が一部残っています。これらの資産を活かし、再生可能エネルギー関連産業(例:風力タービンの製造、ソーラーパネルの設置)、電気自動車関連産業、エネルギー効率化技術など、新しいグリーンテック産業の育成や誘致を目指すことができます。これは、環境問題への対応と地域経済再生を同時に実現する可能性を秘めています。

また、既存の産業(例:農業、観光、食品加工)の高度化や、医療・教育といった地域に根差したサービス産業の雇用を創出することも重要です。さらに、地域住民の起業を支援し、中小企業を育成するプログラムも必要です。

ブロードバンド整備

デジタル経済が進む中で、高速ブロードバンドネットワークへのアクセスは、教育、医療、ビジネス、そして遠隔勤務の機会を得る上で不可欠です。ラストベルトのような地方では、ブロードバンド整備が遅れている地域が多く、これが経済的な格差をさらに広げています。政府は、地方へのブロードバンド整備に積極的に投資し、デジタルデバイド(情報格差)を解消する必要があります。

ピッツバーグの教訓

前章のコラムで紹介したピッツバーグのように、かつての工業都市が教育機関との連携や先端技術産業への投資によって再生した事例は、ラストベルトの他の地域にとって重要な教訓となります。過去の産業に固執するのではなく、地域の強み(例:研究機関、既存の技術、労働力)を分析し、未来の成長産業を見据えた戦略的な投資を行うことが成功の鍵となります。

格差是正

中産階級社会を再構築するためには、所得格差や資産格差を是正するための政策も不可欠です。

累進課税の強化

高所得者や大企業に対する累進課税を強化し、得られた税収を教育、社会保障、インフラ投資といった公共サービスに再分配することは、格差を是正し、よりインクルーシブな成長を実現するために有効な手段となりえます。資産課税や相続税の見直しも、資産格差の固定化を防ぐために議論されるべきテーマです。

労働組合の再評価

労働者の交渉力を回復させることも、賃金格差を是正する上で重要です。労働組合の組織化を支援し、団体交渉の力を回復させること、そして最低賃金の引き上げや、労働時間、安全基準といった労働基準を強化することも、低賃金労働者の生活水準を向上させる上で有効な手段となります。労働組合は、かつて中産階級社会を支えた重要な柱の一つであり、その役割を現代において再評価する必要があります。

中産階級社会の再構築は、単一の政策で達成できるものではありません。教育改革、社会保障拡充、地域経済支援、そして格差是正といった多様な政策を組み合わせ、構造変化の負の影響を和らげつつ、多くの労働者が新しい経済の中で経済的な機会を得られるような、包括的で未来志向のアプローチが必要です。それは、過去へのノスタルジーではなく、現実を直視し、未来を共に築こうとする強い意思に基づいています。

コラム:希望への投資

私が経済学を志したきっかけの一つは、貧困や格差といった社会問題に対する解決策を見つけたいと思ったからです。大学で経済学を学び、データ分析の手法を身につけた時、まるで新しい言語を学んだかのように、世界の仕組みが少しだけクリアに見えるようになったと感じました。

しかし、どれだけ精緻なモデルを作っても、どれだけ多くのデータを分析しても、経済の現実が人々の感情や政治によって大きく左右されることを、私はクリントン氏との会談や、ラストベルトの人々との交流を通じて痛感しました。人々の感情やノスタルジーは、時に非合理的な政策を生み出し、問題をさらに複雑にします。

それでも、私は経済学の力が、人々の生活をより良くするために役立つと信じています。そのためには、単に「これが正しい答えだ」と主張するだけでなく、なぜそれが正しいのかを、分かりやすく、そして人々の共感を呼ぶ形で伝える努力が必要です。教育への投資、社会保障の強化、地域再生…これらの政策は、単なる経済対策ではなく、「希望への投資」なのだというメッセージを伝えること。

構造変化の波は大きく、多くの人が不安を感じています。しかし、その変化を乗り越え、より多くの人が恩恵を受けられるような社会を築くことは不可能ではありません。経済学者が果たすべき役割は、その希望への道筋をデータと論理で照らし出し、人々に示すことにあると考えています。


第5部:国際比較と日本の視点

第10章:他国の脱工業化

アメリカが経験した製造業雇用の減少と経済構造の変化は、他の先進国にも共通する現象です。しかし、各国はそれぞれ異なる歴史的背景、産業構造、そして政策対応をとってきました。他国の経験から学ぶことは、アメリカや日本が直面する課題をより深く理解し、有効な対策を考える上で非常に有益です。

ドイツ:製造業の強靭性

ドイツは、他の先進国と比較して、製造業のGDPや総雇用に占める割合が比較的高い水準を維持していることで知られています。これは「ドイツモデル」として注目されることが多いです。

輸出志向型経済とミッテルシュタント

ドイツ経済は、高品質な工業製品(自動車、機械、化学製品など)の輸出によって大きく支えられています。競争力の高い大企業(例:フォルクスワーゲン、シーメンス)に加え、高度な技術やニッチな市場で世界的な競争力を持つ多数の中小企業群(「ミッテルシュタント」)が存在します。これらの企業は、長期的な視点での投資、技術革新、そして熟練労働者の育成を重視しています。

職業訓練と労使関係

ドイツの製造業が高い競争力を維持できている背景には、前述のデュアルシステムと呼ばれる強力な職業訓練システムがあります。これにより、製造業が必要とする熟練技術者を安定的に供給できています。また、労使間の協調的な関係も、労働者のスキルアップや柔軟な働き方を促進し、産業の変化への適応を助けています。アメリカと比較すると、ドイツは製造業を単なる低コスト生産の場としてではなく、技術革新と高付加価値生産の中心として位置づけ、教育・訓練や労使関係といった制度面でそれを支えてきたと言えます。

英国・フランス:サービス業依存

英国やフランスといった他の欧州主要国は、アメリカと同様に経済のサービス化が大きく進展し、製造業の雇用シェアは低下しています。特に金融業や観光業といったサービス産業が経済の中心となっています。

脱工業化の影響と政策対応

これらの国でも、かつての工業地帯では製造業衰退による地域経済の低迷や失業といった問題が生じています。政策対応としては、失業給付や再訓練プログラムといった社会保障制度の強化に加え、地域経済再生のためのインフラ投資や産業誘致などが試みられてきました。しかし、アメリカと同様に、製造業雇用をかつての水準に戻すことには成功していません。

地域格差と社会問題の比較

英国やフランスでも、都市部(ロンドン、パリなど)と地方の経済格差、そしてそれに伴う社会的な不満や政治的な分断が問題となっています。特に、製造業衰退の影響を受けた地域では、社会的な疎外感やポピュリズム的な動きが見られるという点で、アメリカのラストベルト問題と共通する側面があります。ただし、各国の歴史的背景、社会保障制度、労働市場の柔軟性などが異なるため、その影響の現れ方や深刻さには違いがあります。

韓国:技術主導の成長と雇用

韓国は、短期間で工業化を成し遂げ、自動車、半導体、電子機器といった分野で高い国際競争力を持つ製造業を確立しました。輸出主導の成長モデルによって経済を拡大させてきました。

製造業の競争力

韓国経済において、製造業は依然として重要な位置を占めています。技術開発への投資や、サムスンのような巨大企業(「財閥」)を中心とした垂直統合型の産業構造が、国際競争力維持の一因となっています。しかし、韓国もまた、製造業における自動化や海外への生産移転といった影響を受けており、製造業の雇用者数は相対的に減少傾向にあります。

労働市場の変容

韓国でも、製造業における正規雇用の減少、非正規雇用の増加、そして大企業と中小企業間や産業間での賃金格差といった、労働市場の二極化が進んでいます。教育熱が高く、高学歴者が増加する一方で、若年層の失業率が高いという問題も抱えています。技術主導で製造業を成長させても、雇用構造の変化や労働市場の課題は避けられないという点で、韓国の経験は示唆に富みます。

これらの国際比較は、製造業雇用の減少という現象が先進国共通のものであることを示しています。しかし、ドイツのように制度的な強みを持つ国もあれば、アメリカのようにサービス化と格差が並行して進んだ国もあります。各国がとってきた政策対応や、その社会的な影響の違いを分析することは、自国がどのような政策を選択すべきか、そして構造変化の中で労働者をどう支援すべきかを考える上で重要なヒントを与えてくれます。

コラム:ドイツのパン屋さん

以前、ドイツの小さな街を訪れた際、町の中心にある老舗のパン屋さんに入りました。そこで働く若いパン職人さんは、とても楽しそうに仕事をしていました。話を聞くと、彼は中学卒業後、このパン屋さんで「アウスビルドゥング」(Ausbildung)と呼ばれる職業訓練を受けているとのことでした。週に数日は店で働きながら、週に数日は職業学校でパン作りの理論や関連知識を学んでいます。

彼は、将来は自分のパン屋さんを持ちたいという夢を持っていました。彼の目が輝いていたのが印象的でした。ドイツのデュアルシステムは、このように若者が早い段階から社会に出て専門的なスキルを身につけ、将来のキャリアパスを描けるように設計されています。それは、単に就職を容易にするだけでなく、職人としての誇りや専門性へのリスペクトを育む文化とも繋がっているように感じました。製造業に限らず、様々な分野でこうした「手に職をつける」ことへの価値が社会的に高く評価されていることが、ドイツ経済の強靭さを支える一因かもしれません。


第11章:日本の製造業と構造変化

日本もまた、アメリカと同様に、戦後の高度経済成長期に製造業が経済を牽引し、その後、経済構造の大きな変化を経験しました。日本の経験は、アメリカの課題を理解する上で、あるいは日本自身の将来を考える上で、多くの共通点と相違点を提供してくれます。

高度成長期のものづくり

戦後、日本は「ものづくり」国家として復興し、高度経済成長を遂げました。自動車、家電、鉄鋼、造船といった産業は、高品質な製品を世界中に輸出し、日本経済を牽引しました。これらの産業は、多くの雇用を生み出し、日本の「サラリーマン」を核とする中産階級社会を築く上で大きな役割を果たしました。

輸出主導の経済

日本経済は、輸出、特に製造業製品の輸出に大きく依存する構造となりました。円安を背景とした輸出競争力は、日本の製造業に有利に働き、国内での生産と雇用を支えました。

中小企業の役割

大企業を頂点とするピラミッド型の産業構造の中で、高い技術力を持つ多数の中小企業が部品供給や加工を担うという、「下請け」構造も日本の製造業の特徴でした。これらの中小企業(SME)は、地域経済においても重要な雇用主でした。

円高と海外移転

しかし、1980年代後半以降の円高の進行は、日本の製造業にとって大きな転換点となりました。製品の輸出価格が相対的に高くなり、国際競争力が低下したため、多くの企業が生産拠点を海外に移転(いわゆる「産業空洞化」)せざるを得なくなりました。

産業空洞化の影響

工場が海外に移転することで、国内の製造業雇用は減少しました。特に、労働集約的な工程や、汎用品の生産を行う工場が海外に移転する傾向が強かったです。これは、国内の特定の地域(例:工業団地が集まる地方都市)に経済的な打撃を与えました。しかし、日本の産業空洞化は、アメリカほど大規模な地域経済の崩壊には繋がらなかった側面もあります。それは、海外移転後も国内に研究開発や高機能部品生産、そして経営管理といった機能を残した企業が多かったこと、そして地域経済における中小企業の粘り強さがあったためと考えられます。

国内雇用の変遷

国内の製造業雇用が減少する一方で、経済全体の雇用はサービス産業へとシフトしました。小売、医療、介護、教育、情報通信といったサービス業の雇用が増加しましたが、これらの分野は製造業と比較して、賃金水準や雇用の安定性にばらつきがあります。

労働市場の課題

日本の労働市場も、構造変化に伴う様々な課題に直面しています。

非正規雇用の増加

製造業の衰退と規制緩和の進行は、企業にとって労働コストを柔軟に調整する必要性を高め、結果として非正規雇用(パート、アルバイト、派遣など)が増加しました。非正規雇用は、正規雇用と比較して賃金が低く、雇用の安定性や福利厚生が劣るため、労働者間の格差拡大の一因となっています。これは、かつて製造業が担っていた「安定した中産階級雇用」の基盤を弱体化させました。

賃金格差の拡大

大企業と中小企業間、正規雇用と非正規雇用間、そして産業間での賃金格差も問題となっています。技術進歩やグローバル化は、高スキル労働者と低スキル労働者の間の賃金格差を広げる傾向があり、日本も例外ではありません。

少子高齢化と人手不足

日本は、アメリカとは異なり、少子高齢化が急速に進んでいます。これにより、労働力人口が減少し、特に医療、介護、建設といった分野では人手不足が深刻化しています。これは、一部の分野では賃金上昇の圧力となる可能性がありますが、同時に社会保障費の増大や経済全体の活力低下といった問題も引き起こしています。

技術革新の未来

日本の製造業は、今なお高い技術力を持つ分野(例:自動車、ロボット、高性能素材、部品)を維持しています。しかし、アメリカと同様、自動化やデジタル化の波に直面しています。

ロボット・AIの活用

日本は産業用ロボットの主要な製造国の一つであり、国内の製造業でもロボット化が進んでいます。今後、AIやIoT(モノのインターネット)といったデジタル技術を活用したスマートファクトリー化が進めば、生産性はさらに向上するでしょう。これは、必要な労働力の減少に繋がる可能性がありますが、同時に新しい技術を活用できる人材の需要を生み出します。

DXと雇用

製造業だけでなく、サービス業を含む経済全体でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいます。これにより、定型的な事務作業などが自動化される一方、データ分析、AI開発・運用、デジタルマーケティングといった新しいデジタルスキルを持つ人材の需要が急速に高まっています。日本は、デジタル人材の育成や労働者のリスキリングという点で、大きな課題を抱えています。

米国の政策が日本に与える影響

最後に、米国の経済政策、特に製造業や貿易に関する政策は、日本経済に直接的・間接的な影響を与えます。

貿易摩擦、サプライチェーン再編

トランプ政権下で見られたような米国の保護主義的な動き(関税賦課など)は、日本の輸出産業に直接的な打撃を与えました。また、米中対立の激化に伴うサプライチェーンの「デリスキング」(特定の国への依存度を下げる動き)や、米国の国内生産回帰(レショアリング)の動きは、日本企業のグローバルな生産・販売戦略にも影響を与えています。米国市場向けの生産拠点の見直しや、サプライチェーンの分散化といった対応が必要となっています。

技術競争と日米連携

半導体やAIといった先端技術分野における米中間の技術競争は、日本も巻き込んでいます。米国が同盟国との連携を強化してサプライチェーンの再構築や技術規制を進める中で、日本も自国の経済安全保障を確保しつつ、米国との連携をどう深めていくかが重要な課題となっています。これは、日本の製造業、特に先端技術分野の将来を左右する可能性があります。

日本の経験は、製造業衰退とサービス経済化、そして労働市場の二極化という点でアメリカと多くの共通点を持ちつつも、少子高齢化、非正規雇用、そして企業文化や制度といった独自の課題も抱えています。アメリカの経験から学ぶと同時に、日本独自の文脈を踏まえた政策対応が求められています。

コラム:日本の地方工場にて

数年前、日本の地方にあるある中小企業の工場を訪れる機会がありました。そこは、自動車部品の非常に精密な加工を行っている工場でした。熟練の職人さんが、最新のNC旋盤を巧みに操り、ミクロン単位の精度で金属部品を削り出していました。「この仕事は機械だけじゃできないんだ。最後の仕上げは、やっぱり人間の目と手が必要なんだよ」と、彼は誇らしげに語ってくれました。

しかし、同時に彼はこうも言いました。「若い子はなかなか来てくれないね。きついし、給料も大企業には負けるから。この技術をどうやって次の世代に引き継ぐか、それが一番の悩みだよ。」

日本の製造業の強みは、こうした地方の中小企業に根ざした、世界に誇れる職人技やニッチな技術にあります。しかし、後継者不足や若者のものづくり離れ、そして大手企業からの厳しいコスト削減要求といった課題に直面しています。アメリカのラストベルトと同様に、日本の地方も経済の構造変化と人口減少の二重苦にあえいでいる地域が少なくありません。これらの地域で、いかにして「失われつつある技術」を継承・発展させ、新たな雇用を生み出していくか。それは、日本の経済政策にとって喫緊の課題であり、過去へのノスタルジーではなく、未来への投資が不可欠であることを改めて感じさせられました。


第6部:未来への展望

第13章:新たな経済と雇用

製造業がかつてのような雇用シェアを取り戻すことは非現実的であるとしても、アメリカ経済は進化を続け、新たな産業と雇用を生み出しています。未来を見据え、これらの新しい機会を最大限に活かすことが重要です。

先端製造業の可能性

従来の大量生産型製造業が雇用を減らす一方で、先端製造業と呼ばれる新しい分野は、異なる性質の雇用を創出する可能性があります。

3Dプリンティング

例えば、3Dプリンティング(アディティブ・マニュファクチャリング)は、少量多品種生産やカスタマイズされた製品生産に適しており、設計、オペレーション、メンテナンスといった新しいスキルを持つ人材を必要とします。大型工場のような多数のブルーカラー労働者を必要とするわけではありませんが、高い技術力を持つエンジニアや技術者の雇用を生み出す可能性があります。

スマートファクトリー

スマートファクトリー化が進むことで、生産現場で働く労働者に求められるスキルは、単純なライン作業から、設備の監視・管理、データ分析、ロボットとの協働作業といった、より高度なものへと変化します。これは、訓練を受けた熟練技術者やエンジニアの需要を高めます。これらの新しい形態の製造業は、かつてのような大規模な雇用吸収力は持たないかもしれませんが、高賃金でやりがいのある雇用を生み出し、国内の技術基盤を維持・強化する上で重要です。

サービス産業の進化と多様性

サービス産業は、すでにアメリカ経済の雇用の大部分を占めていますが、その中でも新しい分野が成長し、雇用を創出しています。

デジタル経済におけるサービス業の進化

インターネットやモバイル技術の進化は、情報通信サービス、ソフトウェア開発、オンラインコンテンツ、eコマース関連サービス、デジタルマーケティングといった新しいサービス産業を急速に成長させました。これらの分野は、一般的に高賃金の専門職や技術職の雇用を生み出しています。

ケア経済(医療・介護)の拡大

一方、高齢化が進む中で、医療サービス、介護サービス、保育サービスといった「ケア経済」の需要は世界的に拡大しています。これらの分野は、人間にしかできない対人サービスが中心であり、自動化による代替が難しい特性を持っています。ケア経済は、比較的スキルレベルが高くなくても参入可能な雇用を創出しますが、賃金水準は必ずしも高くなく、労働条件や社会的な評価といった点で課題を抱えています。しかし、これらの分野の雇用は、地域に根差しており、海外に移転する可能性が低いという特徴があります。

レショアリングの実態

近年、「レショアリング」(海外に移転した生産拠点を国内に戻すこと)への関心が高まっています。これは、単にコスト削減だけでなく、サプライチェーンの強靭化(パンデミックによる混乱からの教訓)、品質管理の向上、国内市場への迅速な対応、そして政府からのインセンティブといった様々な理由によって推進されています。

安全保障と効率のバランス

半導体や医療品といった戦略的に重要な物資の国内生産能力を確保することは、経済安全保障の観点から重要視されています。政府も、これらの分野の国内投資を促進するための補助金や税制優遇を提供しています。しかし、レショアリングは、コスト効率の観点からは不利になることが多く、消費者の負担増につながる可能性もあります。安全保障と経済効率のバランスをどう取るかが課題となります。

雇用の限定的効果

一部のレショアリングは国内雇用を創出しますが、その規模は、かつて海外に移転した雇用全体や、構造変化によって失われた雇用全体と比較すると、依然として限定的であると考えられます。国内に戻ってくる生産は、多くの場合、自動化されたり、高度な技術を必要としたりするため、かつてのブルーカラー労働者向けの大量雇用には繋がりにくい傾向があります。レショアリングは、サプライチェーンの多様化や国内の先端製造業基盤の強化には貢献しますが、製造業全体の雇用シェアを劇的に回復させる特効薬ではありません。

経済の進化に適応するために

経済は常に変化し続けます。過去の産業構造にしがみつくのではなく、この経済の進化という現実を受け入れ、それに適応していくことが、個人にとっても、社会全体にとっても重要です。

変化を恐れず、機会を捉える

労働者一人ひとりは、新しい技術や産業のトレンドに関心を持ち、積極的に新しいスキルを学ぶ姿勢を持つことが重要です。政府や企業は、そうした労働者の学び直しやキャリア転換を支援する環境を整備する必要があります。

過去に囚われない未来志向の経済政策

政策立案者は、ノスタルジーに基づく非現実的な目標(例:製造業雇用シェアを過去の水準に戻す)を追うのではなく、技術革新、グローバリゼーション、そして国内需要の変化といった構造要因を踏まえ、労働者が新しい経済で成功するための環境整備に注力すべきです。教育、訓練、社会保障、そして新しい産業の育成といった分野への投資は、過去への補償ではなく、未来への投資として位置づけられるべきです。

市民への経済教育の重要性

経済の構造変化やグローバリゼーションといった複雑な現象について、市民が正しく理解することは、感情論や単純な物語に惑わされず、現実的な政策議論を行う上で不可欠です。メディアや教育機関は、経済の仕組みや構造変化の理由について、分かりやすく、そして多角的な視点から伝える責任があります。

未来の経済は、かつてのものとは異なる姿をしているでしょう。しかし、それは決して悲観すべきことばかりではありません。新しい技術は新たな機会を生み出し、サービス産業は多様な雇用を提供します。重要なのは、変化を恐れるのではなく、変化の中に機会を見出し、すべての人がその機会にアクセスできるよう、社会全体で努力することです。それは、経済学者がデータと論理で道筋を示し、政治家が未来志向の政策を実行し、そして市民一人ひとりが学びと適応の努力を続けることによってのみ達成されます。

コラム:学生たちとの未来会議

私は時々、学生たちと一緒に「未来の仕事」について話し合う時間を持ちます。彼らは、AIが自分たちの将来の仕事を奪うのではないか、グローバル化によって仕事がなくなるのではないか、といった不安を抱いています。しかし、同時に、新しいテクノロジーや社会課題(環境問題、高齢化など)から生まれる新しいビジネスや仕事の可能性についても、強い好奇心を持っています。

私は彼らに、経済の構造変化は避けられないこと、そして過去の仕事はなくなるかもしれないが、必ず新しい仕事が生まれることを説明します。重要なのは、どんな仕事が生まれるかを正確に予測することではなく、どんな変化にも対応できるような「学び続ける力」や「新しい環境に適応する力」を身につけることだと強調します。

彼らの世代は、私たちよりもはるかに速いスピードで変化する世界を生きていくことになります。彼らが過去のノスタルジーに囚われることなく、未来に向かって前向きに進んでいくためには、私たち大人が、データに基づいた現実を伝えつつ、同時に希望の道筋を示す責任があります。彼らの輝く目を見ていると、私は常に、自分の仕事の重要性を再認識します。経済学は、単なる学問ではなく、未来世代への責任でもあるのです。


結論:構造変化の中での希望

この長い旅を通じて、私たちはアメリカ経済が経験した構造変化、特に製造業雇用の減少という現象を、様々な角度から見てきました。そこには、単純な「物語」では語りきれない、複雑な現実がありました。

ノスタルジーの終焉

データは明確に示しています。米国の製造業雇用シェアは、技術進歩による生産性向上と国内需要のサービス化という、より根源的な構造要因によって長期的に低下してきました。貿易赤字やアウトソーシングといった国際的な要因も影響を与えましたが、それらが雇用減少の主因であった、あるいは過去の雇用水準に戻す特効薬であるという主張は、「数学が機能しない」非現実的なものです。1950年代や60年代のような製造業全盛期へのノスタルジーは、多くの人々の感情に響きますが、その時代は特別な歴史的背景の下で成り立っており、現代において再現することは不可能です。

過去への執着の代償

過去への執着は、現実を直視することを妨げ、見当違いの政策を生み出します。保護主義や非現実的な再産業化目標を追求することは、経済全体の効率性を損ない、貿易戦争のリスクを高め、労働者を真に助けることには繋がりません。むしろ、労働者が直面している本当の課題(技術変化への適応、スキルミスマッチ、雇用の不安定さ)から目を背けさせ、彼らの失望を深める可能性があります。

現実的な希望の構築

真に必要なのは、過去の栄光を追い求めることではなく、ピッツバーグの変貌のように、現代経済の現実の中で、多くの労働者が経済的な安定と向上を達成できるような「現実的な希望」を構築することです。それは、製造業の復活ではなく、サービス産業や新しい技術分野における機会を最大限に活かすこと、そして変化に適応できる労働者を育てることに焦点を当てたアプローチです。

労働者中心の政策

構造変化の波は、多くの労働者、特に非大卒のブルーカラー労働者やラストベルト地域の人々に厳しい影響を与えました。彼らの経済的な苦境、賃金停滞、そして地域社会の衰退は、データだけでなく、生身の人々の生活における深刻な現実です。労働者の未来のためには、彼らを経済の進化から取り残さないための、労働者中心の政策が不可欠です。

機会の平等

構造変化の中で、新しい経済における機会は不均等に分配されがちです。特に、高度なスキルや教育が求められる職種が増える中で、教育や訓練へのアクセス格差は、経済的な格差をさらに広げます。全ての人々が、自身の能力と意欲に応じて、質の高い教育や実践的な訓練を受けられる機会を平等に提供することが、中産階級社会を再構築するための基盤となります。

持続可能な成長

また、構造変化の負の影響を緩和するためのセーフティネット(失業保険、医療保障、住宅支援)を強化し、地域経済の再生を支援するターゲットを絞った投資を行う必要があります。グリーンテックのような新しい成長産業への投資は、環境問題への対応と雇用創出を両立させる可能性を秘めています。そして、所得格差を是正するための税制改革や労働市場改革も、よりインクルーシブで持続可能な成長を実現するために不可欠です。

経済学の使命

経済学者は、複雑な経済の現実をデータと論理で分析し、その知見を社会に伝える責任があります。時には、それが人々の感情や政治的な物語とは異なる「不都合な真実」であっても、誠実に語らなければなりません。

真実を語る責任

「貿易がすべての原因だ」「工場を戻せばすべて解決する」といった単純な物語は、人々の不安や怒りを一時的に鎮めるかもしれませんが、長期的な解決には繋がりません。経済学者は、生産性向上、需要構造の変化、技術偏向的な変化といった、より根源的な構造要因の重要性を、分かりやすく、そして説得力を持って説明する必要があります。それは、科学的な真実を追求する学問としての使命です。

次世代へのメッセージ

しかし、同時に、経済学者は単なる分析者であるだけでなく、社会の改善に貢献する実践者でもなければなりません。データが示す冷たい真実の中に、労働者や地域社会が変化に適応し、より良い未来を築くための具体的な道筋を示す責任があります。教育への投資、社会保障の拡充、地域再生…これらの政策が、単なるコストではなく、未来への希望への投資であることを、社会全体に理解させる必要があります。

経済構造の変化は、今後も続きます。AI、ロボット、グローバル化…これらの力は、私たちの働き方、暮らし、そして社会のあり方をさらに変えていくでしょう。過去へのノスタルジーに囚われている暇はありません。私たちは、この変化を恐れるのではなく、理解し、適応し、そして、その変化の中でより多くの人々が恩恵を受けられるような、公平で豊かな社会を共に築いていく必要があります。それは、経済学、政治、そして市民一人ひとりの協調によってのみ達成されます。未来は、過去に依存するのではなく、私たちが今、何を選択し、何を行うかにかかっています。さあ、データを手に、希望の未来へ向かって歩み始めましょう。🚶‍♀️📈🌍


付録

謝辞

本記事の執筆にあたり、多くの先行研究、政府機関の統計データ、そして様々な分野の専門家の洞察を参考にさせていただきました。特に、米国の製造業雇用、貿易、技術変化、所得格差に関する優れた経済学研究(Autor et al., 2016, Acemoglu & Restrepo, 2018など)は、構造変化のメカニズムを理解する上で不可欠でした。また、日米の経済関係に関する議論は、日本の経済学者の知見に多くを負っています。すべての参照元を個別に列挙することはできませんが、ここに深く感謝申し上げます。

また、本記事のベースとなった私自身の経験、特に1992年のクリントン氏との会談は、経済学の理論と現実の政治、そして人々の感情との間のギャップを痛感させられる貴重な機会でした。この経験を共有することで、読者の皆様に経済の複雑さをより立体的に感じていただければ幸いです。

最後に、このプロジェクトを支援してくださった編集者および関係者の皆様に心より感謝いたします。

参考文献

ここでは、本文中で言及した、あるいは執筆の参考とした文献の一部を示します。より網羅的なリストは割愛しますが、これらの文献は、各テーマについてより深く学びたい読者の皆様の参考になるでしょう。

経済学文献

  • Autor, David H., David Dorn, and Gordon H. Hanson. "The China Shock: Learning from Labor-Market Adjustment to Large Changes in Trade." NBER Working Paper No. 21626. 2015. (Published in Annual Review of Economics, 2016) - 中国からの輸入増加が米雇用に与えた影響に関する代表的な研究。
  • Acemoglu, Daron, and Pascual Restrepo. "Artificial Intelligence, Automation, and Work." NBER Working Paper No. 24168. 2017. (Published in AEA Papers and Proceedings, 2018) - 自動化とAIが雇用と賃金に与える影響に関する研究。
  • Piketty, Thomas. *Capital in the Twenty-First Century*. Belknap Press, 2014. (日本語訳:トマ・ピケティ著『21世紀の資本』みすず書房) - 所得・資産格差の長期トレンドに関する世界的ベストセラー。
  • Baldwin, Richard. *The Great Convergence: Information Technology and the New Globalization*. Belknap Press, 2016. (日本語訳:リチャード・ボールドウィン著『大分岐』日本経済新聞出版) - グローバル・バリュー・チェーンの進化に関する研究。
  • U.S. Bureau of Labor Statistics (BLS) - 米国労働統計局の公式ウェブサイト。雇用統計、賃金データ、生産性データなどの情報源。https://www.bls.gov/
  • U.S. Census Bureau - 米国国勢調査局の公式ウェブサイト。人口、経済、社会に関する広範なデータを提供。https://www.census.gov/

関連分野(社会学、政治学、地域研究)文献

  • Vance, J.D. *Hillbilly Elegy: A Memoir of a Family and Culture in Crisis*. Harper, 2016. (日本語訳:J・D・ヴァンス著『ヒルビリー・エレジー - アメリカの繁栄から取り残された白人たち』紀伊國屋書店) - ラストベルト地域の社会問題に関する個人的な視点からのルポ。
  • Cramer, Katherine J. *The Politics of Resentment: Rural Consciousness in Southern Wisconsin*. University of Chicago Press, 2016. - 地方部の有権者意識と政治に関する研究。
  • 政府機関やシンクタンクのレポート(例:Economic Policy Institute, Brookings Institutionなど) - 経済政策や社会問題に関する最新の分析やデータを提供。

日本の関連文献

  • 日本の内閣府、経済産業省、厚生労働省などが発行する白書や統計資料。日本の経済構造、産業、労働市場に関するデータと分析を提供。
  • RIETI (経済産業研究所) - 経済産業政策に関する研究を行っており、日本の製造業やグローバル化に関するレポートが豊富。https://www.rieti.go.jp/
  • JETRO (日本貿易振興機構) - 貿易や海外直接投資に関する情報を提供。https://www.jetro.go.jp/
  • 日本の経済学者による学術論文や書籍(例:円居総一、大内伸哉など、日本の産業・雇用問題に関する研究)。

報道記事・報告書

  • The New York Times, The Wall Street Journal, Financial Timesなどの主要経済紙。
  • Bloomberg, Reutersなどの経済ニュース。
  • これらの媒体における、ポール・クルーグマン氏(Paul Krugman)や他の著名な経済学者のコラムやインタビュー。
  • 指定されたドメインのブログ記事(必要に応じて関連性の高い具体的な記事を特定し、リンク設定)https://dopingconsomme.blogspot.com

用語索引(アルファベット順)

3D Printing
積層造形とも呼ばれる製造技術。デジタルデータをもとに、材料を一層ずつ積み重ねて立体的な物体を作る。少量多品種生産やカスタム製品に適しており、従来の製造方法とは異なるスキルを必要とします。
Advanced Manufacturing
データ分析、自動化、AI、高度なロボット工学などの技術を活用した、従来よりも高度で効率的な製造プロセス。高付加価値生産や複雑な製品製造に用いられます。
AI (Artificial Intelligence)
人工知能。コンピュータープログラムが、人間の知的な作業(学習、判断、推論など)の一部または全部を行う技術。製造業における画像認識による不良品検知や、生産計画の最適化などに応用が進んでいます。
Automation
自動化。機械やシステムが、人間の介入なしに作業やプロセスを実行する技術。製造業では、組み立て、溶接、運搬などの作業をロボットや自動機械が行うことで、生産性向上に大きく貢献しています。
BLS (Bureau of Labor Statistics)
米国労働統計局。アメリカ合衆国の労働市場に関する様々な統計データ(雇用、賃金、労働生産性、物価指数など)を収集・分析・公表している政府機関です。
Capital Income
資本所得。労働による賃金や給与とは異なり、資産(株式、債券、不動産など)の保有から得られる所得(配当金、利子、家賃収入、キャピタルゲインなど)のことです。
Care Economy
ケア経済。医療、介護、保育、教育など、人々の健康や福祉、能力向上に関わるサービスを提供する経済分野の総称。対人サービスが中心であるため、自動化による代替が難しい分野とされています。
CGE Model (Computable General Equilibrium Model)
計算可能な一般均衡モデル。経済全体の複雑な相互作用(例えば、ある産業への政策変更が他の産業や家計、貿易にどう影響するか)をコンピューターでシミュレーションするための経済モデルです。貿易政策の効果分析などによく用いられます。
Comparative Advantage
比較優位。経済学の概念で、ある国や個人が、他の国や個人と比較して、ある財やサービスをより低い機会費用(それを生産するために犠牲にする他のものの価値)で生産できる能力のこと。比較優位を持つ財の生産に特化し、それを交換することで、全体として効率が高まり、より多くの富が得られるとされます。
Digital Revolution
デジタル革命。1980年代以降に急速に進んだ、コンピューター、インターネット、モバイル通信などのデジタル技術の革新と普及。経済、社会、文化などあらゆる側面に大きな影響を与えました。
Dual System
デュアルシステム。ドイツなどにみられる職業教育システム。若者が企業での実践的な実地訓練(週数日)と職業学校での理論学習(週数日)を並行して行うことで、高い専門スキルを身につけます。特に製造業で重要な役割を果たしています。
DX (Digital Transformation)
デジタルトランスフォーメーション。企業や組織が、デジタル技術やデータ活用を通じて、ビジネスモデルや組織文化、働き方を変革し、競争優位性を確立することです。製造業におけるスマートファクトリー化なども含まれます。
Domestic Demand
国内需要。その国の国内に住む家計、企業、政府による財・サービスへの支出のこと。GDPの構成要素の一つであり、経済の成長や産業構造に影響を与えます。製造業からサービス業への需要シフトは、雇用構造の変化に繋がります。
FDI (Foreign Direct Investment)
外国直接投資。ある国の居住者(企業など)が、外国の企業や事業に対して、経営権の取得や事業展開のために長期的に行う投資のこと。工場建設、企業買収などが含まれます。
Gini Coefficient
ジニ係数。所得や資産の分配の不均等さ(格差)を示す指標。0から1までの値を取り、0は完全に平等な状態、1は一人が全てを所有する状態を示します。値が大きいほど格差が大きいことを意味します。
Global Value Chain (GVC)
グローバル・バリュー・チェーン。製品やサービスが、研究開発、デザイン、製造、マーケティング、販売、アフターサービスといった一連の工程を通じて、世界中の異なる場所で価値が付加されていく国際的な分業・連携のネットワークのことです。
Green Tech
グリーンテック。環境問題の解決や持続可能な社会の実現に貢献する技術や産業の総称。再生可能エネルギー、エネルギー効率化、環境汚染対策、持続可能な資源利用などが含まれます。製造業においては、環境負荷の低い生産技術や製品製造などがあります。
Lifelong Learning
生涯学習。学校教育を終えた後も、自己の能力向上やキャリア開発のために、継続的に学習すること。技術変化が速い現代において、労働者が新しいスキルを習得し、労働市場に適応し続けるために重要とされています。
Mittelstand
ミッテルシュタント。ドイツ語で中小企業を意味しますが、特にドイツにおいて、高い技術力、ニッチな市場での世界的なシェア、長期的な視点の経営、地域社会との結びつきといった特徴を持つ、経済の屋台骨を支える中小企業群を指すことが多いです。
Manufacturing Employment Share
製造業雇用シェア。ある国や地域の全雇用者数に占める、製造業に従事する雇用者数の割合のこと。先進国では長期的に低下傾向にあります。
Opioid Crisis
オピオイド危機。鎮痛剤として用いられるオピオイド系薬物の乱用や依存症が広がり、過剰摂取による死者が急増しているアメリカ合衆国における深刻な社会問題。経済的苦境やコミュニティの崩壊と関連が指摘されています。
Outsourcing
アウトソーシング。企業が自社の業務の一部または全部を、外部の業者や海外の企業に委託すること。特に製造業では、生産工程の一部または全部を海外の工場に委託することを指す場合が多いです。
Platform Economy
プラットフォーム経済。インターネット上のオンラインプラットフォーム(例:Uber, Airbnb,クラウドソーシングサイト)を介して、サービス提供者と利用者が直接つながり、取引が行われる経済形態。労働者の働き方も、特定の組織に属するのではなく、プロジェクト単位や時間単位で柔軟に働く「ギグワーク」が増えています。
Productivity
生産性。労働や資本といった投入量に対して、どれだけの成果(生産量や付加価値)が得られたかを示す指標。技術進歩や組織の効率化によって向上します。製造業では、労働生産性(労働者一人あたり、または労働時間あたりの生産量)の向上が、雇用シェア減少の一因とされています。
Protectionism
保護主義。国内産業を外国との競争から保護するために、関税、輸入数量制限、非関税障壁といった貿易制限措置を講じる政策のことです。
Reskilling
リスキリング。労働者が、現在の仕事で必要とされるスキルとは異なる、新しい仕事や分野で必要とされるスキルを学び直すこと。産業構造や技術の変化に対応するために重要視されています。
Reshoring
レショアリング。海外に移転した企業の生産拠点や業務の一部または全部を、再び自国国内に戻すこと。サプライチェーンの強靭化、品質管理、国内需要への対応、政府のインセンティブなどが動機となります。
Rust Belt
ラストベルト。かつてアメリカ合衆国中西部および北東部において、鉄鋼、自動車、石炭といった重工業が盛んだった地域。産業衰退により、経済的な停滞や人口減少、社会問題が深刻化している地域を指します。「錆びついた帯」の意。
Robotics
ロボット工学。ロボットの設計、製造、プログラミング、応用に関する技術分野。製造業では、反復作業や危険な作業を代替する産業用ロボットが広く導入され、自動化を推進しています。
Service Economy
サービス経済。経済全体において、財(モノ)の生産よりもサービス(医療、教育、金融、情報通信、小売、飲食など)の生産や消費が中心となっている経済構造のことです。先進国では、長期的にサービス経済化が進んでいます。
Skill-Biased Technical Change (SBTC)
技術偏向的変化。技術進歩が、高スキル労働者(大学教育を受けた専門職など)の生産性や需要を相対的に高め、彼らの賃金を上昇させる一方で、低スキル労働者(定型的な肉体労働など)の生産性向上への寄与が小さいか、あるいは彼らの仕事を代替することで需要を減少させるという考え方です。所得格差拡大の一因とされています。
Skill Mismatch
スキルミスマッチ。労働者が持っているスキルと、労働市場で企業が求めているスキルとの間にずれが生じている状態。経済構造の変化や技術進歩によって、求められるスキルが変化する際に発生しやすい問題です。
Small and Medium-sized Enterprises (SME)
中小企業。企業規模の分類で、大企業よりも従業員数や資本金が少ない企業のこと。多くの国で経済活動や雇用の大部分を担っています。日本の製造業では、高い技術力を持つ中小企業がサプライチェーンで重要な役割を果たしています。
Smart Factory
スマートファクトリー。IoT、AI、ビッグデータなどのデジタル技術を活用して、生産プロセス全体を最適化、自動化、効率化する工場。生産設備の稼働状況監視、品質管理、需要予測に基づいた生産計画などをリアルタイムで行います。
Sustainable Growth
持続可能な成長。経済成長を達成する際に、環境資源の枯渇や社会的な不平等、地域格差などを悪化させることなく、将来世代も含めて長期的に繁栄を享受できるような成長のあり方。経済的、社会的、環境的な側面を統合した概念です。
TAA (Trade Adjustment Assistance)
貿易調整支援。米国の制度で、貿易の影響(輸入増加や生産の海外移転など)によって失業した労働者に対して、再訓練、失業給付の延長、求職活動支援、再就職手当などを提供するプログラム。貿易による負の影響を受けた労働者を支援することを目的としています。
Trade Deficit
貿易赤字。ある国や地域において、一定期間の輸出額が輸入額を下回っている状態。モノやサービスの取引全体で評価されるのが一般的です。
Universal Basic Income (UBI)
ユニバーサル・ベーシック・インカム。政府が、所得や資産、就労の有無に関わらず、全ての国民に対して定期的に一定額の現金を無条件で支給する制度。貧困対策、経済構造変化への対応、社会保障制度の簡素化などを目的として議論されています。
Wage Premium
賃金プレミアム。特定の属性(例:大学卒業、特定のスキル、労働組合加入)を持つ労働者が、それ以外の同等の労働者と比較して、より高い賃金を得ている状態。かつて製造業のブルーカラー労働者に見られた、非製造業同等職より高い賃金などがこれにあたります。

補足1:記事に対する様々な感想

ずんだもん:

うぇーい、このレポート読んだのだ! ずんだもんは、昔のアメリカの工場がすごかったのは知ってたけど、今はお仕事の場所がサービス業に移ってるんだねぇ。ずんだもち屋さんみたいに、サービス業も大事なんだ! 😊

えっと、貿易赤字とかアウトソーシングだけが原因じゃないって、データでちゃんと説明しててすごいのだ! 生産性アップとか、みんながモノじゃなくてサービスにお金を使うようになったからって、分かりやすいのだ。経済って、いろんなことが混ざり合ってるんだねぇ。

でも、ラストベルトとかいう所の人がお仕事を失って大変なのはかわいそうなんだ…😢 サービス業の仕事も、お給料が安いのもあるって書いてあったのだ。スキルを新しく学ばないといけないのも大変そうだなぁ。ずんだもんも、新しいずんだもんスイーツ開発のスキルを磨かないとだめかのだ!

結論で、教育とか、地域を助けることとかが大事だって書いてあったのだ! 過去に戻るのは無理でも、みんなで新しい未来を良いものにしていくのはいい考えなのだ! ずんだもんも、応援するのだー!📣

ホリエモン風:

いやあ、これ当然の話だよね。いつまで昔の製造業にしがみついてんだよ、ってこと。ノスタルジーに浸って関税とかバカげたことやってる間に、時代はどんどん変わってんだよ。AIとかロボットが出てきて、モノの作り方も変わってんだから、昔みたいに人海戦術で工場回す時代じゃない。生産性上がれば、そりゃ同じ量作るのに人は少なくて済むだろ? 当たり前じゃん。

貿易が悪いとかアウトソーシングが悪いとか言ってるやつらは、経済の仕組みを分かってないか、分かってて煽ってるだけ。安いもの買える方が消費者にとってはいいんだし、企業が競争力つけるために最適な場所で生産するのは当然の経営判断。それがグローバル化なんだよ。文句言ってる暇あったら、新しいスキル身につけるか、自分で事業でも起こせば?

ラストベルトがどうとか、かわいそうとか言ってるけど、変化に適応できなかっただけの話でしょ。いつまでも鉄鋼とか車だけ作ってるわけにいかないんだよ。医療とかITとか、伸びてる分野にシフトすんのが筋。そのためには教育とか必要だけど、それも誰かにやってもらうんじゃなくて、自分でやるのが基本。国が全部面倒見てくれるわけないんだから。

まあ、結論で教育とかの話をしてるのは、まあ一理あるかな。でも、それも個人の「やるかやらないか」だし。結局、変化に対応できたやつが稼げる。構造改革なんて、結局は古いものを壊して新しいものを作るってことでしょ。文句言ってるやつらは放っとけば? 勝手に淘汰されるだけだから。✋

西村ひろゆき風:

なんか、アメリカの製造業の仕事が減ったのは貿易のせいじゃなくて、機械とかが賢くなったせいなんだ、みたいな話らしいっすね。まあ、そりゃそうなるよね。人間がやるより機械の方が正確だし速いし、文句言わないし。安い人件費の国で作るのも、そっちの方が安く作れるんだから当然なんじゃないの。コスト削減って企業が生き残るためにやることだし。別に悪いことじゃないっすよね。

昔は製造業で働けばそこそこ給料良かった、みたいな話をしてるけど、それは時代が違っただけでしょ。グローバル化して競争激しくなったら、賃金だって安い方に引っ張られるの当たり前じゃないですか。サービス業に仕事が移ったって、そこで儲かる仕事と儲からない仕事があるのは普通だし。みんながみんな高収入の仕事につけるわけないんだから、格差が広がるのもまあ、そうなるよね、としか。

ラストベルトの人が怒ってポピュリズムの政治家に入れた、みたいな話も書いてあるけど、そりゃ「お前らの仕事がなくなったのはあいつらのせいだ」って言われた方が、自分が無能だからじゃない、って思えて気分いいもんね。現実が受け入れられないから、分かりやすい嘘を信じるっていうか。別に、無理に過去に戻そうとしても、うまくいくわけないし、時間の無駄じゃないっすか。

結局、自分で新しいこと学ぶとか、変化に適応するとか、そういうことをしないと、どんどんキツくなるだけだよね。国がなんとかしてくれる、とか期待するより、自分で稼ぐ方法考える方が現実的だと思うけど。まあ、彼らにとってはそれが難しいんだろうけど、だからってどうするの?って話じゃないですかね。終わってますね。はい。🤷‍♂️

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