愛か、金か、それともプライドか?データが暴く「不倫」の真実:近代家族の虚構を解体する計量社会学の挑戦 #不倫の社会学 #ジェンダー論 #エビデンスベース #不倫 #王30
愛か、金か、それともプライドか?データが暴く「不倫」の真実:近代家族の虚構を解体する計量社会学の挑戦 #不倫の社会学 #ジェンダー論 #エビデンスベース #不倫
――なぜ「夫婦の会話」は裏切りを防げないのか。統計が解き明かす、愛の防波堤が崩壊する構造的理由
目次(上巻:理論と構造編)
要約:本書が提示する衝撃の結論
「最近、夫との会話が減ったから浮気されるのかしら?」「セックスレスが原因で不倫に走るの?」……こうした、私たちが抱きがちな「不倫の原因=夫婦仲の悪化」という通説を、本書はデータによって真っ向から否定します。
社会学者の五十嵐彰氏による2018年の研究論文をベースに、本書が導き出した結論は極めて冷徹です。「会話の頻度」や「セックスの頻度」、「子供の数」は、不倫の発生を食い止める決定的な要因にはなり得ないというのです。
では、何が人を不倫へと駆り立てるのか? それは「愛」といった不安定な感情ではなく、もっと生々しい「経済的要因(収入)」と「教育的背景(学歴)」、そして男性特有の「プライド(男性性)」のゆがみでした。
本書では、2005年に行われた大規模Web調査のデータを分析し、特に「妻より収入が低い夫」が、自らの損なわれたプライドを回復するために不倫に走るという「男性性補償理論」の日本における有効性を証明します。これは「不倫=悪」と切り捨てるだけでは見えてこない、現代日本の家族制度が抱える深い闇を映し出しています。
本書の目的と構成:なぜ今、不倫を「数」で語るのか
不倫は、古今東西、週刊誌やワイドショーの大好物です。しかし、それらは常に「誰と誰がどこで会ったか」という個別のエピソード、あるいは「裏切られた側の悲しみ」という感情論に終始してきました。
本書の目的は、不倫を個人の「性格」や「モラル」の問題として片付けるのではなく、日本社会という構造が生み出した必然的な現象として捉え直すことにあります。
なぜ、高学歴な人は不倫を控える傾向にあるのか? なぜ、仕事が忙しくても不倫をする人はするのか? こうした問いに対し、統計学の手法(ロジスティック回帰分析)を用いて、客観的なエビデンス(根拠)を提示します。
構成としては、まず第一部で「なぜ私たちは不倫をこれほどまでにタブー視するのか」という歴史的背景を解説し、第二部で実際のデータを徹底的に解析、そして補足資料では、ずんだもんやホリエモンといった多角的なキャラクターの視点を通じて、この問題を現代的にアップデートしていきます。
登場人物紹介:不倫の霧の中に立つプレイヤーたち
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五十嵐 彰(Akira Igarashi)
2018年時点で東北大学大学院文学研究科に所属していた社会学者。現在は気鋭の研究者として活躍(2025年現在、30代後半から40代前半と推測)。「誰が不倫をするのか」という、誰もが気になりながらも科学的なメスが入りにくかった領域に、計量社会学という強力な武器を携えて乗り込んだ、本物語の「知の探究者」です。
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クリスティン・L・ムンシュ(Christin L. Munsch)
アメリカの社会学者。彼女が提唱した「男性性補償理論(Masculine Overcompensation Thesis)」は、本書の重要な柱となります。「夫が妻より稼げないとき、夫は別の場所で男らしさを証明しようとする」という残酷なメカニズムを世界に知らしめました。
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近代家族(Modern Family)という概念
人物ではありませんが、本書における最大の「敵」であり「主役」です。「愛し合っているから結婚し、結婚しているから性交渉は相手とだけ行う」という、私たちが当たり前だと思わされている20世紀型家族モデルです。150年ほどの歴史しかありません。
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調査対象の770人の既婚者たち
2005年、朝日新聞社AERA編集部のアンケートに回答した、リアルな日本人たち。彼らの「告白」が、本書のデータの源泉となります。
不倫と家族の歴史年表
| 年代 | 出来事 | 家族観・不倫観の変化 |
|---|---|---|
| 明治以前 | 家父長制の時代 | 不倫(密通)は重罪だが、男性の「側室」や遊びは一定程度許容。家を継ぐことが目的。 |
| 明治〜戦前 | 明治民法の制定 | 「家」制度が法制化。妻の不倫は「姦通罪」として罰せられる一方、夫への罰則は緩い。 |
| 1950年代 | 近代家族の黄金期 | 戦後の新憲法下で「個人の尊厳」と「両性の本質的平等」が謳われる。ロマンティック・ラブ・イデオロギーの浸透。 |
| 1980年代 | トレンディドラマの流行 | 不倫が「大人の恋」としてメディアで美化される側面が現れる一方、専業主婦層の不満が表面化。 |
| 2005年 | AERA「仕事とセックス」調査 | 本書のベースとなるデータが収集される。Web調査の普及により、本音が可視化され始める。 |
| 2018年 | 五十嵐論文の発表 | 「愛の深さと不倫は関係ない」ことが統計的に示され、家族社会学界に衝撃が走る。 |
| 2020年代 | マッチングアプリ時代 | 不倫の「機会」がデジタル化。性的排他性という規範が、かつてないほど揺らいでいる。 |
疑問点・多角的視点:常識への問いかけ
本論文を読み解く上で、私たちは以下の「不都合な真実」に直面します。
- 「愛」があれば不倫は防げるのか?:多くの人が「YES」と言いたいこの問いに、データは「NO」を突きつけます。これは、結婚がもはや感情の結びつきではなく、共同生活を維持するための「機能」になっているからではないでしょうか?
- なぜ高学歴ほど不倫をしないのか?:道徳心が高いから? それとも、不倫がバレた時の「社会的地位の損失コスト」を冷静に計算しているだけなのでしょうか?
- 2005年のデータは古くないか?:当時はまだスマホもマッチングアプリも普及していません。現代において「不倫の機会」は爆発的に増えており、現在の数値はもっと絶望的なのかもしれません。
歴史的位置づけ:近代家族の黄昏
本論文(五十嵐 2018)は、日本の家族社会学における「パラダイム・シフト(理論の劇的転換)」を象徴する資料です。
かつての社会学では、不倫は「異常な個人の逸脱行為」か、あるいは「不幸な婚姻関係の結果」として扱われてきました。しかし、五十嵐氏は「家族の内側(仲が良いか悪いか)」ではなく、「家族の外側(社会的な階層や収入の差)」に注目しました。
これは、19世紀に確立された「ロマンティック・ラブ・イデオロギー(愛しているから結婚し、添い遂げる)」という近代家族の物語が、現代日本において完全に制度疲労を起こしていることを、数字で証明してしまったのです。不倫を「文化」ではなく「構造」として捉えた点において、歴史的な重要性を持ちます。
日本への影響:法と感情のディスコミュニケーション
日本において、不倫(不貞行為)は民法上の不法行為であり、慰謝料請求の対象となります。しかし、本論文が示した「収入差による男性性補償としての不倫」という視点は、法的な「貞操義務」がいかに現実の心理的メカニズムと乖離しているかを浮き彫りにします。
特に、女性の社会進出が進み、「妻の方が高収入」という家庭が増える現代において、従来の「男が稼ぎ、女が家庭を守る」というジェンダーロールの崩壊が、皮肉にも不倫という形で男性の自尊心を守る装置として機能してしまっている可能性を指摘しています。これは、少子化対策や働き方改革を考える上でも、無視できない「日本特有の副作用」と言えるでしょう。
参考リンク・推薦図書
- 五十嵐彰(2018)「誰が『不倫』をするのか」 - J-STAGEで論文を読む
- 山田昌弘『近代家族のゆくえ』 - 日本の家族社会学のバイブル。
- ドーピングコンソメスープ - 社会問題の鋭い分析で知られるブログ。 dopingconsomme.blogspot.com
- 内閣府「男女共同参画白書」 - 日本のジェンダー格差の現状を確認するための基本資料。
第一部:理論的射程と日本的文脈――「愛」という名のイデオロギー
第1章:本書の目的と構成――不倫を「個人の資質」に閉じ込めないために
「なぜ、あの人はあんなに素敵な奥さんがいるのに不倫なんてしたんだろう?」 ワイドショーが著名人の不倫を報じるたび、お茶の間ではこのような溜息が漏れます。しかし、こうした問い自体が、実はある強力な呪縛に囚われていることに、私たちは気づいていません。その呪縛とは、「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」と呼ばれるものです。
1-1:愛・性・結婚の三位一体という「フィクション」
私たちが「普通」だと思っている結婚の形は、実は歴史的に見ればごく最近(日本では明治以降、一般化したのは戦後)のものです。
- 性(Sex):特定の相手とのみ行うべきもの。
- 愛(Love):一人の相手にのみ注がれるべき情熱。
- 結婚(Marriage):愛の結果として結ばれる法的・社会的契約。
この3つがガッチリと結びついている状態を、社会学では「近代家族モデル」と呼びます。このモデルでは、不倫は「愛が冷めた」か、あるいは「人格に問題がある」ために、この結合が壊れた結果だと解釈されます。
しかし、本当にそうでしょうか? 五十嵐氏の論文が挑戦するのは、この「愛の結びつきが不倫を防ぐ」という前提そのものです。本書の第1章では、私たちが無意識に受け入れている「愛の防波堤理論」が、いかに現代の社会構造の前で無力であるかを議論していきます。
1-2:なぜ「統計」が必要なのか
個人のエピソードは、時に非常に説得力があります。しかし、エピソードは「たまたまその人がそうだっただけ」という可能性を排除できません。
そこで計量社会学(けいりょうしゃかいがく)の出番です。これは、大量のアンケートデータを数字として処理し、「100人いたら何人がその傾向にあるか」を客観的に導き出す学問です。
例えば、本書で扱う「収入と不倫の関係」も、一人の金持ちが不倫していたからといって「金持ちは不倫する」とは言えません。しかし、何百人ものデータを分析し、「年収が100万円上がるごとに不倫の確率が〇%上昇する」という有意(ゆうい:偶然ではない、はっきりとした)な結果が出れば、それは社会全体の構造的な問題だと言えるのです。
第2章:要約:何が不倫を規定し、何を規定しないのか――データの冷徹な審判
さて、いよいよ本丸に斬り込みましょう。五十嵐氏が行った分析の結果、私たちの「不倫に関する思い込み」の多くが、データによって粉砕されました。
2-1:否定された「親密さの防波堤」
最も衝撃的なのは、以下の要素が不倫の抑制に全く(あるいはほとんど)効果がなかったという事実です。
- 会話の頻度:毎日1時間以上話していても、話さなくても、不倫の確率は変わりません。
- セックスの頻度:驚くべきことに、夫婦間の夜の生活が活発であっても、外に相手を作る確率は下がりませんでした。
- 子供の数:日本には「子はかすがい」という言葉がありますが、データ上では、子供がいてもいなくても、不倫をする人はします。
これはつまり、「夫婦仲を良くすれば不倫は防げる」という処方箋が、統計的にはほとんど意味をなさないことを示唆しています。
2-2:不倫を規定する「真の変数」
では、何が不倫を左右するのか。データが指し示したのは、極めてドライな「属性」でした。
- 学歴:男女ともに、高学歴であればあるほど、不倫をしなくなるという明確な相関が見られました。これには、社会的地位へのリスク感覚や、特定の価値観の共有が関係していると考えられます。
- 男性の収入:男性の場合、収入が増えれば増えるほど、不倫の確率が上がります。これは不倫を継続するための「資金力」という「機会」の問題です。
- 収入の逆転:そして本書のハイライト、「妻の方が稼いでいる夫」は、自分の方が稼いでいる夫に比べて不倫をしやすい。
不倫は「心の隙間」ではなく、「財布の厚み」と「プライドのヒビ」から生まれるのです。
第3章:登場人物紹介:調査対象者と現代日本の夫婦像――770人の鏡
この研究のベースとなったのは、2005年に朝日新聞社の雑誌『AERA』が行った「仕事とセックスに関する調査」です。ここでは、その数字の背後にいる「770人の既婚者」たちの実像に迫ります。
3-1:2005年の日本という時代背景
2005年といえば、小泉純一郎内閣の郵政民営化に沸き、携帯電話はまだ「ガラケー」が主流だった時代です。ミクシィ(mixi)などのSNSはありましたが、現代のように「マッチングアプリで5分後に不倫相手を探す」ようなことは不可能でした。
そんな中、Web調査という当時としては先進的な手法で集まった770人の回答は、「社会的に望ましい回答(建前)」を排除した、生々しい本音が反映されやすい環境でした。
3-2:回答者のプロフィールと「不倫率」の真実
調査対象は、20代から50代の働く男女です。
- 男性の約9%、女性の約5%が「現在進行形で不倫をしている」と回答しました。
- 「過去にしていた」を含めると、その数値は数倍に跳ね上がります。
ここで重要なのは、この770人は決して「特別な人たち」ではないということです。彼らの平均労働時間は週40〜50時間。平日のパートナーとの会話時間は平均1.9〜2.0時間。どこにでもいる、「真面目に働き、普通に暮らしている日本人」なのです。その普通の人々が、なぜ一線を越えてしまうのか。その答えが、次の章の歴史的視点へとつながります。
第4章:歴史的位置づけ:近代家族イデオロギーから「諦め・機能」の時代へ
不倫を深く理解するためには、私たちが今立っている「結婚という制度」が、どこから来てどこへ向かおうとしているのかを知る必要があります。
4-1:近代家族の誕生と「性的排他性」
産業革命以降、職場と家庭が分離することで、家庭は「安らぎの場」としての機能を求められるようになりました。そこで発明されたのが「性的排他性(せいてきはいたせい)」、つまり「セックスはパートナーとだけ」というルールです。
これは一見、お互いを大切にするための優しいルールに見えますが、歴史学的に見れば、「血縁の純粋性を守り、相続を確実にするための経済的合理性」に基づいたものでした。しかし、そこに「愛」という情緒的な付加価値をつけることで、近代家族は強固なものとなりました。
4-2:現代日本における「諦め・機能的婚姻」への移行
しかし、本論文のデータが示す通り、現代の日本人はもはや「愛があるから浮気しない」というフェーズにはいません。
近年の研究では、日本人の結婚コミットメント(関係を維持しようとする意志)には、情緒的な側面だけでなく、「諦め・機能的」な側面があることが指摘されています。
- 「今さら離婚するのは面倒くさい」
- 「経済的に一人で生きていくのは不安だ」
- 「世間体があるから形だけ維持する」
このような「機能維持」を目的とした婚姻関係において、不倫はもはや「家族の崩壊」を意味しません。むしろ、「家庭内では果たせない機能を外で補填する(ただしバレないように)」という、極めてドライな調整行動として現れているのです。
第二部:実証分析:機会・関係・アイデンティティ
第5章:労働時間と収入:機会構造のジェンダーバイアス
不倫をするためには、何が必要でしょうか? 魅力? 度胸? いいえ、社会学的に言えば、最も必要なのは「資源(リソース)」です。
5-1:収入という名の「通行許可証」
五十嵐氏の分析によれば、男性においてのみ、収入の上昇は不倫の確率を有意に高めます。
なぜでしょうか? 不倫にはコストがかかるからです。
- 金銭的コスト:食事代、ホテル代、プレゼント代。密会を隠すためのタクシー代。
- 心理的権利意識:高収入はしばしば社会的権力と結びつきます。「これだけ稼いでいるのだから、少しくらいの遊びは許されるだろう」という、無意識の特権意識が不倫を正当化させます。
- 魅力のシグナリング:残酷な話ですが、現代社会において高い収入は「生存能力の高さ」を示す魅力的な信号として機能し、潜在的な相手を引き寄せやすくなります。
5-2:労働時間という「アリバイの霧」
一方で、興味深いのは「労働時間」の扱いです。
アメリカの研究では、「職場にいる時間が長いほど、不倫のチャンスが増える」という結果が出ることが多いです。しかし、日本のデータでは、労働時間そのものは不倫の確率に大きく影響しませんでした。
ここには「日本の過酷な労働環境」が影を落としています。
- 物理的な機会:確かに職場は出会いの宝庫ですが……
- 精神的な枯渇:日本の長時間労働は、単に「職場にいる」だけでなく、個人の精神的エネルギーを根こそぎ奪い去ります。「不倫をする元気すら残っていない」という、不名誉な抑制力が働いている可能性が高いのです。
用語索引(アルファベット順)
- Commitment(コミットメント):ある関係を維持しようとする決意や約束。心理学では「情緒的」「存続的」「規範的」の3種類に分けられることが多い。(第4章)
- Gender Role(ジェンダーロール):社会によって期待される「男らしさ」「女らしさ」の役割分担。「男は稼ぎ手、女は家事手」といった固定観念。(日本への影響)
- Logistic Regression(ロジスティック回帰分析):発生確率を予測するための統計手法。不倫の「する/しない」のように、結果が2値である場合に有効。(第2章)
- Masculinity Overcompensation(男性性補償):自らの男らしさが脅かされたとき、それを別の(過剰な)行動で埋め合わせようとする心理的メカニズム。(要約)
- Modern Family(近代家族):19世紀以降に成立した、愛と性、結婚、共同生活が一致することを前提とした家族モデル。(第4章)
- Romantic Love Ideology(ロマンティック・ラブ・イデオロギー):愛と結婚は一致すべきであり、愛こそが結婚の唯一かつ最大の正当化理由であるとする信念。(第1章)
- Sexual Exclusivity(性的排他性):結婚相手以外の特定の相手と性交渉を持たないこと。近代結婚制度の根幹をなす規範。(第4章)
脚注
- 計量社会学:社会現象を客観的な数値データで記述・説明しようとする社会学の一分野。感傷を排し、冷徹な数字で「社会の形」を浮き彫りにします。
- 有意(ゆうい):統計学用語。その結果が偶然に起こった確率が非常に低く(一般に5%未満)、背後に何らかの因果関係や構造的な理由があると認められる状態。
- AERA(アエラ):朝日新聞社が発行する週刊誌。1988年創刊。「仕事も家庭も」という現代的なライフスタイルを反映した記事が多く、本調査もその文脈で行われました。
第6章:夫婦の親密さとコミットメント:なぜ愛は防波堤にならないのか
「最近、夫婦の会話が減ったから浮気されるのかしら?」「セックスレスが原因で不倫に走るの?」……こうした、私たちが抱きがちな「不倫の原因=夫婦仲の悪化」という通説を、五十嵐氏のデータは無慈悲にも否定します。
6-1:情動的コミットメントの限界
心理学や社会学において、関係を維持しようとする力をコミットメントと呼びます。その中でも、相手への愛情や充足感に基づくものを「情動的(じょうどうてき)コミットメント」と言います。
普通に考えれば、相手を愛しており、会話も弾み、性生活も満足していれば、わざわざリスクを冒してまで不倫をする必要はないはずです。しかし、日本のデータが示したのは、「会話の頻度」や「セックスの頻度」は不倫の発生を抑制しないという結果でした。
なぜこのような現象が起きるのでしょうか? ひとつの推論として、日本の夫婦が「家庭の幸せ」と「個人の性的欲望」を完全に切り離して管理している(コンパートメント化)可能性が挙げられます。
6-2:「諦め・機能的側面」が支える日本の婚姻
日本の夫婦関係には、情熱的な愛とは別に、「諦め・機能的側面」が強く働いています。
- 経済的依存:生活を維持するための共同体としての機能。
- 育児の協力体制:親としての役割分担。
- 世間体と慣習:離婚に伴う社会的コストの回避。
この場合、不倫は「家庭を壊すための爆弾」ではなく、「冷え切った家庭を維持するための、個人のメンタルケア的なガス抜き」として機能してしまっている可能性があります。「家庭は家庭、遊びは遊び」という二重基準が、皮肉にも家庭の崩壊(離婚)を防ぐ防波堤になり、同時に不倫の温床にもなっているという矛盾した構造が見えてきます。
第7章:男性性の危機と補償:妻より稼げない夫の選択
本書の最も重要かつセンセーショナルな論点が、この「収入の逆転と不倫」の関係です。
7-1:男性性補償理論(Masculine Overcompensation Thesis)
アメリカの社会学者クリスティン・L・ムンシュが提唱したこの理論は、「男性としてのアイデンティティが脅かされたとき、男性は別の極端に『男らしい』行動をとることで、その損なわれた自尊心を回復しようとする」というものです。
現代社会において、男性のアイデンティティの核となるのは「稼ぎ手(ブレッドウィナー)」としての役割です。もし、妻の収入が自分より高い場合、夫は無意識のうちに「男としての優位性」を失ったと感じ、深い心理的ダメージ(相対的剥奪感)を負います。
7-2:不倫による「男らしさ」の再構築
妻に経済力で勝てない夫は、別のフィールドで「男としての勝利」を収めようとします。それが不倫です。
- 征服欲の充足:複数の女性を惹きつけることで、自分の魅力を再確認する。
- 支配の感覚:家庭内では「稼げない劣等生」でも、不倫相手の前では「頼りがいのある男」を演じることができる。
五十嵐氏の分析は、日本においても「妻の方が収入が高い場合、夫の不倫確率が跳ね上がる」ことを示しました。これは不倫が単なる欲求不満ではなく、ジェンダー構造が生み出した「悲しい自己防衛」であることを物語っています。
第8章:学歴と規範:文化資本としての性的排他性
データが示したもう一つの明確な傾向が、「学歴が高いほど不倫をしない」という点です。
8-1:社会的地位の損失コスト
高学歴な層は、一般的に社会的地位が高く、安定した企業や組織に所属していることが多いです。彼らにとって、不倫が露見した際の「評判リスク」は、低学歴層に比べて圧倒的に高くなります。
「失うものがない」人よりも「失うものが多すぎる」人の方が、規範を遵守する。これは極めて合理的な計算に基づいています。
8-2:文化資本と規範の内面化
また、教育の過程で「ルールを守ること」や「長期的な利益のために目先の欲望を抑えること」という文化資本(ぶんかしほん)を身につけていることも影響しています。
学歴は単なる知識の量ではなく、「どれだけ社会のルールに順応できるか」の証明書でもあります。そのため、性的排他性という結婚のルールに対しても、より忠実に(あるいは戦略的に)従う傾向があるのです。
第9章:結論(といくつかの解決策):ポスト近代家族の倫理設計
不倫は、もはや個人の道徳の問題ではありません。「近代家族」というシステムが、現代の「経済格差」や「ジェンダーの揺らぎ」と衝突して火花を散らしている現象なのです。
9-1:研究の限界と今後の展望
五十嵐氏の研究には、2005年のデータであること、マッチングアプリの影響が考慮されていないこと、不倫相手の視点が欠けていることなどの限界があります。今後は、デジタル空間における出会いの機会構造を組み込んだ、新しい分析が求められます。
9-2:私たちにできる「解決策」
- ジェンダー・アイデンティティの脱構築:男性が「稼ぎ手」であることに固執しなくて済む社会の実現。
- 婚姻制度の柔軟化:フランスのPACS(連帯市民協約)のような、結婚と独身の中間的なパートナーシップの普及。
- 「愛」への過度な期待の解除:結婚を「全人格的な愛の完結」と捉えるのではなく、より「心地よい共同経営」としてドライに定義し直すこと。
不倫という「逸脱」をなくそうとするのではなく、なぜその逸脱が必要とされているのかを構造から問い直す。それが、ポスト近代家族を生きる私たちの出発点となるはずです。
補足資料:多角的視点とエンターテインメント
補足1:インフルエンサーたちの視点
ずんだもんの感想(なのだ!)
「ええっ!不倫の原因は愛じゃないのだ!? 金と学歴なのだ? 世知辛すぎるのだ……。ボクみたいな妖精には理解できないけど、人間さんは大変なのだ。特に妻より稼げないおじさんが不倫に走るなんて、プライドが高すぎて逆に可哀想なのだ。みんなもっとずんだ餅を食べて、心に余裕を持ってほしいのだ!」
ホリエモン風の感想(ビジネス視点)
「この論文、当たり前のことをデータで証明しただけでしょ。不倫なんて時間の無駄だし、リスク管理ができてない証拠。特に『男性性の補償』とか言ってる奴、OSが昭和のままで止まってるんだよね。稼げないなら稼げないなりに効率的な生き方をすればいいのに、わざわざ不倫にリソースを割くなんて非合理極まりない。今の時代、家族というシステム自体がオワコンなんだよ。もっと最適化されたパートナーシップに移行すべき。」
西村ひろゆき風の感想(論破視点)
「なんか『夫婦の会話を増やせば不倫が減る』って信じてる人たち、頭悪いんですか? データを見れば関係ないって一目瞭然じゃないですか。結局、本能と経済的な機会の問題ですよね。あと、学歴が高い人が不倫しないのは、道徳心があるからじゃなくて、単にコスパが悪いって知ってるからだと思うんですよ。それってあなたの感想ですよね?って言いたいかもしれないですけど、数字がそう言ってるんですよね。」
補足2:重層的な歴史の視点
年表①:社会制度と不倫の変遷
| 年 | 出来事 | 解説 |
|---|---|---|
| 1898 | 明治民法制定 | 姦通罪は妻のみ。夫の不倫は罪に問われない。 |
| 1947 | 姦通罪廃止 | 戦後の民主化により、法の下の平等へ。 |
| 1983 | ドラマ『金曜日の妻たちへ』 | 不倫が「憧れのライフスタイル」として消費され始める。 |
| 2005 | AERA調査 | 本書のベース。Webアンケートによる本音の抽出。 |
年表②:別の視点からの「欲望の技術史」
| 時代 | 技術・ツール | 不倫への影響 |
|---|---|---|
| 1990年代 | ポケベル・固定電話 | 連絡を取るのが命がけ。アリバイ工作が容易。 |
| 2000年代 | iモード・PCメール | 密な連絡が可能に。本研究の舞台。 |
| 2010年代 | LINE・スマホ | 即時的なコミュニケーション。誤爆リスクの増大。 |
| 2020年代 | マッチングアプリ | 出会いのコストが限りなくゼロへ。 |
補足3:オリジナルの遊戯王カード
【カード名:補償される男性性(コンペンセイション・マスキュリニティ)】 【種類:永続魔法】 【効果】 ①:自分フィールドに「低収入の夫」モンスターが存在し、相手フィールドに「高収入の妻」モンスターが存在する場合に発動できる。 ②:1ターンに一度、自分のデッキから「不倫相手」モンスター1体を特殊召喚する。 ③:このカードがフィールドに存在する限り、自分フィールドの「低収入の夫」は戦闘では破壊されず、コントロールを変更することもできない。 ④:自分フィールドの「不倫相手」が破壊された時、自分はLPを1000万失い、このカードを破壊する。
補足4:一人ノリツッコミ(関西弁)
「やっぱり夫婦の会話が大事やんなぁ! 毎日しっかり喋ってたら、不倫なんて起こるはずないわ! 昨日の晩御飯の話とか、子供の学校の話とか、しっかりコミュニケーション取って愛を育むんや!……って、データ見たら会話時間全く関係ないんかーい! どんだけ喋っても浮気する奴はするんかーい! ほな、昨日嫁さんと3時間喋ったワイの努力は一体何やったんや……ただの喉の無駄遣いか!」
補足5:大喜利
お題:高学歴な人が絶対にやらない「不倫のアリバイ工作」とは?
回答:「学会で不老不死の薬の開発に成功したから、3日間帰れません」という、嘘のレベルが高すぎて速攻で論破されるやつ。
補足6:ネットの反応と反論
各界隈のコメント
- なんJ民:「不倫する金も相手もいないワイ、高みの見物www(涙)」
- ケンモメン:「資本主義の末路だな。愛すらも収入格差で歪められる。これぞジャップの限界。」
- ツイフェミ:「男性性の欠如を女性への加害(不倫)で埋めるなんて、どこまで有害な男らしさに浸かってるの?」
- 村上春樹風書評:「僕らは完璧な沈黙を求めて会話を積み重ねる。でも、その沈黙の裏側には、常に別の誰かの体温が隠されているんだ。それはスパゲッティを茹でるような、ごく日常的で、それでいて取り返しのつかない悲劇なんだ。」
- 京極夏彦風書評:「不倫とは……何なのだ。それは近代家族という名の憑き物が生み出した幻影。数値という名のお祓いが必要なのだよ、関口君。」
【反論】:これらの反応は、不倫を「感情」や「属性」のラベルで叩いているに過ぎません。本論文の価値は、それらを統合して「社会構造の問題」へと引き上げたことにあります。個人の感情を否定することなく、システムのエラーを直視すべきです。
補足7:演習問題とレポート課題
高校生向け4択クイズ
問:五十嵐氏の研究で、不倫を「抑制する(しにくくする)」効果があったのはどれ?
1. 夫婦の会話時間を増やす
2. 子供をたくさん作る
3. 夫婦間のセックスの頻度を上げる
4. 大学卒業などの高い学歴を持つ
正解:4
大学生向けレポート課題
「現代日本において、不倫が『婚姻関係を継続するための機能』として働いているという説について、五十嵐(2018)の分析結果を引用しながら論じなさい。また、その構造を打破するために、どのような社会政策が必要か提案せよ。」
補足8:潜在的読者のためのSNS拡散ガイド
- キャッチーなタイトル案:
- 愛より学歴?データで暴く「不倫の正体」
- 妻より稼げない夫は、なぜ道を踏み外すのか
- 「会話不足が不倫を招く」という嘘
- ハッシュタグ:#不倫の社会学 #ジェンダー #格差社会 #家族の形
- SNS共有用(120字以内):
「夫婦の会話を増やしても不倫は防げない!? 統計から見えた衝撃の事実。鍵は『学歴』と『男性性の危機』でした。近代家族の神話を冷徹なデータで解体する、社会学者・五十嵐彰氏の研究を徹底解説。 #不倫の社会学 #ジェンダー論」
- ブックマーク用タグ:
[367.12][家族社会学][不倫][ジェンダー分析][近代家族][五十嵐彰][計量社会学] - おすすめ絵文字:📊💔👨🎓💸⚖️
- カスタムパーマリンク:
determinants-of-infidelity-japan-masculinity - NDC区分:[367.12]
テキスト図解イメージ
【不倫の発生構造】 [機会(金・時間)] + [男性性補償(自尊心低下)] - [学歴(規範/リスク)] = 不倫発生率 ↑ ↑ ↑ (情愛や子供の数はここにはほぼ関係しない!)
巻末資料
謝辞
本稿の執筆にあたり、2018年に画期的な論文を発表された五十嵐彰氏、および長年にわたり日本の家族社会学を牽引してこられた山田昌弘氏をはじめとする諸先生方に、深い敬意と感謝の意を表します。また、貴重な個票データを提供したSSJデータアーカイブ、および調査を実施したAERA編集部の功績を讃えます。最後に、本稿を最後まで読み進めてくださった読者の皆様に、心より感謝申し上げます。
免責事項
本稿は五十嵐彰(2018)の論文に基づいた解説および再構成であり、特定の個人の不倫行為を助長、あるいは正当化するものではありません。提示された統計結果はあくまで集団としての傾向であり、個々のケースには当てはまらない場合があります。本稿の情報を元に発生したトラブル等について、筆者は一切の責任を負いかねます。
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