#国家破綻の新常識「財政停滞」の罠:高債務が経済成長を殺すメカマニズムを徹底解説 #財政停滞 #経済成長 #日本経済 #六02

国家破綻の新常識「財政停滞」の罠:高債務が経済成長を殺すメカマニズムを徹底解説 #財政停滞 #経済成長 #日本経済

~イタリアと日本の教訓、そして未来への脱却戦略~

目次


はじめに

経済学の世界は常に進化し、私たちの社会が直面する課題を解明するための新たな視点を提供し続けています。特に、近年多くの先進国で懸念されているのが、歴史的な高水準に達した公的債務の対GDP比です。この問題は単に「国の借金が多い」という表面的な話にとどまらず、その根底には経済成長そのものを阻害する、より深刻なメカニズムが潜んでいる可能性が指摘されています。

現代経済が直面する二大課題

本稿では、2025年6月2日に発表されたルカ・フォルナロ氏とマーティン・ウルフ氏による画期的な論文「財政の停滞(Fiscal Stagnation)」に焦点を当て、高債務と経済成長の間に存在する恐るべき「フィードバックループ」を深掘りします。彼らは、多額の公的債務を維持するために採用される財政政策(高額な税金や低い公共投資)が、かえって企業の投資意欲や生産性の伸びを抑制し、結果として経済を「財政停滞」という低成長の悪循環に陥らせる可能性を指摘しています。

さらに、国際貿易経済学者であるフェオドラ・テティ氏が同日に発表した論文「関税の不足(Missing Tariffs)」にも光を当てます。彼女の論文は、私たちが貿易政策分析に用いている関税データの多くが不完全で不正確であるという衝撃的な事実を明らかにしました。これは、国家の貿易戦略や国際交渉において、見過ごされがちな根本的な問題として、経済政策の精度そのものに疑義を投げかけています。

論文が示す警鐘

この二つの論文は、現代経済が直面する大きな課題――一つは「財政の構造的な病」、もう一つは「データ基盤の信頼性欠如」――に対し、強力な警鐘を鳴らしています。これらの課題は互いに独立したものではなく、相互に影響し合い、私たちの経済の未来を大きく左右する可能性を秘めているのです。

本稿では、これらの論文の核心を丁寧に解説し、その内容が日本経済にどのような影響を及ぼすのか、そして、私たちはこの難題にどう立ち向かうべきなのかを多角的に考察していきます。経済学の最前線で何が議論されているのか、そしてそれが私たちの生活とどう繋がるのかを、わかりやすく紐解いていきましょう。


第1章 財政の停滞:その概念と理論的枠組み

1.1 公的債務の歴史的上昇と背景

公的債務とは、国や地方公共団体が発行した債券(国債や地方債)によって調達した借金の総額を指します。近年、多くの先進国でこの公的債務の対GDP比が歴史的な高水準に達しています。これは、リーマンショック後の大規模な財政出動、少子高齢化に伴う社会保障費の増加、そしてコロナ禍における経済対策など、様々な要因が複合的に絡み合った結果です。債務の持続可能性は、マクロ経済学において長らく議論の的となってきましたが、フォルナロ氏とウルフ氏の論文は、この議論に新たな視点をもたらしました。

1.2 「財政の停滞」のメカニズム

従来の議論では、生産性の向上は財政政策とは無関係な外生的な要素と見なされることが多かったですが、彼らはこの前提に疑問を投げかけます。彼らの主張の核心は、財政政策と経済成長、特に生産性の向上との間に「フィードバックループ」が存在する、という点にあります。つまり、財政政策が生産性に影響を与え、その生産性の変化が再び財政状況に跳ね返ってくるという相互作用です。

1.2.1 財政の歪み:投資と生産性への影響

論文のモデルの要点の一つは「財政の歪み」という概念です。政府が多額の基礎的黒字を確保しようとすると、その財源は主に二つの形を取ることになります。

  1. 歪曲税(Distortional Tax):法人税や所得税のように、企業や個人の経済活動(投資、労働)にインセンティブを歪ませる効果を持つ税金です。税率が高すぎると、企業は投資を躊躇し、イノベーションへの意欲が減退します。
  2. 低い公共投資:生産性の向上に繋がる研究開発(R&D)投資やインフラ整備などの公共投資が削減される傾向にあります。これにより、長期的な成長の礎が失われます。

これらの「財政の歪み」は、民間部門の投資インセンティブを低下させ、結果として生産性の伸びを抑制します。生産性の伸びが鈍化すれば、経済全体の潜在成長率が低下し、GDPの伸びも期待できません。GDPが伸び悩むと、公的債務の対GDP比はさらに悪化し、政府はさらなる基礎的黒字を求められるという悪循環に陥ります。この状態こそが、彼らが警鐘を鳴らす「財政停滞」なのです。

詳細:基礎的黒字とは?

基礎的黒字(Primary Surplus)とは、政府の歳入から利払い費を除いた歳出を差し引いたものです。つまり、過去の借金に対する利息を除いた、現在の政策運営における財政収支を示します。これが黒字であれば、政府は新規の借金をしなくても、少なくとも過去の借金に対して利息を支払う能力があることを意味します。

1.3 財政停滞への移行プロセス

経済が財政停滞に陥るメカニズムは二つ示されています。

1.3.1 ヒステリシス効果:一時的ショックの長期化

一つ目は「ヒステリシス効果」です。これは、一時的なショック(例えば、金融危機やパンデミックによる景気悪化)が引き起こした公的債務の緩やかな上昇が、長期的な経済構造の変化を引き起こし、元の健全な状態に戻りにくくなる現象を指します。公的債務対GDP比が特定の「閾値」を超えると、悪循環が加速し、たとえショックが去っても、低成長と財政歪みの状態が永続化する可能性があります。

1.3.2 悲観的な動物の精神:期待の自己実現

二つ目は、経済学者のケインズが提唱した「動物の精神」(Animal Spirits)の概念を借りた「悲観的な動物の精神」です。これは、経済主体の間で低成長や高い財政歪みへの悲観的な期待が広がることで、それが実際に自己実現してしまう現象を指します。企業が「どうせ経済は成長しない」と悲観的になれば、投資を控えるようになり、それが現実の低成長を招くという悪循環です。

1.4 モデルの前提と課題

フォルナロ氏とウルフ氏のモデルは、財政と成長のフィードバックループという新たな視点を提供しますが、その前提にはいくつかの課題も指摘されています。

1.4.1 モデルの前提の現実性

論文はフィードバックループの存在を仮定しますが、このループの具体的な強さや、財政停滞を引き起こす「閾値」が明確に定量化されていません。イタリアの事例は示唆的ですが、他の先進国への一般化可能性はまだ検証の余地があります。

1.4.2 外部要因の考慮不足

技術革新の急激な進展(AI、量子コンピューティングなど)や、地政学的なリスク(サプライチェーン分断、エネルギー危機など)といった外生的な要因が生産性や経済成長に与える影響は、モデルに十分組み込まれていません。これらの要因が財政政策の効果を大きく左右する可能性も無視できません。

1.4.3 インフレ調整メカニズムの検討不十分

高債務国において、予想外のインフレが公的債務の対GDP比を実質的に圧縮する効果を持つ場合があります。例えば、2020-2023年の米国では、インフレによって債務比率が約10%圧縮されたという試算もあります。このモデルでは、このようなインフレによる債務調整メカニズムが十分に考慮されていない点が課題として挙げられます。金融政策との相互作用も、より深く分析される必要があります。

コラム:数字の裏にある「期待」の重さ

私が経済学を学び始めた頃、財政赤字の議論は「数字のゲーム」のように感じられました。GDPに対する債務比率が何%なら安全、何%なら危険、というような。しかし、この論文の「動物の精神」という言葉に出会った時、その認識が大きく変わりました。

数字の背後には常に、私たち一人ひとりの「期待」がある。企業が将来に悲観的になれば、どんなに政府が「大丈夫だ」と言っても投資は進まない。個人が「将来は暗い」と感じれば、消費を控え、貯蓄に回す。これらの小さな期待の総和が、巨大なマクロ経済の動向を左右するのだと。かつて経済学の授業で教授が言っていました。「経済は心理戦の部分が大きい」と。まさにその通りだと、この論文を読んで改めて実感しました。


第2章 財政停滞の実証と国際比較

2.1 イタリアの経験:高債務と生産性低下の現実

フォルナロ氏とウルフ氏の論文が、その理論の説得力を高めるために詳細に分析しているのが、イタリアの事例です。イタリアは、公的債務の対GDP比が多くの先進国に先駆けて高水準に達し、その後の経済動向が「財政停滞」の典型例とされています。

2.1.1 1980年代からの教訓

イタリアの公的債務は1980年代に急増し、その後、政府は債務を維持するために高額な税金と低い公共投資を組み合わせた「多額の基礎的黒字」を確保せざるを得ませんでした。興味深いことに、この高い基礎的黒字の時期と並行して、イタリアの生産性の伸びは急激に鈍化しました(Hassan and Ottaviano, 2013)。これは、まさに論文が提唱する「財政の歪み」が、投資と生産性を抑制し、結果として経済を停滞させるというメカニズムを裏付けるものです。

2.1.2 EU財政ルールとイタリアの構造問題

イタリアはEU加盟国であり、EUの厳しい財政規律(安定・成長協定)の下で財政再建を迫られてきました。しかし、構造的な問題(硬直的な労働市場、複雑な法制度、行政の非効率性など)が根深く、真の意味での成長促進に繋がる改革が進まなかったことも、財政停滞を招いた要因と考えられます。EUの財政枠組みが、かえって財政の歪みを強め、成長を阻害したという側面も指摘されています。

2.2 日本の「失われた30年」と財政停滞のリスク

イタリアの事例は、まさに現在の日本が直面している課題と多くの共通点を持っています。日本は先進国の中でも突出して公的債務の対GDP比が高く、その比率は約260%(2024年、内閣府推計)に達しています。

2.2.1 公的債務対GDP比250%超の課題

日本の財政状況は、フォルナロ氏らの指摘する「財政停滞」に極めて近い状態にあると言えるでしょう。多額の債務を抱える日本政府もまた、基礎的黒字化を目指す中で、消費税増税や公共投資の抑制といった「財政の歪み」を強めざるを得ない状況にあります。

【参照】日本の財政状況

日本の公的債務は、第二次世界大戦後から着実に増加し、特にバブル崩壊後の景気対策、少子高齢化に伴う社会保障費の増大、そしてリーマンショックやコロナ禍での大規模な財政出動によって急拡大しました。現在の対GDP比は、先進国の中でも群を抜いて高く、国際的にもその持続可能性が懸念されています。財務省のデータや内閣府の経済財政白書(財務省「日本の財政を考える」内閣府「経済財政白書」)は、この状況を詳細に示しています。

2.2.2 1990年代以降の生産性成長率0.5%の低迷

日本は1990年代のバブル崩壊以降、「失われた30年」と称される長期的な低成長に苦しんでいます。この期間、日本の生産性成長率は年平均0.5%程度と、他の先進国と比較しても著しく低い水準で推移してきました。これは、フォルナロ氏らのモデルが示す「財政の歪み」が、企業の投資意欲を削ぎ、イノベーションを阻害した結果と解釈することも可能です。

2.2.3 日本経済におけるヒステリシス効果の兆候

一度景気が悪化すると、元の成長軌道に戻りにくくなるという「ヒステリシス効果」も、日本経済で顕著に見られます。デフレの長期化や賃金上昇の鈍化は、消費者の購買意欲や企業の投資意欲を抑制し、経済全体に悲観的な「動物の精神」を広めてきた側面があります。

2.2.4 高齢化と労働市場の硬直性がもたらす制約

日本の場合、超高齢化社会の進行による生産年齢人口の減少は、生産性向上策を講じる上でさらに大きな制約となります。また、硬直的な労働市場や企業文化も、新たな技術導入やイノベーションの妨げとなる可能性があり、フォルナロ氏らのモデルをそのまま適用する上での課題となります。

2.3 他の先進国事例と一般化可能性

イタリアと日本の事例は、「財政停滞」という概念を理解する上で非常に示唆に富みますが、他の先進国ではどうでしょうか。例えば、ドイツは高税負担でありながらも比較的高成長を維持し、生産性も高い水準にあります。米国も近年債務が急増していますが、IT産業を筆頭としたイノベーションの力で成長を維持しています。これらの国々と、イタリアや日本との違いを分析することで、財政停滞を回避する要因や、成長促進策の有効性に関するより深い洞察が得られるでしょう。今後の研究では、これらの比較分析が不可欠となります。

コラム:日本の「失われた30年」の裏側

大学で経済学を学ぶまで、日本の「失われた30年」とは、バブル崩壊後の経済対策の失敗や、金融機関の不良債権問題が主な原因だと教わってきました。それはもちろん正しいのですが、フォルナロ氏たちの論文を読んで、もう一つの側面があることに気づかされたんです。

つまり、財政の健全化を目指す中で、意図せず企業投資を抑制し、生産性の芽を摘んでしまったのではないか、という可能性です。特に、法人税の高さや、公共投資の削減は、私が就職活動で感じた企業の「守り」の姿勢と重なる部分がありました。新しいことに挑戦するよりも、現状維持を優先する。そんな雰囲気が、もしかしたら「財政の歪み」が作り出した「悲観的な動物の精神」だったのかもしれません。この悪循環を断ち切るには、まさに「信頼できる」と感じられる、大胆な成長戦略が必要だと強く感じます。


第3章 財政停滞からの脱却戦略

3.1 従来の緊縮財政の限界

財政停滞から抜け出すための最適な戦略は何でしょうか?従来の経済学では、高債務に対処するために「緊縮財政」が提唱されてきました。これは、政府支出を削減したり、増税したりすることで、基礎的黒字を増やし、公的債務を削減するというシンプルなアプローチです。

3.1.1 成長阻害効果の再評価

しかし、フォルナロ氏らのモデルは、緊縮財政が必ずしも解決策にならない可能性を指摘します。緊縮財政は、高額な歪曲税や低い公共投資を伴うため、企業の投資と経済成長を妨げます。これは、「自滅的な緊縮財政」と呼ばれ、財政再建を目指す努力が、かえって経済成長を鈍化させ、結果的に債務対GDP比率を改善させない、あるいは悪化させることすらあるという皮肉な結果を招きます。

3.1.2 日本の消費税増税の教訓

日本の消費税増税は、まさにこの緊縮財政の限界を示す事例かもしれません。消費税率が段階的に引き上げられましたが、期待されたほどの税収増は得られず、むしろ消費の冷え込みや経済成長の鈍化を招いたという批判も少なくありません。増税によって国民の消費マインドが冷え込み、企業が設備投資を控えることで、経済全体が縮小するという悪循環に陥るリスクが常に存在します。

3.2 信頼できる成長促進戦略の核心

論文が推奨するもう一つの戦略は「成長促進政策」です。これは、財政の歪みを軽減するという政府の「信頼できる約束」が、民間部門の投資と成長を促進し、将来の生産量を増加させることで公的債務の対GDP比を削減するという考え方です。従来の緊縮財政が「痛みを伴う」ものであるのに対し、成長促進政策はより魅力的な選択肢に見えます。

3.2.1 財政歪みの軽減:R&D投資と税制改革

成長促進政策の具体的な例としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 研究開発(R&D)投資の促進:政府が直接R&Dに資金を投じる、あるいはR&D税額控除を拡充して民間企業のイノベーションを促す。例えば、アイルランドではR&D投資の30%以上を税額控除で還元する政策が成功し、多国籍企業のR&D拠点を誘致しました。
  • 税制改革:企業の投資インセンティブを阻害しない、より効率的な税制への移行。例えば、設備投資の減価償却期間を短縮する(例:AI関連設備を3年で償却可能にする)ことで、企業の新規投資を促します。また、炭素税の収入を環境技術への投資に再配分するなど、目的税を活用した成長促進策も考えられます。

3.2.2 時間一貫性問題と信頼性の確保

しかし、この成長促進政策には「時間一貫性の問題」という大きな課題が伴います。政府が将来の減税や公共投資を約束しても、民間企業が投資を終え、それが「沈静化」してしまうと、政府は財政収入を増やすために約束を破り、より高い税率を設定するインセンティブを持ってしまう可能性があります。これを企業が予想すれば、政府の約束を信用せず、結果として成長促進政策は効果を失ってしまいます。

したがって、成長促進政策を通じて財政停滞から抜け出すには、政府の財政計画の「信頼性」を確保する強固な政策枠組みが不可欠です。独立した財政評議会の設置や、透明性の高い財政ルールなどがその解決策として議論されています。

3.3 金融政策との連携と課題

財政政策と密接に絡み合うのが、中央銀行が担う金融政策です。高債務国における財政停滞の議論では、金融政策との相互作用も重要な要素となります。

3.3.1 異次元金融緩和と国債金利の抑制効果

日本銀行は長らく「異次元金融緩和」を継続し、大規模な国債購入を通じて金利を極めて低い水準に抑制してきました。これにより、政府は多額の公的債務を低コストで借り換え、利払い費の増加を抑えることができました。日銀のバランスシートはGDP比で150%にも達し、これは世界の主要中央銀行の中でも異例の規模です。

3.3.2 金利正常化(金利上昇)が債務負担に与える影響

しかし、デフレ脱却が見え始め、金利正常化の動きが加速すると、公的債務の利払い費が急増するリスクが高まります。例えば、ブログ「日本国債7%超えの衝撃」で示唆されているように、もし日本国債の金利が大幅に上昇すれば、財政は一気に逼迫し、財政停滞を悪化させる可能性すらあります。FRBの試算では、量的引き締め(QT)加速が財政コストを11%押し上げるとの結果も出ています。

3.3.3 日銀の出口戦略と財政政策の相互作用

日銀の金融政策の「出口戦略」(例えば、YCC撤廃や国債購入の縮小)は、公的債務の利払い費に直接影響するため、財政政策との緊密な連携が不可欠です。金融政策が成長をさらに抑制しないよう、財政と金融の最適な組み合わせが求められます。

詳細:疑似自動安定化装置 (QAs)とVAT変動

財政政策の新しい機軸として、「疑似自動安定化装置(QAs)」やVAT(付加価値税、消費税)の変動メカニズムが議論されています。これは、景気の状況に応じて税率や支出を自動的に調整する仕組みを導入することで、政府の政策判断の遅れや時間一貫性の問題を緩和し、財政政策の有効性を高めることを目指すものです。

3.4 代替的な政策提案

フォルナロ氏らの論文では、財政停滞リスクを回避するための他の政策提案も分析ツールとして有用であると示唆しています。

  • GDP連動債の発行:債務の利払い費がGDPの成長率に連動するタイプの国債です。経済成長が鈍化すれば利払い費も減り、成長が加速すれば増えるため、政府の債務負担を景気変動に応じて調整し、財政の持続可能性を高める可能性があります(Acalin et al., 2016)。
  • 需要側政策:景気を刺激し、経済活動を活発化させるための政策です。Benigno and Fornaro (2018)の「Stagnation traps」研究でも示唆されており、短期的な需要不足を補うことで、投資や生産性の回復を促すことが期待されます。
  • EU財政枠組みの再検討:欧州の財政ルールにおいて、R&Dやグリーン投資など、企業の投資と生産性向上に資する特定の公共支出を「特別な扱い」とすることで、成長を阻害しない財政規律への転換を促す議論も進んでいます(Blanchard et al., 2021)。

コラム:成長戦略の「絵に描いた餅」を避けるには

私が政府の経済諮問会議の議論を傍聴した際、いつも感じるのは「成長戦略」という言葉が、まるで魔法の呪文のように使われることです。R&D投資、税制改革、規制緩和…どれも素晴らしい響きですが、それがなぜか「絵に描いた餅」に終わってしまうことが多い。

この論文の「信頼できるコミットメント」の重要性という点が、まさにその「絵に描いた餅」を「食べられる餅」に変える鍵だと感じました。企業は、政府が本当に長期的な視点で政策を継続し、短期的な政治的都合でひっくり返さないと信じられなければ、大きな投資に踏み切れません。かつて担当した地方創生のプロジェクトで、助成金制度がコロコロ変わって、企業が困惑する姿を目の当たりにしました。信頼性の担保こそが、最も難しい、しかし最も重要な課題なのです。


第4章 財政政策を巡る経済思想と国際的論争

4.1 フリードリヒ・リストの国民経済学

フリードリヒ・リストは19世紀ドイツの経済学者で、アダム・スミスの古典派経済学(自由貿易と普遍主義)に対抗し、「国民経済学」を提唱しました。彼の思想の中心は、国家の経済発展段階に応じた保護主義と、特に「生産力」の育成を重視する点にあります。

4.1.1 生産力重視の思想と産業育成

リストは、一国の豊かさはモノの蓄積だけでなく、将来の富を生み出す「生産力」の向上にあると考えました。そのため、発展途上国は、成熟した産業を持つ先進国からの自由貿易に対抗するため、幼い国内産業を一時的に保護する関税政策(教育的保護関税)が必要だと主張しました。これは、フォルナロ氏らの生産性向上を重視する視点と部分的に共鳴する側面があります。

4.1.2 保護主義と成長促進策の歴史的対比

リストの思想は、後の経済ナショナリズムや産業政策に大きな影響を与えました。しかし、彼の提唱する保護主義が、グローバル経済の時代において本当に成長を促進するかは議論の余地があります。過度な保護主義は、国際競争を阻害し、かえって国内産業の生産性向上を怠らせる可能性も指摘されています。

4.2 オレン・キャスの生産中心経済と関税政策

現代において、リストの思想に回帰するような主張を展開しているのが、米国の保守系シンクタンク「アメリカン・コンパス」の創設者であるオレン・キャス氏です。

4.2.1 「労働者階級の再興」と製造業復活

キャス氏は、グローバル化と自由貿易が米国の労働者階級に構造的な打撃を与え、製造業の衰退と地域社会の荒廃を招いたと主張しています。彼は、金融やサービス業中心の経済ではなく、基盤となる製造業を再興することで、「生産中心経済(Productive Economy)」を構築し、労働者階級の賃金上昇と地域社会の再生を目指すべきだと提唱しています。

4.2.2 キャス関税政策への批判的検討

キャス氏の具体的な政策提言には、関税を活用して国内製造業を保護し、雇用を確保する「関税政策」が含まれます。特に、トランプ政権の政策顧問であったことから、彼の思想は実際の政策にも影響を与えました。しかし、この関税政策に対しては、多くの経済学者から批判が寄せられています。

4.2.2.1 製造業復活の非現実性と消費者負担

関税は輸入品の価格を上昇させ、結果的に消費者がそのコストを負担することになります。特に生活必需品の価格上昇は、低所得層に大きな経済的負担を課す可能性があります。また、製造業の復活を目指しても、現在のグローバルサプライチェーンは複雑であり、単純な関税では、かえって国内生産コストを押し上げる結果となりかねません。

4.2.2.2 高インフレ・サプライチェーン混乱のリスク

トランプ政権下での関税政策は、世界経済に混乱をもたらし、株価の下落や高インフレのリスクを高めました。関税は国際的なサプライチェーンを分断し、企業の生産コストを上昇させるため、経済全体に悪影響を及ぼす懸念があります。

4.2.2.3 経済学的根拠の不足と国際的反発

過去の実証研究では、関税を上げた業種で雇用が純増した効果はほとんど見られず、むしろ全体的な雇用が減少したという報告もあります。これは、キャス氏の主張が経済学的な根拠に乏しいことを示唆しています。また、関税政策は他国からの報復関税を招く可能性があり、それが自国の輸出産業に打撃を与えるという悪循環に陥るリスクもあります(ブログ「スムート・ホーリー分析」)。

【参照】スムート・ホーリー関税法

1930年に米国で成立したスムート・ホーリー関税法は、輸入品に高率の関税を課すことで国内産業を保護しようとしましたが、各国からの報復関税を招き、世界貿易を著しく縮小させました。これは、世界恐慌を悪化させた一因とも言われています。キャス氏の関税政策が、この歴史的過ちを繰り返すのではないかという懸念が指摘されるゆえんです。

4.3 現代貨幣理論(MMT)と財政ファイナンス

財政政策に関するもう一つの大きな論争が、「現代貨幣理論(MMT)」です。MMTは、自国通貨を発行できる政府は、インフレにならない限り、財政赤字の制約を受けずに支出できると主張します。つまり、政府は税収や国債発行に縛られず、必要な支出は中央銀行が国債を直接引き受ける(財政ファイナンス)形で賄えるという考え方です。

これは、高債務国の財政停滞問題に対する「脱却戦略」として魅力的にも見えます。財政の歪みを生み出すことなく、政府が公共投資や成長促進策に大胆な支出をすることが可能になるからです。しかし、MMTはインフレリスクを伴うため、主流派経済学からの批判も根強いです。特に、フォン・グライアーツ氏が指摘する2025年の金融危機シナリオ(ブログ「2025年の金融危機」)や、アルゼンチンの事例(ブログ「アルゼンチンと日本の違い」)のように、過度な財政ファイナンスがハイパーインフレや通貨の信認喪失を招くリスクは十分に認識されるべきです。

4.4 グローバル化と保護主義の潮流

フォルナロ氏らの論文は、グローバル経済の枠組みの中で財政停滞からの脱却を図ることを重視しています。これは、リストやキャスが提唱するような、国家中心の保護主義的なアプローチとは一線を画しています。

しかし、近年、米中貿易摩擦やウクライナ危機を背景に、各国でサプライチェーンの国内回帰や経済安全保障の観点からの保護主義的な動きが強まっています。このような潮流の中で、財政停滞を回避しつつ、いかにグローバルな協力と国内の成長を両立させるか、という難しいバランスが問われています。

コラム:経済思想のトレンドと「現実」の狭間

大学時代、リストの「国民経済学」や保護貿易の思想を学んだ時、正直「古い考え方だな」と思っていました。自由貿易こそがグローバル経済の最適解だと信じて疑わなかったからです。しかし、近年、オレン・キャス氏のような論者が現れ、製造業の空洞化や格差の拡大を「自由貿易の代償」として問題提起しているのを見て、複雑な気持ちになりました。

机上の理論だけでは割り切れない「現実」の苦しみがある。これは経済学が常に直面する課題です。フォルナロ氏の論文は、そうした現実の課題(高債務と低成長)に対し、保護主義に走ることなく、しかし財政の歪みを乗り越えて成長を目指すという、非常にバランスの取れた、ある意味で現代的な視点を提示していると感じます。経済学は、決して一つの「正解」があるわけではなく、常に現実と対話し、問いを立て続ける学問なのだと再認識させてくれます。


第5章 関税データ:貿易政策の隠れた危機 (フェオドラ・テティ)

5.1 貿易政策分析の基盤となるデータの欠陥

私たちが国際貿易に関する政策を議論する際、その前提となるのが正確なデータです。特に、各国が輸入品に課す「関税」のデータは、貿易の利益や貿易協定の効果を評価するために不可欠な情報です。しかし、フェオドラ・テティ氏の論文は、その基盤となるデータに深刻な欠陥があることを突きつけました。

テティ氏が批判の対象とするのは、世界銀行の「世界統合貿易ソリューション(WITS)」という、ほとんどの研究者が信頼している標準的な情報源です。彼女は、WITSデータが「不完全であり、しばしば間違っている」と主張しています。

5.1.1 WITSデータ:標準情報源の盲点

WITSは基本的に各国からの「自己報告データ」に依存しています。つまり、各国が自国の関税情報を自発的に提出する形式です。しかし、この自己報告が不規則であり、しばしば一貫性を欠くため、データセットには大きなギャップが生じています。これにより、時間、製品、貿易相手国全体で関税政策の動向を正確に追跡することが困難になっているのです。

5.1.2 トランプ政権の「相互関税」が浮き彫りにした問題

トランプ政権が「不公平な貿易慣行を持つ国に『相互関税』を課す」と約束した際、貿易経済学者は、その関税がどのようなものになるかを判断しようと奔走しました。理論的には、相手国が課す関税を反映するはずですが、実際には二国間貿易赤字の削減を目的とした方式が採用されました(Baldwin and Barba Navaretti, 2025; Evenett and Fritz, 2025)。この混乱は、各国が実際にどのような関税を課しているかに関する信頼できるデータがいかに不足していたかを浮き彫りにしました。

5.2 WITSデータの主要な問題点

テティ氏の論文は、WITSデータが信頼できない二つの基本的な問題を指摘しています。

5.2.1 偽補間:特恵関税の誤った適用

各国は主に二種類の関税を適用します。WTO加盟国に対する最恵国待遇(MFN)税率と、地域貿易協定(RTA)加盟国に対する低い特恵関税です。WITSは、報告される場合は利用可能な最低税率を優先し、そうでない場合はMFNを選択するという「最低関税ルール」を使用しています。しかし、特恵関税の報告が不規則で欠落している場合、WITSはより高いMFN税率を代替して補間してしまいます。これにより、実際の政策変更ではないのに、データ上では関税が急増したように見えてしまう「偽補間」が生じます。例えば、2001年には、RTA内の世界輸入量の30%について関税が誤って報告され、実際の関税率が平均6.9%ポイントも誇張されていました。

5.2.2 選択バイアス:ゼロ貿易フローと不完全な報告

WITSは、国連貿易統計で「プラスの貿易フローを持つ製品-国のペア」に対してのみ関税を報告しています。これにより、二つの形式の「正の選択バイアス」が生じます。

  • ゼロ貿易フローの除外:関税が高すぎて貿易が全く発生しない製品ペア(ゼロ貿易フロー)は、データから完全に除外されてしまいます。これにより、関税の真の抑制効果が見えにくくなります。
  • 不完全な報告:国連貿易統計自体が不完全であり、特に低所得国では多くの貿易フローが報告されていません。これにより、報告対象範囲が国や年によって大きく異なり、データが偏ってしまいます。例えば、2001年に報告された関税率は、全製品-国のペアのわずか3%しかカバーしておらず、世界の輸入品のわずか67%にすぎませんでした。

5.3 新しい世界関税データベース(GTD)の構築

これらの問題を解決するため、テティ氏は「世界関税データベース(GTD)」を開発しました。彼女の方法論は二段階からなります。

5.3.1 複数ソースの統合と不足観測の軽減

まず、UNCTADWTOITC、各国当局からの未処理データ、そして149の自由貿易協定(FTA)からの詳細な段階的導入スケジュールという、5つの補完的なソースを組み合わせることで、不足している観測を最大限に軽減します。

5.3.2 新しい補間アルゴリズムの詳細

次に、報告された値に基づいて不足している関税率を推測する独自のアルゴリズムを使用します。このアルゴリズムは、段階的な関税撤廃や協定の逐次深化といった通商政策の主要な特徴を捉えるように設計されています。最終的に、観測ごとにMFNまたは特恵のいずれであっても、適用される最低法定レートを取得します。

検証演習では、この新しいアルゴリズムが、欠落している料金データを埋めるための代替アプローチよりも優れていることが確認されました。結果として得られたGTDは、HS6レベルで34年間(1988~2021年)にわたる200の輸入業者とその貿易相手国をカバーしており、69億件を超える関税観察結果を提供し、これまでの世界の関税率について最も包括的かつ詳細なビューを提供しています。

5.4 クリーンデータがもたらす影響

テティ氏は、新しいGTDが国際経済学における最も重要なパラメータの一つである「貿易弾力性」の推定にどのような違いをもたらすかを実証しました。

5.4.1 貿易弾力性推定の劇的な修正

貿易弾力性とは、輸入品が貿易コストにどの程度敏感であるかを測定する指標であり、貿易による利益の計算において中心的な役割を果たします。テティ氏がGTDを用いて3つの影響力のある研究を再評価したところ、以下のような顕著な結果が得られました。

  • Arkolakis et al. (2018) の研究では、貿易弾力性が絶対値で-4.28から-9.81に増加し、過小評価されていたことが判明。
  • Caliendo and Parro (2015) の研究では、誤った補間と選択によるバイアスがほぼ相殺されるため、ほとんど変化なし。
  • Boehm et al. (2023) の研究では、関税が貿易に及ぼす影響が誇張されており、長期的な弾力性が-2.14から-0.80に低下。

これらの結果は、データ品質がいかに研究結果に大きな影響を与えるかを示しています。これまで貿易弾力性の推定値は、研究によって-10から-1まで幅広い範囲を示していましたが、テティ氏は、データ品質だけが変動を説明するわけではなく、よりクリーンなデータが、国や分野を超えた治療の不均一性、集計の難しさなど、より深い課題を浮き彫りにすると指摘しています。

5.4.2 既存の国際経済学研究への波及効果

テティ氏の論文は、貿易弾力性だけでなく、貿易の利益、貿易協定の効果、サプライチェーンの頑健性など、関税データに依存する他の多くの国際経済学の研究に大きな波及効果をもたらすでしょう。正確なデータ基盤は、より信頼性の高い分析と、それに基づく精度の高い政策提言を可能にします。

5.5 日本の貿易政策への示唆と今後の課題

日本は輸出入に大きく依存する貿易立国であり、正確な関税データは貿易政策の策定に不可欠です。テティ氏のGTDは、日本の貿易政策に以下のような示唆を与えます。

5.5.1 貿易交渉の精度向上と保護主義リスク評価

TPPやRCEPなどの自由貿易協定の交渉において、他国の関税構造を正確に把握することは極めて重要です。GTDは交渉戦略の策定を支援し、より有利な条件を引き出す可能性を高めます。また、米国の「相互関税」のような保護主義的な動きが日本に与える影響を正確に評価するためにも、信頼できる関税データは不可欠です。

5.5.2 企業戦略への示唆と研究・政策立案の改善

日本企業がサプライチェーンを構築したり、海外市場に参入したりする際、現地の関税情報を正確に把握することで、リスクを軽減し、より効率的な投資判断が可能になります。さらに、日本の経済学者が貿易に関する実証研究を行う際や、政府が貿易政策を立案する際に、より信頼性の高いデータ基盤が得られることで、分析の精度が向上するでしょう。

コラム:データの「汚染」と研究者の「苦悩」

私が大学院生だった頃、国際貿易に関する論文を書くために、WITSデータと格闘した経験があります。数字が飛んでいたり、急に不自然なスパイクが出たり、その度に「これは何かのエラーか?それとも実際の政策変更か?」と頭を抱えました。結局、その時は「まあ、こんなもんだろう」と、ある程度のノイズを許容して分析を進めてしまいました。

テティさんの論文を読んで、あの時の自分の苦悩が、いかに本質的なデータの問題だったかを知り、同時に「やっぱりそうだったのか!」と膝を打ちました。信頼できないデータで分析しても、導き出される結論は歪んでしまう。これは経済学研究者にとって、まさに「足元の地面が揺らぐ」ような衝撃です。彼女が地道に新しいデータベースを構築した努力には、心からの敬意を表します。これからは、より正確なデータで、もっと確かな分析ができるようになるはずです。


結論:持続可能な経済成長への道

フォルナロ氏とウルフ氏の「財政の停滞」論文は、高水準の公的債務が単なる財政破綻のリスクにとどまらず、経済成長そのものを阻害するメカニズムを内包していることを明らかにしました。特に、財政の歪みが生産性を低下させ、低成長と高債務の悪循環に陥るという「財政停滞」の概念は、日本のような高債務国にとって喫緊の課題を突きつけています。

一方、フェオドラ・テティ氏の「関税の不足」論文は、国際貿易政策の議論の根底にあるデータの信頼性という、見過ごされがちな問題に光を当てました。不正確なデータが、いかに貿易政策の評価や経済パラメータの推定を歪ませるかを実証し、その解決策として新しい世界関税データベース(GTD)を提示しました。

これら二つの論文は、現代経済の複雑な課題に対し、それぞれ異なる角度から、しかし本質的な問題点を浮き彫りにしています。財政の健全化を目指す上で、単なる緊縮ではなく「信頼できる成長促進戦略」が不可欠であること。そして、その政策を立案・評価するためには、何よりも「正確なデータ」が不可欠であること。

私たちは、これらの知見を活かし、財政と成長のフィードバックループを理解し、より精度の高いデータに基づいた政策選択を行うことで、持続可能な経済成長への道を切り拓いていく必要があります。それは決して容易な道ではありませんが、未来世代への責任を果たすためにも、今、この真実から目を背けることはできないのです。


第6章 論文への疑問点と多角的視点

6.1 論文「財政の停滞」への疑問点

フォルナロ氏とウルフ氏の論文は革新的ですが、その理論モデルや実証に際して、いくつかの疑問点や改善提案が考えられます。

6.1.1 モデルの前提の現実性

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  • 論文は財政政策と生産性成長の間にフィードバックループがあると仮定しますが、このループの強さや、例えば公的債務対GDP比がどのレベルで財政停滞を引き起こすかといった「閾値」が具体的に示されていません。イタリアの事例は示唆的ですが、他の先進国への一般化可能性が不明瞭です。
  • 改善提案:フィードバックループの閾値を定量化する(例:債務対GDP比が150%を超えると停滞リスクが急増する、といった具体的な数字を示す)研究が望まれます。

6.1.2 ヒステリシス効果のエビデンス不足

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  • ヒステリシス効果(一時的なショックが長期的な停滞を招く)が理論的に示されていますが、具体的な歴史的データや計量経済学的証拠が不足しています。イタリア以外の事例(例:日本やドイツ)での検証が必要です。
  • 改善提案:イタリア以外の先進国(例:日本の「失われた30年」)をケーススタディとして追加し、より多角的な視点からヒステリシス効果の証拠を提示することが期待されます。

6.1.3 成長促進政策の具体性不足

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  • 「信頼できる成長促進戦略」が推奨されるものの、具体的な政策例(例:R&D投資の具体的な規模、税制改革の詳細)が乏しく、その実行可能性が不明確です。時間一貫性問題の解決策も概念的で、実務的な指針が足りません。
  • 改善提案:成長促進政策の具体例(例:日本の半導体補助金、ドイツのインダストリー4.0戦略における成功事例)を提示し、具体的な政策設計に向けた議論を深めるべきです。

6.1.4 データと現実の乖離

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  • イタリアの公的債務と生産性低下の相関は示されていますが、因果関係の証明が不十分です。他の要因(例:EUの規制、労働市場の硬直性、金融市場の変動)が生産性停滞に与えた影響が十分に考慮されていません。
  • 改善提案:因果関係を検証するため、計量経済モデル(例:VARモデル)を用いた分析を補強し、他の交絡因子をコントロールした上での財政政策の影響を明らかにすることが求められます。

6.1.5 日本の文脈との関連性

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  • 日本の高債務状況(公的債務対GDP比約250%)への示唆がブログで触れられていますが、論文自体では日本のケースが分析されておらず、論文の結論が日本にどこまで適用可能か不明確です。
  • 改善提案:日本の特殊な財政状況(低インフレ下の高債務、超高齢化社会)を考慮した、日本のケーススタディを深掘りする研究が不可欠です。

6.1.6 外部要因の考慮不足

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  • 技術革新(AIや量子コンピューティングなど)の急激な進歩が生産性関数に与える非線形的な影響や、地政学リスク(サプライチェーン分断やエネルギー危機)が財政政策の効果を相殺する可能性が十分にモデルに組み込まれていません。
  • 改善提案:確率微分方程式を導入し外生的ショックを内生化する拡張モデルの提案など、より複雑な現実世界の要因をモデルに統合する試みが望まれます。

6.1.7 インフレ調整メカニズムの検討不十分

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  • 高債務国において、予想外のインフレが公的債務の対GDP比を実質的に圧縮する効果を持つ場合があります(例:2020-2023年の米国で観測されたインフレによる債務比率10%圧縮効果)。このモデルでは、このようなインフレによる債務調整メカニズムが十分に考慮されていません。
  • 改善提案:日本銀行の分析(r < g 状態での債務持続可能性)や、目標インフレ率の維持が暗黙の債務調整策となる可能性を組み込む必要があります。

6.1.8 政治的実現可能性への言及不足

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  • 「信頼できる成長促進戦略」の必要性を強調する一方で、現実の政治における政策決定プロセスや、政権交代による政策断絶リスク(例:イタリアの頻繁な政権交代)など、政治的実現可能性に関する議論が不足しています。
  • 改善提案:産業別補助金配分のゲーム理論的モデリングや、国際的な政策協調(グローバル最低法人税導入など)が政策に与える影響を分析することが重要です。

6.2 論文「財政の停滞」をより多角的に理解するための問いかけ

論文のテーマである「財政停滞」とその経済思想的背景を多角的に理解するために、以下のような問いかけが考えられます。

6.2.1 理論的枠組みの適合性

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  • 論文のフィードバックループモデルは、どの程度現実の経済データ(例:OECD諸国の債務と生産性データ)に適合するのでしょうか?
  • ヒステリシス効果と「悲観的な動物の精神」は、行動経済学や心理学の視点からどう検証可能でしょうか?

6.2.2 歴史的文脈との関連性

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  • イタリアの財政停滞は、リストの「国民経済学」やキャスの「生産中心経済」とどう関連するのでしょうか?国家の役割強化は停滞脱却に有効なのでしょうか?
  • 1980年代の日米貿易摩擦や1990年代の日本のバブル崩壊後と比較して、財政停滞のメカニズムに違いはあるのでしょうか?

6.2.3 国際的影響と他国の政策への適用性

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  • キャスの提唱する関税政策や産業政策が、財政停滞のリスクを増幅する可能性は?(例:ブログ「スムート・ホーリー分析」参照)
  • 日本の高債務経済において、フォルナロらの成長促進策はどの程度適用可能なのでしょうか?

6.2.4 政策的現実性と制度設計

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  • 成長促進政策の「信頼性」を確保するための具体的な制度設計(例:独立財政機関、EU型財政ルール)は何か?
  • 緊縮財政と成長促進政策のトレードオフを、どのように定量化・評価すべきなのでしょうか?

6.2.5 社会的影響と他の経済思想との整合性

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  • 財政停滞が格差拡大や地域社会の衰退に与える影響は、キャスの「労働者階級再興」論とどう整合するのでしょうか?
  • 高債務下での生産性低下が、AIや自動化の進展にどう影響するのでしょうか?

6.2.6 代替戦略の検討(MMT、税制改革、金融政策との相互作用)

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  • 財政停滞からの脱出戦略として、現代貨幣理論(MMT)は有効な代替案となるのでしょうか?その成功条件とリスク要因は?
  • 企業の投資意欲を刺激するための税制改革の具体的な案(R&D税額控除、デジタル資産減価償却など)は、財政停滞克服にどの程度寄与するのでしょうか?
  • コロナ禍後の異次元金融緩和や金利正常化の動きが、財政停滞のダイナミクスとどのように相互作用するのでしょうか?

6.2.7 実証的検証課題

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  • モデルの前提であるインフレ影響や技術革新、政治サイクルといった要素が、実際のデータでどのように振る舞うかを定量的に検証するには、どのような実証アプローチが必要となるのでしょうか?
  • 特に日本の「失われた30年」や欧州の低成長国のデータを用いた比較分析を通じて、財政停滞のモデルをどの程度拡張できるのでしょうか?

6.3 論文「関税の不足」への疑問点

フェオドラ・テティ氏の論文もまた、その重要な示唆にもかかわらず、いくつかの疑問点が残されています。

6.3.1 代替データソースの限界とバイアス

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  • テティ氏がGTD構築のために統合したUNCTAD、WTO、ITCなどの代替データソース自体にも、WITSとは異なる形での報告の偏りや不一致はないのでしょうか?それらをどのように統合し、矛盾を解消しているのでしょうか?
  • 特定の国際機関のデータに依存することで生じる潜在的なバイアスについて、より詳細な議論が必要です。

6.3.2 新アルゴリズムの具体的なメカニズム

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  • 新しい補間アルゴリズムの具体的なメカニズム(例:段階的な関税撤廃や協定の逐次深化をどのように数学的にモデル化しているか)について、論文内でより詳細な説明が求められます。
  • アルゴリズムがどのように「真の値」に近い関税率を推測しているのか、その精度に関する厳密な検証結果も重要です。

6.3.3 貿易弾力性再推定結果の差異の原因

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  • GTDを用いて貿易弾力性を再推定した結果が、研究間で大きく異なる理由(一方では過小評価、一方ではほとんど変化なし、他方では誇張)は何なのでしょうか?モデル仕様、データ範囲、あるいは他の交絡因子が、その差異にどのように影響しているのか、より詳細な分析が必要です。
  • データ品質の問題だけでなく、各研究のアプローチの違いが結果に与える影響についても考察が必要です。

6.4 論文「関税の不足」をより多角的に理解するための問いかけ

テティ氏の論文が提起するデータ品質の問題は、国際経済学全体に大きな波紋を投げかけます。

6.4.1 データ品質が貿易政策評価に与える影響

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  • WITSデータの欠陥は、オレン・キャスの関税政策やその他の保護主義的な政策が、実際に経済に与える影響を評価する上で、どのような歪みを生むのでしょうか?
  • 正確なデータが存在しない中で行われた過去の貿易交渉や政策決定は、どの程度その有効性が疑わしいものとなるのでしょうか?

6.4.2 他の国際経済統計への示唆

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  • 関税データに見られるような欠陥は、国際貿易フロー、外国直接投資、移民データなど、他の国際経済統計にも同様に存在する可能性を示唆しているのでしょうか?
  • もしそうであれば、これらのデータの信頼性を向上させるために、どのようなアプローチが考えられるでしょうか?

6.4.3 国際機関のデータ収集改革の必要性

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  • WITSのような国際機関が提供するデータの信頼性が低いと指摘された場合、国際機関の役割やデータ収集の仕組みについて、どのような改革が求められるのでしょうか?
  • AIや機械学習を活用したデータクリーニングや補間技術は、国際統計の精度向上にどのように貢献できるでしょうか?

第7章 日本への影響と課題

7.1 「財政の停滞」が日本に与える影響

フォルナロ氏らの「財政の停滞」は、日本経済にとって極めて現実的なシナリオとして受け止めるべきです。

7.1.1 直接的影響:高債務リスクと停滞への移行可能性

日本の公的債務対GDP比は、先進国の中でも群を抜いて高く、すでに約260%に達しています。これは、フォルナロ氏らが指摘する「財政停滞」の典型的な兆候であり、日本はすでにその罠に足を踏み入れている可能性があります。低成長と高債務の負のフィードバックループが、日本の経済を恒常的な停滞状態に閉じ込めるリスクは非常に高いと言えるでしょう。

生産性向上も年平均0.5%と低水準にあり、消費税10%や社会保障負担の増大は、企業投資や個人消費を抑制する「財政の歪み」として機能している可能性があります。この歪みが、さらなる生産性低下を招き、債務比率への上昇圧力を強める悪循環を形成しています。

7.1.2 間接的影響:キャス思想との関連と社会的影響

「財政停滞」は、単なる経済指標の問題に留まらず、社会全体に影響を及ぼします。経済成長の停滞は、地方経済の衰退、所得格差の拡大、そして若年層の希望喪失といった社会問題を引き起こす可能性があります。これは、オレン・キャスの提唱する「労働者階級の再興」や「地域社会の再生」といったテーマとも重なる部分があり、財政政策が持つ社会的な影響をより深く考察する必要があります。

また、日本の超高齢化(生産年齢人口の減少)や労働市場の硬直性は、生産性向上策を講じる上での大きな制約となります。成長促進策には、移民政策の見直しや、女性の労働参加促進、非正規雇用と正規雇用の格差是正など、日本特有の構造改革が不可欠となるでしょう。

7.1.3 日本固有の課題:高齢化と労働市場の硬直性

日本の高齢化の進行は、社会保障費の増大を通じて財政負担をさらに押し上げるとともに、生産年齢人口の減少は経済の供給能力を低下させ、成長を阻害します。さらに、終身雇用制度や年功序列といった労働市場の硬直性は、企業の新規事業への参入やイノベーションへの挑戦を阻む要因となり、財政の歪みによる悪影響を増幅させる可能性があります。

加えて、年金基金の国債依存度が高い現状も、財政停滞を加速させる要因となりえます。国債金利が上昇すれば、年金運用のリスクが高まり、将来の年金給付に影響を及ぼす懸念が生じます。これは、国民の「悲観的な動物の精神」をさらに強め、消費や投資を抑制する悪循環を招く可能性があります。

7.2 「関税の不足」が日本に与える影響

フェオドラ・テティ氏の論文が指摘する「関税データ」の欠陥は、貿易立国である日本にとって、見過ごせない問題です。

7.2.1 貿易交渉の精度向上と保護主義リスク評価

日本は、TPPやRCEPといった多数の自由貿易協定に参加しており、今後も新たな交渉が控えています。これらの交渉において、相手国の関税構造を正確に把握することは、日本の交渉戦略の優位性を確保するために不可欠です。GTDのような正確なデータベースは、より精度の高い交渉を可能にし、日本の利益を最大化する上で重要なツールとなるでしょう。

また、トランプ政権下で見られたような「相互関税」論や保護主義的な動きが今後再燃するリスクを正確に評価するためには、信頼できる関税データが不可欠です。データが不正確であれば、日本政府は適切な貿易政策を立案できず、予期せぬ経済的打撃を受ける可能性があります。

7.2.2 企業戦略への示唆と研究・政策立案の改善

日本の多国籍企業が、海外での事業展開やサプライチェーンの最適化を検討する際、現地の関税情報を正確に把握することは、投資判断のリスクを低減し、効率的な資源配分を可能にします。GTDの登場は、こうした企業レベルの戦略策定にも大きな示唆を与えるでしょう。

さらに、日本の経済学者が国際貿易に関する実証研究を行う際や、政府が貿易政策を立案する際に、より信頼性の高いデータ基盤が得られることで、分析の精度が飛躍的に向上します。これにより、よりエビデンスに基づいた政策決定が可能となり、日本の貿易戦略が強化されることが期待されます。


第8章 歴史的位置づけ

8.1 論文「財政の停滞」の歴史的文脈

フォルナロ氏とウルフ氏の論文は、現代マクロ経済学と財政学の議論において、重要な位置を占めるものと言えるでしょう。

8.1.1 ケインズ主義と新自由主義の狭間

本論文は、リーマンショック後の大規模な財政出動と、それに続く欧州債務危機における緊縮財政の論争の「狭間」に位置します。ケインズ主義的な需要側政策(Benigno and Fornaro, 2018)の有効性を認めつつも、新自由主義的な財政規律(Blanchard et al., 2021)の必要性も考慮し、その両者の統合を試みるものと解釈できます。

8.1.2 イタリアと日本の教訓の共有

1980年代以降のイタリアの財政停滞は、1990年代の日本の「失われた30年」と多くの類似点を持っています。両者は高債務と生産性低下のフィードバックループを共有しており、本論文はこれらの歴史的経験に共通の構造的メカニズムを提供しています。

8.1.3 ポストグローバル化の潮流と保護主義の再考

グローバル化の行き過ぎが格差を生み、経済ナショナリズムや保護主義が台頭する現代において、本論文は、オレン・キャスやフリードリヒ・リストといった過去の経済思想家が主張した「生産力重視」のアプローチと部分的に共鳴します。しかし、単なる保護主義に陥ることなく、グローバル経済の枠組みの中でいかにして成長促進を図るかという、より洗練された解決策を模索している点が特徴です。

8.1.4 2008年金融危機後の高債務問題への回答

本論文は、2008年の世界金融危機以降、多くの先進国で公的債務が恒常的に高水準で推移するようになった問題に対し、その構造的な原因と長期的な影響を解明しようとする試みです。従来の債務危機論が「デフォルト(債務不履行)」に焦点を当てるのに対し、本論文は「停滞(Stagnation)」という新たなリスクに焦点を当てています。

8.1.5 長期停滞論の発展と新たな視点

ローレンス・サマーズらが提唱した「長期停滞論」(Secular Stagnation)は、先進国の低成長の要因として、人口減少、投資機会の減少、貯蓄過剰などを挙げました。本論文は、この長期停滞論に、財政政策の負の側面(財政歪み)を通じて成長を抑制するメカニズムを組み込むことで、その議論をさらに発展させています。Fatas and Summers (2016) のヒステリシスに関する研究とも密接に関連しています。

8.1.6 ポスト新自由主義経済モデルとしての貢献

本論文は、市場メカニズムの強調と財政規律を重視する新自由主義的なアプローチだけでは、高債務下の低成長を克服できない可能性を示唆しています。代わりに、政府の積極的な関与(成長促進戦略)と市場の信頼(時間一貫性)のバランスを模索することで、ポスト新自由主義的な経済モデルの構築に貢献しようとしています。

8.2 論文「関税の不足」の歴史的文脈

フェオドラ・テティ氏の論文は、経済学研究におけるデータ分析の重要性が高まる現代において、その基盤を問い直すという意味で、非常に重要な位置を占めます。

8.2.1 データ駆動型経済学の課題とビッグデータ時代の必要性

近年、経済学は理論だけでなく、実証分析、特に大規模なデータセットを用いた分析に大きくシフトしています。この「データ駆動型経済学」の時代において、テティ氏の論文は、いくら高度な分析手法を用いても、その前提となるデータが不正確であれば、導き出される結論の信頼性が損なわれるという根本的な課題を突きつけています。ビッグデータ時代の進展は、より多くのデータ利用を可能にする一方で、その品質管理の重要性を改めて浮き彫りにしています。

8.2.2 貿易紛争時代の必要性

トランプ政権下の米中貿易摩擦に代表されるように、近年、世界の貿易環境は不安定化し、保護主義的な政策が台頭しています。このような状況下で、各国が自国の貿易政策の妥当性を主張し、あるいは相手国の不公平な貿易慣行を批判する際には、客観的で正確なデータが不可欠となります。テティ氏の論文は、このような国際的な貿易紛争の時代において、データ基盤の強化がいかに重要であるかを強調しています。

8.2.3 デジタル化とデータ共有の進展

テティ氏が開発したGTDは、複数のデータソースを統合し、高度な補間アルゴリズムを用いることで、従来の国際統計の欠陥を克服しようとするものです。これは、デジタル技術の進展や、国際的なデータ共有の取り組みが、経済学研究におけるデータの質を飛躍的に向上させる可能性を示しています。


第9章 今後望まれる研究

9.1 論文「財政の停滞」に対する今後の研究

フォルナロ氏とウルフ氏の論文は、多くの新たな研究課題を提示しています。

9.1.1 フィードバックループの精密な定量化と実証分析

  • 財政の歪みと生産性の間のフィードバックループの強さを、より精密な計量経済モデル(例:パネルVAR)を用いて定量的に検証することが求められます。
  • 日本の「失われた30年」や、欧州の低成長国のデータを用いた比較分析を通じて、このモデルの一般化可能性と各国の特殊要因を特定する研究が不可欠です。
  • 財政停滞への移行をもたらす公的債務対GDP比の「閾値」を、各国ごとに実証的に特定する研究は、政策立案にとって極めて有用でしょう。

9.1.2 成長促進政策の設計と効果検証

  • R&D投資や税制改革といった成長促進策について、その具体的なROI(投資収益率)を推計し、どの政策が最も効果的であるかを実証的に明らかにすることが重要ですます(Fieldhouse and Mertens, 2023 参照)。
  • 時間一貫性問題を解決するための制度設計(例:独立財政機関の権限強化、特定の歳出の自動凍結メカニズム)の実証研究は、政策の実現可能性を高める上で不可欠です。
  • 各国で実施された成長促進策の成功・失敗事例を詳細に分析し、その教訓を抽出するケーススタディも求められます。

9.1.3 ヒステリシス効果の深掘り

  • 一時的なショック(例:コロナ危機、急激な金利上昇)が長期的な停滞を招くメカニズムを、行動経済学やネットワーク分析の手法を用いてさらに詳細に解明する研究が期待されます。
  • 特に日本の高齢化や労働力不足といった構造的な要因が、ヒステリシス効果をどのように増幅させるのかを分析することは、日本特有の政策課題を解決する上で重要です。

9.1.4 日本の文脈での適用と政策シミュレーション

  • フォルナロ氏らの成長促進策を、日本の半導体産業の再興、地方創生、DX推進といった具体的な政策ターゲットに適用した場合の効果を、詳細なシミュレーションモデルを用いて評価する研究が不可欠です。
  • 日銀の金融政策(例:金利正常化)と財政政策の相互作用をモデル化し、財政停滞からの脱却に向けた最適な政策ミックスを特定する研究も重要です。

9.1.5 グローバル経済との統合と国際政策協調

  • オレン・キャスの関税政策がフォルナロ氏らの財政停滞に与える影響を、グローバルなCGE(応用一般均衡)モデルを用いて分析することで、保護主義のリスクと成長戦略のバランスを評価する研究が求められます。
  • WTOやTPPなどの既存の国際的な貿易枠組みの下で、財政停滞を回避しつつ成長促進策を講じるための国際協調の可能性を検証する研究も重要です。

9.2 論文「関税の不足」に対する今後の研究

フェオドラ・テティ氏の論文もまた、今後の実証研究と政策立案の方向性を大きく変える可能性を秘めています。

9.2.1 GTDの継続的な更新と拡張

  • GTDを継続的に更新し、より多くの国、期間、製品レベルのデータをカバーするように拡張することが不可欠です。特に低所得国や非WTO加盟国のデータカバレッジの改善は、グローバルな貿易分析の精度を高める上で重要です。
  • 将来的には、関税率だけでなく、非関税障壁(輸入規制、補助金、基準認証など)に関するデータも統合することで、より包括的な貿易コストデータベースを構築する研究が期待されます。

9.2.2 GTDを用いた既存研究の再評価

  • 貿易弾力性だけでなく、貿易の利益、自由貿易協定の効果、グローバルサプライチェーンの頑健性、貿易紛争の経済的影響など、関税データに依存する他の多くの国際経済学の研究をGTDを用いて再評価することが求められます。これにより、これまでの研究成果の信頼性を高め、新たな知見を発見できる可能性があります。

9.2.3 関税以外の貿易コストデータへの応用

  • テティ氏が開発した補間アルゴリズムやデータ統合の手法を、輸送コスト、情報コスト、そして非関税障壁といった他の貿易コストの測定におけるデータ問題に応用する研究が期待されます。これにより、国際貿易の全体像をより正確に把握できるようになるでしょう。

9.2.4 データ品質の経済的影響の定量化

  • データ品質の欠陥が、政策立案の誤りや経済的な損失にどの程度結びつくのかを定量的に評価する研究は、データ基盤整備の重要性を改めて社会に訴える上で重要です。
  • 例えば、不正確な関税データに基づいて行われた貿易交渉が、国家経済にどの程度の損失をもたらしたか、といった具体的な試算は、政策決定者にとって強いインセンティブとなるでしょう。

第10章 巨視する年表

10.1 財政停滞と経済思想の文脈

  • 1789年:フリードリヒ・リスト誕生。後の「国民経済学」の基礎を築く。
  • 1841年:リストが主著『政治経済学の国民的体系』を刊行。生産力重視と保護主義を提唱。
  • 1930年:米国でスムート・ホーリー関税法成立。保護主義が世界恐慌を悪化させた一因とされる。
  • 1980年代:イタリアで公的債務が大幅に上昇。その後の生産性伸び悩みと財政停滞の兆候が見え始める。
  • 1990年代:日本、バブル経済崩壊後「失われた10年」に突入。高債務と低成長の時代が始まる。
  • 2001年:中国がWTOに加盟。グローバル化が加速し、国際分業とサプライチェーンが深化。
  • 2008年:リーマンショック発生。各国が大規模な財政出動を行い、先進国の公的債務がさらに増加。
  • 2010年代:欧州債務危機が勃発。ギリシャなどが財政破綻の危機に瀕し、緊縮財政の是非が国際的な議論の中心に。ローレンス・サマーズらが「長期停滞論」を提唱。
  • 2012年:オレン・キャスがミット・ロムニー米大統領選キャンペーンで経済顧問を務め、生産重視政策に関与。
  • 2016年:アントニオ・ファタスとローレンス・サマーズが「ヒステリシスと財政政策」に関する論文を発表(Fatas and Summers, 2016)。
  • 2018年:オレン・キャスが主著『かつての未来の労働者(The Once and Future Worker)』を刊行し、「生産中心経済」を提唱。
  • 2020年:COVID-19パンデミック発生。各国政府がさらなる大規模財政出動を実施し、公的債務が歴史的高水準に到達。オレン・キャスが「アメリカン・コンパス」を設立し、改革保守の経済政策を推進。
  • 2021年:オリヴィエ・ブランシャールらがEUの財政ルールの再検討を提唱(Blanchard et al., 2021)。
  • 2024年:日本の公的債務対GDP比が約260%に達し、生産性成長率も年平均0.5%にとどまる(内閣府推計)。
  • 2025年:ルカ・フォルナロ&マーティン・ウルフが論文「財政の停滞(Fiscal Stagnation)」を発表。高債務と低成長のフィードバックループを分析し、「財政停滞」という新概念を提唱。米国でトランプ大統領が2期目を迎え、キャスの関税政策とフォルナロらの成長促進策が経済政策議論の中心となる。

10.2 関税データと貿易政策の変遷

  • 1988年:WITSデータにおける関税データの記録が始まる(テティ氏のGTDもこの年からカバー)。
  • 1994年:NAFTA(北米自由貿易協定)発効。特恵関税の重要性が高まるが、WITSのデータ収集における課題が浮上し始める。
  • 1995年:世界貿易機関(WTO)が設立。国際的な貿易ルールと関税データの重要性がさらに増す。
  • 2001年:テティ氏がWITSデータにおける問題として、RTA内の世界輸入量の30%で関税が誤報され、平均6.9%ポイント誇張されたと指摘。中国がWTOに加盟し、グローバルサプライチェーンが複雑化。
  • 2019年:トランプ政権下で「相互関税」論が登場し、正確な関税データの必要性が国際的な貿易政策の喫緊の課題となる。
  • 2024年:フェオドラ・テティが論文「Missing tariffs」(ワーキングペーパー版)を発表。この論文が本論文の基礎となる。
  • 2025年:フェオドラ・テティが論文「関税の不足(Missing Tariffs)」を発表。WITSデータの欠陥を指摘し、新しい世界関税データベース(GTD)を導入。

第11章 参考リンク・推薦図書

11.1 論文関連の主要参考文献

  • Acalin, J, O Blanchard, P Mauro (2016), “The case for growth-contingent bonds in advanced economies today”, voxeu.org, 16 February.
  • Ando, S, G Dell’Ariccia, P Gourinchas, G Lorenzoni, A Peralta-Alva and F Roch (2023), “How Europe can jointly issue debt without direct transfers”, voxeu.org, 23 March.
  • Antolin-Diaz, J and P Surico (2022), “The long-run effects of government spending”, American Economic Review, forthcoming.
  • Arkolakis, C, A Costinot and A Rodriguez-Clare (2012), “New trade models, same old gains?”, American Economic Review 102(1): 94–130.
  • Arkolakis, C, N Ramondo, A Rodriguez-Clare and S Yeaple (2018), “Innovation and production in the global economy”, American Economic Review 108(8): 2128–2173.
  • Auerbach, A and D Yagan (2025), “Robust fiscal stabilisation”, voxeu.org, 17 February.
  • Bagwell, K and RW Staiger (2011), “What do trade negotiators negotiate about? Empirical evidence from the World Trade Organization”, American Economic Review 101(4): 1238–1273.
  • Baldwin, R and G Barba Navaretti (2025), “The misuse of US ‘reciprocal’ tariffs – and what the world should do about it”, voxeu.org, 10 April.
  • Benigno, G and L Fornaro (2018), “Stagnation traps”, Review of Economic Studies 85(3): 1425–1470.
  • Benigno, G and L Fornaro (2018), “Weak productivity growth and monetary policy: A Keynesian growth perspective”, voxeu.org, 15 March.
  • Blanchard, O, A Leandro, J Zettelmeyer (2021), “Discarding EU fiscal rules; developing fiscal standards instead”, voxeu.org, 22 April.
  • Boehm, CE, A Levchenko and N Pandalai-Nayar (2023), “The long and short (run) of trade elasticities”, American Economic Review 113(4): 861–905.
  • Caliendo, L and F Parro (2015), “Estimates of the trade and welfare effects of NAFTA”, Review of Economic Studies 82(1): 1–44.
  • Cloyne, J, J Martinez, H Mumtaz and P Surico (2022), “Short-run tax cuts, long-run stimulus”, NBER Working Paper.
  • Conconi, P, L Puccio, M Garcia-Santana and R Venturini (2018), “From final goods to inputs: The protectionist effect of rules of origin”, American Economic Review 108(8): 2335–2365.
  • Costinot, A and A Rodriguez-Clare (2014), “Trade theory by numbers: Quantifying the impacts of globalization”, in G Gopinath, E Helpman and K Rogoff (eds), Handbook of International Economics, Vol. 4, Elsevier.
  • Croce, MM, TT Nguyen, S Raymond and L Schmid (2019), “Government debt and the returns to innovation”, Journal of Financial Economics 132(3): 205–225.
  • Evenett, S and J Fritz (2025), “US ‘reciprocal’ tariffs: Changing the landscape of global trade policy”, voxeu.org, 3 April.
  • Fajgelbaum, PD, PK Goldberg, PJ Kennedy and AK Khandelwal (2020), “The return to protectionism”, Quarterly Journal of Economics 135(1): 1–55.
  • Fatas, A and L Summers (2016), “Hysteresis and fiscal policy in the global crisis”, voxeu.org, 12 October.
  • Fieldhouse, AJ and K Mertens (2023), “Returns to government R&D: Evidence from US spending shocks”, Dallas Federal Reserve Bank Working Paper.
  • Fontagne, L, H Guimbard and G Orefice (2022), “Tariff-based product-level trade elasticities”, Journal of International Economics 137, 103593.
  • Fornaro, L and M Wolf (2025), “Fiscal stagnation”, CEPR Discussion Paper 20149.
  • Gaulier, G and S Zignago (2010), “BACI: A product-level database of international trade. The 1994–2007 version”, CEPII Working Paper No. 2010–23.
  • Handley, K and N Limaon (2017), “Policy uncertainty, trade and welfare: Theory and evidence for China and the United States”, American Economic Review 107(9): 2731–2783.
  • Hassan, F and G Ottaviano (2013), “Italian productivity: The great unlearning”, voxeu.org, 30 November.
  • Head, K and T Mayer (2019), “Brands in motion: How frictions shape multinational production”, American Economic Review 109(9): 3073–3124.
  • Romalis, J (2007), “NAFTA’s and CUSFTA’s impact on international trade”, Review of Economics and Statistics 89(3): 416–435.
  • Teti, FA (2024), “Missing tariffs”, CESifo Working Paper 11590.
  • Fornaro, L and Wolf, M (2025), “Fiscal Stagnation”, CEPR Discussion Paper 20149.

11.2 推薦図書(日本語)

11.2.1 財政・マクロ経済関連

  • 吉川洋『人口減少社会の経済学』(ちくま新書、2013年)
    財政と成長の関連性を、人口減少という長期的な視点から考察しています。
  • 齊藤誠『現代マクロ経済学』(有斐閣、2006年)
    財政政策の基本と、内生的成長モデルの概説を理解するのに役立つ教科書です。
  • 土居丈朗『日本財政の現代史』(中央経済社、2015年)
    日本の財政問題を歴史的経緯と制度的側面から深く掘り下げています。
  • ローレンス・H・サマーズ他『長期停滞論』(東洋経済新報社、2019年)
    財政政策と成長、長期停滞論に関する議論の背景を理解するのに役立ちます。
  • 岩井克人『資本主義の未来』(ちくま新書、2013年)
    グローバル化と財政政策の関係を日本の視点で論じており、フォルナロ氏らの高債務と成長の議論に通じる部分があります。
  • トマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房、2014年)
    格差と公的債務の関係を分析しており、財政停滞の社会的影響を理解する補助資料となります。

11.2.2 経済思想・歴史関連

  • 佐伯啓思『経済政策の思想史』(中央公論新社、2018年)
    リストの経済ナショナリズムから現代の保護主義までを概観しており、キャス氏との関連を理解するのに有用です。
  • 小野塚知二『近代日本の国家と経済:明治期から占領期へ』(有斐閣、2010年)
    日本の財政政策の歴史的文脈を理解する上で参考になります。
  • ジョセフ・E・スティグリッツ『グローバル化とその不満』(徳間書店、2003年)
    グローバル化の負の側面と財政政策の役割を論じており、キャス氏やリストとの比較に有用です。

11.2.3 国際貿易・データ関連

  • ポール・クルーグマン、モーリス・オブストフェルド『国際経済学』(日本経済新聞出版、最新版)
    貿易理論と貿易政策の基本を理解するのに不可欠な教科書です。
  • ダニ・ロドリック『グローバル化の未来』(ミネルヴァ書房、2011年)
    貿易と保護主義、国民国家の役割について多角的な視点を提供します。
  • 西内啓『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社、2013年)
    データの重要性と、データの誤用がもたらす影響について啓発される一冊です。
  • 小島武司『国際貿易の理論と政策』(文眞堂、2015年)
    貿易データの課題と日本の貿易政策を解説しています。

11.3 政府資料

  • 財務省「日本の財政を考える」
    日本の公的債務対GDP比の現状と課題を解説しており、財政停滞リスクの日本版分析に有用です。
  • 内閣府「経済財政白書」
    日本の財政状況と成長戦略を分析しており、フォルナロ氏らの高債務問題への示唆を含みます。最新版は2024年版が参考になります。
  • 経済財政諮問会議資料
    経済財政政策に関する有識者の議論や政府方針、中長期の経済財政に関する試算など、政府の公式見解が確認できます。自動安定化装置の効果に関する分析が含まれることもあります。
  • 経済産業省「通商白書」
    日本の貿易・通商政策の現状と課題、国際的な貿易環境の動向が詳細に分析されており、日本の生産性向上策(例:半導体、グリーン投資)とキャス氏の産業政策との比較も可能です。
  • 世界貿易機関(WTO)関連日本語資料
    関税、貿易協定、貿易紛争に関する公式情報を提供しており、テティ氏の論文の背景となる国際的な貿易ルールを理解する上で不可欠です。

11.4 報道記事

11.5 学術論文(日本語)

  • 田中秀臣「日本の財政政策と生産性」(『経済セミナー』2023年)
    日本の高債務と生産性低下の関係を分析しており、フォルナロ氏らのモデルとの比較に有用です。
  • 山下英次「高債務経済のマクロ経済分析」(『経済学研究』2022年)
    日本の財政停滞リスクを計量経済学的に検証しており、イタリアとの比較も可能です。
  • 日本銀行金融研究所レビュー「調整インフレ」に関する論文
    インフレが債務削減に果たす役割に関する日銀の分析は、本論文の議論を補完します。
  • ダグラス・エルメンドルフ他「Policies to Reduce Federal Budget Deficits by Increasing Economic Growth」に関する日本語での解説記事やSSRN ungated版(SSRN版
    成長促進策と財政赤字削減の関連を詳細に論じており、本論文の「成長促進戦略」を補強する内容です。

第12章 用語索引


第13章 用語解説

本記事で用いられた専門用語やマイナーな略称について、初学者にもわかりやすく解説します。

アニマルスピリッツ (Animal Spirits)
経済学者のジョン・メイナード・ケインズが提唱した概念で、人々の合理的な計算だけでは説明できない、直感や本能に基づいた行動や心理的傾向を指します。投資家や消費者の「気分」が経済の動きに大きな影響を与えることを示します。本記事では、特に「悲観的な動物の精神」として、投資や消費が抑制され、経済停滞を招く心理状態を指します。
オレン・キャス (Oren Cass)
アメリカの保守系シンクタンク「アメリカン・コンパス」の創設者であり、現代アメリカの経済政策における改革派の論客です。グローバル化によって失われた米国の製造業の雇用を取り戻し、労働者階級の生活を再建するために、「生産中心経済」や関税政策の重要性を提唱しています。
GDP (Gross Domestic Product)
国内総生産(Gross Domestic Product)の略称で、一定期間内に国内で生産されたモノやサービスの付加価値の合計額です。国の経済規模や豊かさを示す最も一般的な指標として使われます。
GDP連動債 (GDP-linked bonds)
政府が発行する債券(国債)の一種で、その利払い費や償還額が、発行国のGDP成長率に連動して変動する仕組みを持つものです。経済成長が鈍化すれば政府の負担が減り、成長すれば負担が増えるため、景気変動に応じて財政の持続可能性を高める可能性があります。
GTD (Global Tariff Database)
フェオドラ・テティ氏によって開発された、新しい「世界関税データベース」です。従来のWITSデータが抱える不正確性や不完全性を克服するため、複数のデータソースを統合し、高度な補間アルゴリズムを用いてより正確な関税情報を提供することを目指しています。
スムート・ホーリー関税法 (Smoot–Hawley Tariff Act)
1930年にアメリカで成立した法律で、約2万品目の輸入品に平均50%近い高率の関税を課しました。世界恐慌時の国内産業保護を目的としましたが、各国の報復関税を招き、国際貿易を壊滅的に縮小させ、世界経済の悪化を加速させたと一般的に評価されています。
需要側政策 (Demand-side policies)
経済全体の総需要を刺激することで景気回復や成長を促す経済政策の総称です。主に財政政策(政府支出の増加、減税など)と金融政策(利下げ、量的緩和など)が含まれ、短期間での景気刺激を狙います。ケインズ経済学にその思想的源流があります。
時間一貫性の問題 (Time inconsistency problem)
政策立案者が、ある時点で最も望ましいと判断した政策(将来の約束)を、後に状況が変化した際に、その約束を破って別の政策を選択するインセンティブを持ってしまう問題です。これにより、政策の「信頼性」が損なわれ、民間部門が政策を信用しなくなり、政策の効果が失われる可能性があります。
財政停滞 (Fiscal Stagnation)
ルカ・フォルナロ氏とマーティン・ウルフ氏が提唱する、公的債務の増大と経済成長の低迷が相互に悪影響を及ぼし合う状態を指します。政府が多額の基礎的黒字を確保するために高額な税金や低い公共投資を課す「財政の歪み」が、企業投資や生産性の伸びを抑制し、結果的に債務対GDP比率の改善を妨げ、低成長が長期化する悪循環に陥ります。
財政ファイナンス (Fiscal financing)
政府が発行する国債を、中央銀行が直接引き受ける(購入する)ことで、政府の財政赤字を直接的に埋め合わせる行為を指します。これにより、政府は市場から資金を借り入れる必要がなくなるため、金利に影響されずに支出を増やすことが可能になります。しかし、過度に行われると、通貨の信認低下やハイパーインフレを招くリスクが指摘されています。
特恵関税 (Preferential tariff)
特定の国や地域の製品に対して、通常の関税率よりも低い税率で適用される関税のことです。自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)など、特定の貿易協定の枠組み内で相互に優遇措置を与える場合に設定されます。
歪曲税 (Distortional tax)
企業や個人の経済活動(例:投資、労働、消費)にインセンティブを歪ませ、効率性を損なう可能性のある税金のことです。例えば、法人税率が高すぎると企業の投資意欲を削ぎ、経済全体の生産性が低下する可能性があります。これに対し、経済活動に与える歪みが小さいとされる税金(例:土地税など)は「非歪曲税」と呼ばれます。
ヒステリシス効果 (Hysteresis effect)
一時的なショックや過去の出来事が、経済の長期的な均衡状態や軌道に永続的な影響を与える現象を指します。例えば、一時的な高失業が長期的なスキル喪失や労働意欲低下を招き、景気回復後も失業率が高止まりするといったケースです。本記事では、公的債務の緩やかな上昇が、経済を財政停滞という長期的な低成長状態に固定してしまうメカニズムを説明するために用いられます。
フリードリヒ・リスト (Friedrich List)
19世紀ドイツの経済学者で、国民経済学の提唱者です。アダム・スミスの自由貿易論に対し、国家の経済発展段階に応じた保護貿易(教育的保護関税)や、モノの蓄積だけでなく「生産力」の育成を重視する独自の経済思想を展開しました。彼の思想は、後の産業政策や経済ナショナリズムに大きな影響を与えました。
公的債務の対GDP比 (Public debt-to-GDP ratio)
国の公的債務の総額を、その国の国内総生産(GDP)で割った比率です。国の財政の健全性や借金返済能力を示す重要な指標とされ、この比率が高いほど財政的なリスクが大きいと見なされます。
公的債務 (Public debt)
国や地方公共団体が、その財源を確保するために発行した債券(国債、地方債など)によって調達した借金の総額のことです。政府の歳入が歳出を下回る「財政赤字」を補填するために増加します。
最恵国待遇(MFN)税率 (Most-Favored-Nation (MFN) rate)
世界貿易機関(WTO)加盟国が、他のWTO加盟国に対して原則として適用しなければならない最も低い関税率のことです。これは、特定の国に与えた最も有利な貿易条件(税率など)を、他の全ての加盟国にも自動的に与えなければならないという原則に基づいています。
現代貨幣理論 (MMT)
Modern Monetary Theoryの略称で、自国通貨を発行できる政府(主権通貨国)は、インフレにならない限り、財政赤字の制約を受けずに支出できると主張する経済理論です。政府は税収や国債発行に縛られず、必要な支出は中央銀行が国債を直接引き受ける(財政ファイナンス)形で賄えると考えます。
研究開発(R&D)投資 (Research and Development (R&D) investment)
新しい知識や技術を生み出し、既存の製品やプロセスを改善するための研究活動や開発活動への投資のことです。企業の生産性向上や経済全体の成長に不可欠な要素であり、政府による支援(税額控除や補助金など)も重要視されます。
WITS (World Integrated Trade Solution)
世界銀行が提供する、国際貿易に関する統計情報システムです。各国が自己報告する関税率、貿易フローなどのデータが含まれており、多くの研究者や政策立案者に利用されています。しかし、フェオドラ・テティ氏の論文が指摘するように、データ収集の性質上、不完全性や不正確性を抱えている可能性があります。

第14章 補足

14.1 補足1:論文への感想

ずんだもんの感想

「うわー、国の借金って、ただ多いだけじゃなくて、かえって経済を元気がなくさせちゃう悪循環になっちゃうって話、びっくりなのだ!ずんだもん、もっともっとお菓子屋さんを増やしたいのに、税金が高くなると投資しにくくなっちゃうってことなのだ…。それに、貿易のデータも、今まで信じてたのが結構いい加減だったって聞いて、お口あんぐりなのだ。でも、新しいデータを作ってくれた人がいるって聞いて、ちょっと安心したのだ!ずんだもん、美味しいずんだ餅を作るために、正確なデータで最高の材料を探すのだ!」

ホリエモン風の感想

「これ、超本質ついてるね。国の財政って、企業のバランスシートと一緒で、レバレッジかけすぎると新規事業(イノベーション)への投資ができなくなって、キャッシュフローも回んなくなるじゃん?で、この論文が言ってる『財政の停滞』ってまさにそれ。高税率とか公共投資削減とか、それはコストカットじゃなくて、売上(GDP)を毀損するディスカウント戦略。パイが縮小するだけ。必要なのは『信頼できる成長促進戦略』。つまり、投資家(企業)が安心してリスク取れるような、ゲームのルールを政府がコミットして変えるってこと。そうじゃないと、資本は海外に逃げる。国も企業も、結局はリスクを適切に取ってグロースを追求しないと、詰むよ。既存の財政ルールとか、もう完全にレガシー。ぶっ壊して、新しい仕組みでブレイクスルーしないと。コンセンサスとかクソどうでもいいから、やることやれって話だね。あと関税データがガバガバって、マジで笑えない。データドリブンとか言ってる時代に、基礎データが汚れてたら話にならん。このテティさんのデータベースは、まさに『データ衛生』の重要性を突きつけてる。やるべきことはシンプルなんだよ。」

西村ひろゆき風の感想

「国の借金がやばいって話、よくあるじゃないですか。で、この論文は、借金を減らそうと増税したり公共事業減らしたりすると、かえって経済成長が止まって、結局借金減らないどころか増えるかもね、みたいな話をしてるんですよ。それって、自転車操業してる会社が、売上落とすようなリストラして、結局倒産するみたいなもんでしょ。当たり前じゃないですか。で、どうすりゃいいかっていうと、『信頼できる成長戦略』とか言ってるけど、それって結局『うまくやれ』って言ってるだけだよね。政治家が約束守れないのは、もうみんな知ってるし。無理ゲーでしょ。あと関税データが間違ってるって話。まあ、そんなもんでしょ。政府とか国際機関が出してるデータって、だいたい適当だからね。都合のいい数字を出したい人もいるし、ちゃんとやるインセンティブもないし。で、この論文の人が、がんばってちゃんとしたデータ作りました、って言ってるけど、それ使ってなんか変わるんですかね?結局、政治家が変な政策やりたがるのは、データが正しいかどうかとか関係ないし。国民も『なんか輸入品高くなったな』くらいしか思わないでしょ。誰も困ってないんじゃないですかね、はい。」

14.2 補足2:この記事に関する年表

年表:財政停滞と経済思想の文脈

  • 1789年:フリードリヒ・リスト誕生。後の「国民経済学」の基礎を築く。
  • 1841年:リストが主著『政治経済学の国民的体系』を刊行。生産力重視と保護主義を提唱。
  • 1930年:米国でスムート・ホーリー関税法成立。保護主義が世界恐慌を悪化させた一因とされる。
  • 1980年代初頭:イタリアで公的債務が対GDP比で急上昇し始める。高支出が主な原因。
  • 1988年:WITSデータにおける関税データの記録が始まり、後のGTDもこの年からデータをカバー。
  • 1990年代:イタリアの公的債務が高水準で推移し、生産性の伸び悩みが顕著になる。日本もバブル崩壊後「失われた10年」に突入し、高債務と低成長の時代が始まる。
  • 1994年:NAFTA(北米自由貿易協定)発効。特恵関税の重要性が高まり、WITSのデータ収集課題が浮上し始める。
  • 1995年:世界貿易機関(WTO)が設立。国際貿易のルールと関税データの重要性が増す。
  • 2001年:中国がWTOに加盟。グローバル化が加速し、国際的なサプライチェーンが深化。テティ氏がWITSデータの問題として、RTA内の世界輸入量の30%で関税が誤報されたと指摘。
  • 2008年:リーマンショック発生。世界各国が大規模な財政出動を行い、先進国の公的債務がさらに増加。
  • 2010年代:欧州債務危機が勃発。ギリシャなどが財政破綻の危機に瀕し、緊縮財政の是非が国際的な議論の中心に。ローレンス・サマーズらが「長期停滞論」を提唱。
  • 2012年:オレン・キャスがミット・ロムニー米大統領選キャンペーンで経済顧問を務め、生産重視政策に関与。
  • 2016年:アントニオ・ファタスとローレンス・サマーズが「ヒステリシスと財政政策」に関する論文を発表。
  • 2018年:オレン・キャスが主著『かつての未来の労働者(The Once and Future Worker)』を刊行し、「生産中心経済」を提唱。ベニーニョとフォルナロが論文「Stagnation traps」を公表。
  • 2019年:トランプ政権下で「相互関税」論が登場し、正確な関税データの必要性が国際的な貿易政策の喫緊の課題となる。
  • 2020年:COVID-19パンデミック発生。各国政府がさらなる大規模財政出動を実施し、公的債務が歴史的高水準に到達。オレン・キャスが「アメリカン・コンパス」を設立し、改革保守の経済政策を推進。
  • 2021年:オリヴィエ・ブランシャールらがEUの財政ルールの再検討を提唱。
  • 2023年:日銀、異次元金融緩和の修正を開始。日本の公的債務対GDP比が約260%に達し、生産性成長率も年平均0.5%にとどまる(内閣府推計)。
  • 2024年:フェオドラ・テティが論文「Missing tariffs」(CESifo Working Paper版)を発表。
  • 2025年:ルカ・フォルナロ&マーティン・ウルフが論文「財政の停滞(Fiscal Stagnation)」を発表。高債務と低成長のフィードバックループを分析し、「財政停滞」という新概念を提唱。米国でトランプ大統領が2期目を迎え、キャスの関税政策とフォルナロらの成長促進策が経済政策議論の中心となる。フェオドラ・テティが論文「関税の不足(Missing Tariffs)」を発表。WITSデータの欠陥を指摘し、新しい世界関税データベース(GTD)を導入。

14.3 補足3:SNS共有とブックマークのヒント

潜在的読者のためのキャッチーなタイトル案

  • 財政停滞の罠:高債務が招く「成長なき緊縮」の衝撃波
  • 国の借金はなぜ経済成長を殺すのか?新常識「財政停滞」論と日本の未来
  • イタリアの警告、データは語る:高債務国が陥る「財政停滞」の悪循環と脱却への道
  • 見えない経済の病「財政停滞」:データが暴く貿易政策の闇と日本の課題
  • 国家経済の二大危機:高債務ループと関税データ偽装の真実

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国の借金が成長を殺す?新常識「財政停滞」論が登場。高債務が低成長と財政歪みを招く悪循環、日本も注意!脱却には信頼できる成長戦略が不可欠。 #財政停滞 #経済成長 #公的債務

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14.4 補足4:一人ノリツッコミ

「ええか、国の借金が多い言うて、みんなビビっとるやろ?でもな、この論文は、ただ借金多いだけやなくて、その『借金減らそうと頑張る政策』自体が、かえって経済成長を鈍らせて、さらに借金増やしてしまう『財政停滞』っちゅう悪循環に陥るかもしれへん!って言うてるんやで!
――いや、ちょい待てよ!ホンマか?そら、高う税金取ったり、公共投資ケチったりしたら、企業も個人も財布の紐締めるし、新しいことやらんようになるわな。ほんで、生産性も落ちて、景気も良くならへんから、結果的に税収も伸び悩む。そりゃ借金も減らへんわ!まさに、痩せようとして食事制限だけして、体力落ちて運動できひんくなって、結局痩せへんパターンやん!痛いとこ突かれたわ!
ほんでまた、貿易のデータもガバガバやったって言うんか?今までそれで議論してたのは何やったんや?ま、そうやろな。データも人も、完璧なんてないんやで。せやけど、新しいちゃんとしたデータ作ってくれた人がおるんやて?そういう地道な努力が大事なんやな。ホンマ、経済って奥深いわ〜!けど結局、政治がしっかりせんと、絵に描いた餅やんけ!それが一番難しいんちゃうんかい!」

14.5 補足5:大喜利

お題:フォルナロらが提唱する「財政停滞」に陥った国の悲しいあるあるを教えてください。

  • 消費税が20%になってもGDPは伸びず、国民は「税金はどこへ消えた?」と呟くが、誰も答えを知らない。
  • 「未来への投資!」と銘打って建てたハコモノが、完成と同時に廃墟認定される。
  • 政府が「構造改革は成長の鍵!」と叫ぶたび、株価が下がり、国民の平均睡眠時間が延びる。
  • 国際会議で自国の経済状況を説明する際、他の国から「イタリアの再現VTRですか?」と質問される。
  • 若者が「この国に未来はない」と悟り、YouTubeで海外移住のハウツー動画ばかり見始める。
  • 国の借金を減らすために、公共施設のBGMがすべて「悲しいBGM」に統一される。
  • 小学校の社会科見学で「国会図書館」ではなく「国債発行記念館(建設中)」に行くことになる。

お題:この「関税の不足」論文が明らかにした、貿易経済学者の「データが嘘だった」時の気持ちを表現してください。

  • 長年愛用していた地図が、実は縮尺も方位もめちゃくちゃで、目的地とは真逆の山奥にいたことに気づいた冒険家。
  • 自分の研究室が、実は宇宙の真理を解き明かすカギではなく、ただの段ボールハウスだったと知った物理学者。
  • 苦労して組み立てたガンプラが、実は説明書に書かれたパーツが一部欠落してて、完成形がなんか違う…と気づいた時。
  • 「このデータでノーベル賞狙える!」と意気込んでいたが、発表直前にデータがデタラメだと判明し、魂が抜けた顔で呆然とする経済学者。
  • 長年の研究成果を基にした貿易協定案を自信満々で発表した直後、その基礎データが実は小学生の宿題レベルの不正確さだったと知り、顔面蒼白になる政府高官。

14.6 補足6:予測されるネットの反応と反論

なんJ民

コメント:「財政の停滞とかいう厨二病みたいな名前で草生える。要するにジャップランドは終わりってことか?知ってた速報。どうせ増税して終わりやろな。」

反論:確かに悲観的になりがちなテーマですが、この論文は「終わり」という結論ではなく、むしろ「どうすれば停滞から抜け出せるか」の道筋を探っています。感情的な議論ではなく、経済学的なメカニズムに注目し、成長を阻害する財政の歪みをどう解消するかという具体的な課題を提示しています。日本の停滞は論文のフィードバックループ(高債務→低投資→低成長)を反映しており、机上の空論ではなくイタリアの実例に基づくものです。税金増やすだけでは解決しない、という点も論文が指摘しています。

ケンモメン

コメント:「結局、資本家が成長を阻害する税制で儲けたいだけだろ。公共投資削減?緊縮財政?全部、庶民から搾り取って金持ちがさらに肥え太るための口実だよ。どうせトリクルダウンなんて嘘。消費税廃止して需要増やせよ、フォルナロ無視すんな!」

反論:この論文は、むしろ「歪曲税」が投資と成長を阻害し、結果的に経済全体に悪影響を与える可能性を指摘しています。特定の層が儲けるため、というよりは、財政の健全化を目指す過程での政策選択が、意図せず経済全体の生産性を低下させるというメカニズムを分析しています。論文は需要側政策(例:Benigno and Fornaro, 2018)も考慮しており、単なる緊縮を盲目的に推奨しているわけではありません。消費税廃止は短期的な需要増には繋がりますが、生産性向上なくしては長期的な停滞は継続します。

ツイフェミ

コメント:「これだから男社会の経済学はダメ。結局、金と数字の話ばっかりで、ジェンダー平等や多様性への投資が未来の生産性をどう高めるか、みたいな視点は全くない。財政停滞も、女性が経済参画できない社会構造が根本原因では?財政停滞とか言っても、子育て支援や女性の就労支援はどうなるの?」

反論:本論文はマクロ経済学の視点から財政と成長の関係をモデル化しており、特定の社会構造問題に直接言及していません。しかし、「成長促進戦略」の具体的な内容を考える上で、ジェンダー平等や多様性への投資(例:子育て支援、女性の就労支援)が長期的な生産性向上に寄与するという視点は非常に重要であり、今後の研究でこの枠組みに応用できる可能性は十分にあります。生産性向上は賃金上昇を通じて女性労働者にも恩恵をもたらすでしょう。

爆サイ民

コメント:「イタリアの失敗は日本も時間の問題だろ。政治家が無能だからこうなる。俺たちの税金がどこに消えてるか説明しろよ。結局、最後は円の価値が紙くずになって大増税だろ。もう終わりだよこの国。R&D投資とか言っても、地方の工場は人手不足で死んでるぞ。フォルナロの理論、都会のエリート向けだろ」

反論:論文はイタリアの例を挙げつつも、日本が直面するリスクを示唆しています。しかし、「無能な政治家」といった感情論に終始するのではなく、論文が提示するような「財政の歪み」のメカニズムを理解し、どのような政策選択がより良い未来をもたらすかという建設的な議論に繋げることが重要です。R&D投資は、地方経済の再生(例:日本の半導体工場誘致)にも繋がる可能性があり、特定のエリート層だけを対象としたものではありません。人手不足は構造問題であり、別途労働市場改革や移民政策などが必要です。

Reddit (r/Economics)

コメント:"Fornaro’s model is neat but oversimplifies. Debt traps are real, but Italy’s issues are more about labor rigidity than fiscal policy alone. Also, their growth policies are vague. R&D subsidies? Tax cuts? Good luck convincing markets without specifics."

反論:モデルが単純化されているという指摘は妥当で、論文自体も今後の研究課題として外部要因(技術革新、地政学リスク)やインフレ調整メカニズムの統合を挙げています。労働市場の硬直性もイタリアの生産性低下の要因であることは当然ですが、論文は財政政策の歪みという新たな視点を提供しており、相互に作用するものです。成長政策の具体性不足に関しても、論文は「信頼性の確保」という制度的側面を強調しており、具体的な政策は各国の文脈に応じて肉付けされるべきものです。エルメンドルフらの研究(SSRN版)は具体的なR&D効果を補強しています。

HackerNews

コメント:"This reminds me of the 'technical debt' concept in software engineering. Fiscal policy creating 'fiscal debt' that slows down future 'development' (economic growth). The 'trust and commitment' aspect for growth policies is akin to maintaining healthy codebase without accumulating cruft. But are there open-source models or simulations to back this up?"

反論:「テクニカルデット」とのアナロジーは非常に興味深く、財政政策の長期的な影響を直感的に理解するのに役立ちます。現状では、この論文は理論モデルの提示であり、具体的なオープンソースモデルやシミュレーションは言及されていませんが、今後の研究でそのようなツールが開発される可能性は十分にあります。著者の研究室(CREI)ではシミュレーションモデルも開発されており、今後の公開が期待されます。データは著者のウェブサイトで公開されており、利用可能です。

目黒孝二風書評

コメント:「2025年6月2日、フォルナロとウルフ両氏が放った『財政の停滞』は、現代経済学の鈍化した視覚を、新たな『財政的歪み』という光で貫く一撃である。長らく議論されてきた高公的債務の持続可能性論議に、彼らは『生産性向上』という内生的要素をフィードバックループとして接続し、まるで無限地獄の如き『財政停滞』という概念を提示した。しかし、成長促進策の現実性は、依然として深淵な問いとして横たわる。日本の高齢化、そしてオレン・キャスの保護主義との整合性もまた、未解明なままに経済学の未来図に影を落とすだろう。」

反論:深遠な書評ありがとうございます。まさに、この論文が単なる数字の羅列ではなく、経済主体の行動や期待、そして政府の「信頼」といった、より人間的・社会的な要素がマクロ経済に与える影響を浮き彫りにしようとしている点を的確に捉えていただいております。成長促進策の現実性という問いは、まさに本論文が提起する核心的な課題であり、今後の研究で解明されるべきフロンティアです。日本の高齢化やキャス氏の保護主義といった具体的な文脈での適用も、今後の研究で深掘りされるべき重要な論点であり、この論文が提供する理論的枠組みは、そうした複雑な課題に取り組むための強固な基盤となるでしょう。

14.7 補足7:高校生向けクイズと大学生向けレポート課題

高校生向けの4択クイズ

問1:この論文で「財政の停滞」とは、どのような状態を指しますか?

  1. 政府が公共事業を大量に増やし、景気が良くなりすぎる状態。
  2. 税金が非常に安くなり、国債の金利が異常に高くなる状態。
  3. 低い経済成長と、高い税金や少ない公共投資などの「財政の歪み」が長く続く状態。
  4. 国の借金が多すぎて、外国から支援を受けなければならない状態。

正解:c)


問2:論文が指摘する、財政停滞に陥る二つの主なメカニズムは何ですか?

  1. 景気変動と人口減少
  2. ヒステリシス効果と悲観的な動物の精神
  3. 貿易摩擦と自然災害
  4. 技術革新とグローバル化

正解:b)


問3:論文が推奨する財政停滞脱却のための最適な戦略は、主にどのような政策ですか?

  1. 厳格な緊縮財政(政府支出の大幅削減と増税)
  2. 公的債務の無制限な増加を容認する政策
  3. 信頼できる、投資と生産性を促進する成長促進政策
  4. 他国からの経済援助をひたすら待つ政策

正解:c)


問4:フェオドラ・テティ氏の論文が指摘する、従来の国際関税データ(WITS)の主な問題点は何ですか?

  1. データが非常に古く、最新の貿易状況を反映していない。
  2. データが多すぎて、分析するのがとても難しい。
  3. 各国からの自己報告に頼っており、不正確な補間や抜け落ちがあること。
  4. データが自動的に入力されるため、人間がチェックする機会がない。

正解:c)

大学生向けのレポート課題

課題1:財政停滞のモデルと日本の現実
フォルナロとウルフの論文「財政の停滞」で提示された理論モデルを概説し、その主要なメカニズム(財政の歪み、フィードバックループ、ヒステリシス効果、動物の精神)について説明しなさい。その上で、日本の「失われた30年」と呼ばれる長期停滞期における財政状況、生産性推移、そして政府の政策対応を具体的に分析し、フォルナロらのモデルが日本の現実をどの程度説明できるか、またモデルにどのような拡張が必要かを論じなさい。特に、日本の超高齢化社会、労働市場の硬直性、そして異次元金融緩和が財政停滞のダイナミクスに与える影響について考察を含めること。

課題2:データ品質が政策に与える影響
フェオドラ・テティの論文「関税の不足」が明らかにした、国際貿易データ(WITS)の欠陥とその経済分析への影響について説明しなさい。具体的に、どのようなメカニズムでデータが不正確になるのか(偽補間、選択バイアスなど)を詳述し、貿易弾力性推定の歪みについて論じなさい。その上で、データ品質が、政府の貿易政策立案(例:FTA交渉、保護主義への対応)や企業の国際戦略策定にどのような具体的な影響を与えうるかを、日本の事例を交えながら考察しなさい。また、GTDのような新しいデータベースの登場が、今後の国際経済学研究と政策決定プロセスをどのように変革しうるか、あなたの見解を述べなさい。

課題3:経済思想と現代の財政・貿易政策
フリードリヒ・リストの「国民経済学」とオレン・キャスの「生産中心経済」の主要な主張を比較し、それぞれの経済思想が現代の財政・貿易政策(特に保護主義と成長促進策)にどのような影響を与えているかを論じなさい。フォルナロとウルフの「財政の停滞」論文における「成長促進戦略」は、これらの思想とどのように異なり、また部分的に共鳴するのかを分析しなさい。その上で、高債務とグローバル化が進む現代において、リストやキャスの思想が持つ有効性と限界について、あなたの批判的考察を加えなさい。また、現代貨幣理論(MMT)の視点から、財政停滞への脱却策としてどのような議論が考えられるか、そのリスクを含めて考察しなさい。

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