#kvetchなオープンレター:学術の自由を問い直す日文研「屈服」の墓碑銘🗿 #キャンセルカルチャー #学術の自由 #呉座事件 #王13 #1977小宮友根のオープンレター_令和日本史ざっくり解説

kvetchなオープンレター:学術の自由を問い直す日文研「屈服」の墓碑銘🗿 #キャンセルカルチャー #学術の自由 #呉座事件

――鍵垢のパンドラが解き放ちし、2021年学術界の激震とその先のレジリエンス

要約:何が起きたのか?

2021年春、歴史学者である呉座勇一氏の非公開SNSアカウントでの発言が外部に流出し、大きな炎上を巻き起こしました。この「鍵垢炎上」は、やがて「女性差別的な文化を脱するために」と題されたオープンレター運動へと発展し、1,300名を超える署名が集まる事態となります。その結果、呉座氏が内定していた国際日本文化研究センター(日文研)准教授への昇任は取り消され、研究者としてのキャリアは一時中断を余儀なくされました。本稿は、この一連の出来事を「日本のキャンセルカルチャー元年」と位置づけ、事件の背景、学術機関の対応、そしてその後の社会への影響を多角的に分析し、学問の自由と表現の責任という現代社会が抱える喫緊の課題にkvetch(ユダヤ的愚痴)の視点から深く切り込みます。

事件は法的闘争へと発展しましたが、2023年には呉座氏と人間文化研究機構との間で労働訴訟の和解が成立し、日文研への助教としての復帰が決定しました。また、オープンレターの差出人らに対する名誉毀損訴訟も和解に至り、「オープンレターが呉座氏を『歴史修正主義者』と断定するものではない」との確認がなされました。しかし、この和解が「真の解決」を意味するのか、あるいは「学術界の脆弱性」を露呈したに過ぎないのか、その問いは今も私たちに重くのしかかっています。本稿では、これらの経緯を詳らかにし、読者の皆様に「一体何が正しかったのか」を考えるための材料を提供することを目指します。 🔍⚖️🧐


本書の目的と構成

なぜこの「屈服」を記録する必要があるのでしょうか? それは、キャンセルカルチャーが学術界に与える影響の深刻さを直視し、将来の同様の事態を防ぐための学術的な記録を残す必要があるからです。本稿は、単なる事件の顛末を追うだけでなく、その背後にある構造的な問題、すなわちSNS時代の言論空間、学術機関の意思決定プロセス、そして「正義」の名の下に行われる集団的圧力のメカニズムを批判的に検証します。これを、ユダヤ的伝統に根差した「kvetch(クヴェッチ)」、つまり単なる不平不満に終わらず、深く考え抜かれた愚痴や批判的検証のスタンスで臨みます。感情的な側面も踏まえつつ、論理的な分析を交錯させることで、より多角的で奥行きのある理解を試みます。

本書の構成は以下の通りです。第一部では、事件の発生からオープンレター、そして日文研の処分に至るまでの経緯を詳細に分析します。第二部では、事件が提起した学術の自由、表現の責任、キャンセルカルチャーといった論争の構造を深掘りし、日本社会全体への影響と歴史的位置づけを考察します。そして、補足資料では、詳細な年表、用語索引、推薦図書などを提供し、読者の理解を深めるための多角的な視点を提供します。最終的には、この複雑な問題に対する具体的な解決策や、学術界が未来に向けて進むべき方向性を提言します。読者の皆様が、この一連の出来事から何を学び、何を問い直すのか。その思索の一助となることを願っています。

📝✨📚


登場人物紹介

本件を理解する上で重要な主要な登場人物と組織をご紹介します。彼らの立場と、本件における役割を把握することで、多角的な視点から事件を考察する手助けとなるでしょう。

呉座 勇一氏 (Goza Yuichi)

歴史学者。専門は日本中世史。ベストセラー『応仁の乱』などで知られる気鋭の研究者。事件当時は国際日本文化研究センター(日文研)のテニュアトラック助教。鍵付きSNSアカウントでの私的な発言が外部に流出し、一連の騒動の発端となりました。2025年現在、45歳前後。2023年11月には日文研助教に復職を果たしています。 researchmap.jp/goza[[1](https://www.google.com/url?sa=E&q=https%3A%2F%2Fvertexaisearch.cloud.google.com%2Fgrounding-api-redirect%2FAUZIYQE-S10WgdMOD9z3noxQhxQQLXGYkYLPWo8ZJwtW8zj6W9MLaZHS9LTLz6xS731ELjJPwQRhM-1FK8I7nn69YEVCMw1T-eECamNce5MXj-zQZJhCc3DNjo59_PeNM30Wi4UkJi-1M2VbFXNHZ9OvfeqfD-XPKHruZ1rErlUv2tZ0cZCjZyG8MX8mYQW_nDNNnE3ACO_ISNWo99e0vkVGNN16)][[2](https://www.google.com/url?sa=E&q=https%3A%2F%2Fvertexaisearch.cloud.google.com%2Fgrounding-api-redirect%2FAUZIYQEiJnU4dHkZ6hhEQkTLkczTwZiFgh3rLgMuXLonPO0MbzWEfS8OV8lvaBk5bHqTM70KlrbTsWHqqv9wbmq4Iqp4SLKEnc5cOuxW9yETMe-iae2MjJOBipu8j-kgNMwbIT7wrWkm)][[3](https://www.google.com/url?sa=E&q=https%3A%2F%2Fvertexaisearch.cloud.google.com%2Fgrounding-api-redirect%2FAUZIYQFtm6UHBENxZJeIjh560KYlmRsnsI22L5RY1diTkmDHZcwymlubte21n9n0Mg7AsFessq5oI4d5qZIMwfQYLHJwInfk0NKiSDrb-jsyCc7CNA1THR36TNQZP-gMQ75qOo6yKdGIwBeU5UDQqSZfkg%3D%3D)]

国際日本文化研究センター(日文研) (International Research Center for Japanese Studies / Nichibunken)

日本の文化に関する国際的な総合研究を推進する大学共同利用機関法人人間文化研究機構に属する研究機関。本件では、呉座氏の昇任取り消しと懲戒処分を決定した当事者として、そのガバナンスと学術の自由への対応が問われることとなりました。その対応は「外部圧力に屈した」と評価されることもありました。 nichibun.ac.jp

隠岐 さや香氏 (Oki Sayaka)

名古屋大学大学院教授。専門は科学史。オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」の発起人の一人。学術界におけるジェンダー不平等の問題提起に積極的であり、本件ではオープンレター側の主要な論者の一人として活動しました。2025年現在、50代前半。 researchmap.jp/okisayaka

北村 紗衣氏 (Kitamura Sae)

武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。専門は英文学、フェミニスト批評。呉座氏の鍵垢での発言の主要なターゲットとされており、この問題が公になるきっかけを作りました。彼女のSNSでの発信力と影響力は本件においても大きなものでした。2025年現在、40代前半。 researchmap.jp/kitamurasae

清水 晶子氏 (Shimizu Akiko)

東京大学大学院総合文化研究科教授。専門はフェミニズム、クィア理論。オープンレターの署名者の一人であり、フェミニズムの立場から本件に対して発言を行いました。2025年現在、50代後半。 www.c.u-tokyo.ac.jp/info/faculty/departments/gs/faculty/shimizu-akiko/

加藤 陽子氏 (Kato Yoko)

東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は日本近現代史。オープンレターの署名者の一人として名前が挙げられていました。歴史学の分野における著名な研究者であり、その署名が持つ意味も議論の対象となりました。2025年現在、60代前半。 www.l.u-tokyo.ac.jp/faculties/history/prof_kato.html

三木 那由他氏 (Miki Nayuta)

大阪大学大学院文学研究科講師。専門は哲学(言語哲学、会話理論)。オープンレターの発起人の一人。本件を機に、SNSやメディアでの発信機会が増加し、その影響力も注目されました。2025年現在、40歳前後。 researchmap.jp/mikisayaka

勁草書房編集者(関戸 詳子氏・橋本 晶子氏)

学術書を多数出版する勁草書房の編集者。オープンレターの署名者として名前が挙がっており、自社著者が関連する問題での編集者の行動が、出版倫理の観点からも議論を呼びました。

SNS世論(擬人化)

匿名の個人からインフルエンサーまで、事件の火種を大きくし、議論を拡散させたインターネット上の集合的な意見。瞬時にして個人を断罪し、学術機関に圧力をかける強力な力を持つ一方で、その公正性や責任の所在は曖昧になりがちです。


目次


第一部:正義の剣と象牙の塔の崩壊(事件の分析と背景)⚔️🏛️💥

第1章:鍵垢のパンドラとデジタルの私刑 🗝️👿

2021年3月、日本中世史研究の第一人者である呉座勇一氏の鍵付きTwitterアカウントでの発言が、突如として世間の目に晒されました。この「鍵垢(かぎあか)」、つまり承認されたフォロワーしか閲覧できないはずの私的空間でのつぶやきが、いかにして「パンドラの箱」と化し、その中から数々の禍が飛び出したのか。そして、それがなぜ「デジタルの私刑」とも呼ばれるほどの集団的非難へとエスカレートしていったのか。本章では、その震源地から発せられた波紋を追っていきます。

1.1 騒動の震源地:2021年3月のSNS炎上 🔥

呉座氏の鍵垢での発言は、主に特定の女性研究者(北村紗衣氏)への揶揄や、フェミニズム的言動に対する批判、あるいは学術界の動向に対する私的な「毒舌」が含まれていました。これらの発言は、本来であれば限られた「内輪」でのやり取りとして消費されるはずのものでした。しかし、何者かによってスクリーンショットが外部に流出し、公開アカウントで拡散されたことで、事態は一変します。匿名の批判者たちは、これらの発言を「女性差別」「ミソジニー」として厳しく糾弾し、瞬く間にインターネット上で大炎上を巻き起こしました。

ここで問い直すべきは、「鍵垢は私的空間か?」という根本的な問いです。多くのSNSユーザーは、鍵垢を「プライベートな場」と認識し、本音や冗談を交わす空間として利用しています。しかし、その「内輪」の定義は曖昧であり、SNSの特性上、一度発信された情報は容易に外部に流出するリスクを常に孕んでいます。研究者という公的な立場にある人物の発言は、たとえ私的な空間と認識されていても、その専門性や権威性が伴う以上、一般的な「遊び」の言動とは異なる影響力を持ちうることが露呈したのです。この事件は、SNSにおける「遊び」の文化が、現代の倫理観やデジタル空間の特性と衝突し、破綻をきたした象徴的な出来事だったと言えるでしょう。

【キークエスチョン】研究者のSNS利用において、「私的領域」の境界線はどこにあるのでしょうか? また、その境界線は、デジタル時代においてどのように再定義されるべきだと考えますか?

コラム:SNSという名の魔窟

私自身、普段からSNSは使っていますが、鍵垢は持っていません。いや、持っていたとしても、鍵付きだからと油断して、つい本音をぶちまけてしまうかもしれませんね。だって、人は誰しも、ガス抜きが必要じゃないですか。信頼できる仲間との「秘密の会話」のつもりでも、スクリーンショット一枚で世界中に晒される。その恐怖を考えると、SNSって本当に「魔窟」だなと思います。でも、だからといって、そこで本音を言わないことが正解なのか? それもまた、息苦しい社会のような気がするのです。バランスって、本当に難しいですよね。


1.2 擬人化された「オープンレター」の系譜と特性 📝

呉座氏の鍵垢発言を受けて、2021年4月6日、複数の研究者・文化人からなるグループによって「女性差別的な文化を脱するために」と題されたオープンレター(公開書簡)が発表されました。このオープンレターはインターネット上で署名を募り、最終的には1,300名を超える賛同者を集めることになります[^1]。その内容は、呉座氏の具体的な発言を引用しつつ、学術界に蔓延する女性差別的な文化そのものに警鐘を鳴らし、変革を求めるものでした[^2]

歴史を振り返れば、ルターの95ヶ条の論題から、近代市民社会における請願活動、そして現代のハッシュタグ運動に至るまで、オープンレターは常に、権力への異議申し立てや社会変革を求める「声の可視化」の手段として機能してきました。しかし、呉座氏のケースでは、この署名運動が「集団ヒステリー」のメカニズムを帯びていたのではないか、という批判も根強く存在します。署名者の中には、詳細な事実確認をせず、あるいは公開アカウントで拡散された情報のみを鵜呑みにして署名した者もいたと指摘されています。署名の判断基準はどこにあったのか?「正義」の名の下に、個人のキャリアを左右するような集団的行動が、本当に公正な手続きと深い思慮の上で行われたのか、という疑問が投げかけられました。

オープンレターは、弱者の声を届け、社会に問題提起をする有効な手段となりえます。しかし同時に、その「数の力」は、時として冷静な議論を阻害し、特定個人への「集団リンチ」と化す危険性も孕んでいます。本件では、当初は「女性差別批判」として正当性を主張されたオープンレターが、その運用の過程で「個人攻撃」に堕したのではないか、という疑念が拭えませんでした。手段としてのオープンレターが持つ功罪を、私たちは改めて検証する必要があるでしょう。

【キークエスチョン】オープンレターは、弱者の声を届ける正当な手段だったのでしょうか、それとも「数の暴力」によるリンチに転じてしまったのでしょうか?その境界線はどこにあるべきだと思いますか?

コラム:あの時の「正義」はどこへ?

私も社会問題に関心があるので、署名活動などを見た時には、思わず賛同したくなることがあります。しかし、この事件を詳しく知るにつれて、「あの時の自分は、本当に深く考えていたのか?」と、胸に手を当ててしまいました。大勢が同じ方向を向いていると、それが「正しい」と錯覚してしまいがちですよね。あのオープンレターに署名した方々も、きっとそれぞれに「正義」があったはず。でも、その正義が、一人の人間の人生にどれほどの重さで伸し掛かるのか、どこまで想像できていたのでしょうか。考えるほどに、SNSのタイムラインを流れる「正義」の危うさを感じずにはいられません。


1.3 「女性差別」と「歴史修正主義」という二重のレッテル 🏷️

呉座氏に対する批判は、「女性差別」に留まらず、一部では「歴史修正主義者」というレッテルまで貼られる事態に発展しました。これは、倫理的な批判と学術的な批判が危険な形で結合した典型例と言えるでしょう。ミソジニー(女性嫌悪)批判は、個人の言動の倫理的な問題点を指摘するものであり、その重要性は疑う余地がありません。しかし、それを「歴史学者としての適格性」という学術的な領域にまで拡張し、「歴史修正主義者」と断定することは、学術的な議論の場を著しく歪める可能性を秘めています。

「歴史修正主義」という言葉は、本来、歴史的事実を歪曲したり否定したりする行為を指し、特にホロコースト否定論など、人権問題に直結する極めて重大な学術的タブーとされています。呉座氏の鍵垢での発言に、そうした「歴史修正主義」に該当する具体的な内容があったのかどうかは、明確には示されていませんでした。それにもかかわらず、このレッテルが安易に使用されたことは、一種の「学術的死刑宣告」として機能し、呉座氏の学術的な発言権や存在意義そのものを否定しようとする意図があったと解釈されかねません。

しかし、この「二重のレッテル」は、後の司法の場でその根拠を失います。オープンレターの差出人らに対する名誉毀損訴訟の和解において、オープンレターが呉座氏を「歴史修正主義者」と断定するものではないとの確認が得られたことは、重要な意味を持ちます[^3]。 これは、法廷という冷静な場で、「歴史修正主義者」というレッテルが、この事件においては安易に貼られたものであった可能性を示唆しています。この出来事は、「学術的な議論を封じるための武器」として、安易なレッテル貼りが機能してしまわないか、という問いを私たちに突きつけます。

【キークエスチョン】「歴史修正主義者」というレッテルは、学術的な議論を封じるための武器として機能しなかったか?また、倫理的批判と学術的批判が混同されることで、どのような危険が生じると考えますか?

コラム:言葉の刃は諸刃の剣

「言葉は刃物にもなる」とはよく言いますが、特にインターネットでは、その切れ味はさらに増しますね。「歴史修正主義者」なんてレッテルを貼られたら、もう学術の世界では生きていけないに等しい。そんな重い言葉を、果たして私たちは本当に慎重に使えているのでしょうか。もし、その言葉がただの「批判の武器」として使われているだけだとしたら、それはもう、学問の健全な発展を阻害する行為に他なりません。言葉を選ぶ責任、その重さを改めて痛感させられます。


第2章:日文研はなぜ、そして何に屈したのか 🏯📉

呉座勇一氏の鍵垢炎上とオープンレターの提出という外部からの圧力に対し、国際日本文化研究センター(日文研)はどのような判断を下したのでしょうか。本章では、当初内定していた准教授への昇任取り消しと、その後の懲戒処分、そして法的闘争の顛末を通して、日文研が何に「屈した」のか、その組織防衛の論理と、学術機関としての責任のあり方を深く掘り下げていきます。

2.1 昇任取り消しの内幕とプロセス 🚫

呉座氏は2021年1月には、日文研で任期なし(テニュア)の准教授に昇任する内定通知を受けていました。しかし、同年3月のSNS炎上を受け、日文研は8月にこの准教授への昇任を取り消す決定を下します。さらに9月には、上位機関である人間文化研究機構から停職1ヶ月の懲戒処分が科せられ、呉座氏は助教から機関研究員へと身分が変更されました[^4]

この一連の決定プロセスは、極めて不透明であったと批判されています。呉座氏側は、内規に存在しない「再審査」が行われ、懲戒審査委員会すら組織されなかったと主張しています。外部からの批判電話やメールが殺到する中で、日文研は「パニックによる損切り」に走ったのではないか、という見方も存在します。つまり、学術の自由や個人の権利を守るよりも、世間体や組織のレピュテーション(評判)を優先する「組織防衛の論理」が働いた可能性が指摘されるのです。

学術機関にとって最も重要なのは、研究の自由と独立性を保障することです。そのためには、「アカデミック・デュー・プロセス」、すなわち適正な手続きと客観的な事実認定に基づいた意思決定が不可欠です。しかし、日文研の対応には、このデュー・プロセスが欠如していたとの批判が相次ぎました。外部からの批判圧力に対し、冷静な調査と公正な判断を行うことなく、拙速な「排除」を選択したとすれば、それは学術機関として守るべき最も大切なものを捨てたに等しい行為だったと言えるでしょう。

【キークエスチョン】日文研は「グローバルなポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)」に怯えたのでしょうか、それとも「国内世論」に恐れをなしたのでしょうか? 学術機関が外部圧力に直面した際、どのような基準で「屈服」と「抵抗」の選択を行うべきでしょうか?

コラム:組織の「保身」と学問の「矜持」

組織って、何か問題が起きると、まず「どうやって火消しをするか」に走りがちですよね。特に学術機関のような場所は、世間から「象牙の塔」と見られがちで、炎上するとその風当たりは一層強くなる。日文研の当時の状況を想像すると、きっと批判の電話やメールが鳴り止まなかったのでしょう。そんな中で、組織の存続をかけた「保身」に走る気持ちも分からなくはありません。でも、学問の自由という、組織が最も大切にすべき「矜持(きょうじ)」をどこまで守れたのか。その問いは、今も重く残ります。私だったら、どう判断しただろうか、と考えさせられますね。


2.2 キャンセルカルチャーの犠牲か、自業自得か ⚖️🤷‍♀️

呉座氏を巡る騒動は、まさにキャンセルカルチャーの典型例として語られることになります。彼のSNS発言を「遊び」と見なすか、「職業倫理に反する不適切な言動」と見なすかによって、事件の評価は大きく分かれます。一方では、私的な空間での発言が過剰に断罪され、キャリアを奪われた「キャンセルカルチャーの犠牲者」と捉える見方があります。他方では、公的な影響力を持つ研究者が、差別的・不適切な言動を繰り返した結果であり、「自業自得」であるという批判も存在します。この対立は、SNS時代における表現の自由と責任の境界線を巡る、現代社会の根本的な問いを浮き彫りにしています。

事件は、最終的に法廷闘争へと発展しました。呉座氏は、日文研の上位機関である人間文化研究機構に対し、准教授への昇任取り消しと懲戒処分の撤回を求める地位確認訴訟を提起します。そして、オープンレターの差出人らに対しては、名誉毀損に基づく損害賠償請求訴訟を起こしました。2023年9月、これら二つの訴訟は相次いで和解という静かな結末を迎えます。労働訴訟では呉座氏の日文研助教への復職と、一定期間内の准教授昇任の合意がなされました[^5]。 名誉毀損訴訟では、呉座氏側がオープンレターが名誉毀損に当たるとの主張を撤回し、オープンレターが呉座氏を「歴史修正主義者」と断定するものではないとの確認がなされました[^6]

この和解は、司法の場が「正義」の限界を示したとも言えるでしょう。法廷は、どちらか一方を完全に「勝利者」とする判決を下すのではなく、当事者間の合意による解決を促しました。しかし、この結末をもってしても、騒動が残した「デジタル・タトゥー」は消えることはありません。インターネット上に一度刻まれた情報やイメージは半永久的に残り、研究者生命に影響を与え続ける現実を、私たちは直視する必要があります。これは、国際的なキャンセルカルチャーの典型例とされるティム・ハント事件(ノーベル賞受賞者が女性差別的な発言で職を追われた事例)とも比較され、研究者にとってSNSでの言動がいかにリスクを伴うかを示唆しています。

【キークエスチョン】呉座氏のSNS発言を「遊び」と見なす文化は、現代の学術倫理にどう適合しないのでしょうか? また、和解という結末は、この事件の「真の解決」を意味するのでしょうか、それとも新たな問題を提起しているのでしょうか?

コラム:デジタルタトゥーの痛み

もし私がSNSで大炎上したら、きっとしばらくはネットを見るのも嫌になるでしょうね。いや、一生見たくなくなるかもしれない。だって、一度デジタル空間に刻まれた情報は、どんなに謝罪しても、どんなに時間Fが経っても、検索すればすぐに出てきてしまうんですから。まさに「デジタル・タトゥー」。後悔しても消えない。この事件は、そんなデジタルタトゥーの怖さをまざまざと見せつけました。SNSを使う全ての人が、この怖さをもっと自覚するべきだと思います。私も含めて、です。


2.3 日本への影響と歴史的位置づけ 🇯🇵🕰️

呉座・日文研事件は、日本の学術界、ひいては社会全体に大きな影響を与えました。この事件は、多くの若手研究者にSNSでの発言を控えるよう促し、学術的な言論空間に「萎縮効果」をもたらしたと言われています。批判を恐れて、踏み込んだ発言や多角的な視点からの議論がしにくくなることは、学問の健全な発展にとって大きな損失です。また、この事件はジェンダー・ポリティクスが、時に「排他的リンチ」へと転化する危険性を露呈した教訓としても語られています。正当な女性差別批判が、特定の個人への攻撃へと変質していく過程は、ジェンダー平等を求める本来の目的を損なう可能性をはらんでいました。

多くの識者が、この2021年を「日本のキャンセルカルチャー元年」と位置づけています[^7]。 東京オリンピック関連での著名人の辞任問題や、その他のSNS炎上事例と並び、学術界で起こったこの事件は、日本の社会が多様な価値観と表現の自由の間でいかにバランスを取るべきかという、新たな課題を突きつけたのです。SNSの普及により、誰もが「声」を持てるようになった現代において、その声が持つ影響力と責任の重さを、改めて社会全体で考える契機となりました。

この事件はまた、同時期に問題となっていた「日本学術会議任命拒否問題」とも相似形をなすと指摘されることがあります。いずれも、外部からの圧力によって学術機関の独立性や人事の透明性が揺さぶられたという点で共通しています。学術機関が、世論や政治的圧力に対し、どこまでその独立性を守り抜けるのか。呉座事件は、その脆弱性を浮き彫りにした、日本の学術史における重要な転換点として記憶されるべきでしょう。

【キークエスチョン】この事件は「フェミニズムの勝利」だったのでしょうか、それとも「学術の敗北」だったのでしょうか? そのどちらでもないとしたら、この事件は何を私たちに突きつけ、何を教訓として残したのでしょうか?

コラム:学術界の「空気」は重くなったか?

事件後、若手の研究者たちがSNSでの発言に臆病になった、という話を耳にしました。私も、ちょっとした発言が思わぬ炎上を招かないか、と気を使うことが増えたように思います。かつてはもっと自由に、闊達に議論が交わされていた「学術の場」が、この事件を境に、どこか重苦しい空気に包まれてしまったような。これは、学問の発展にとって本当に良いことなのでしょうか。風通しの良い議論が失われることは、長期的には社会全体の知的な活力を奪うことにもつながりかねません。私たちは、この「重くなった空気」をどうやって変えていけば良いのでしょうね。


第二部:論争の構造と未来への提言(多角的な視点)🌐💡

第3章:Kvetch(不満)の行方と批判的視点 🗣️🔍

呉座・日文研事件は、多くの人々にとって「何が正しかったのか」という疑問を投げかけました。本章では、オープンレターの賛同者たちの動機を深掘りし、学問の独立性を守るための具体的な提言、そして今後望まれる研究の方向性について、Kvetch(ユダヤ的愚痴)の精神で徹底的に批判的視点から考察していきます。

3.1 賛同者の所属と動機分析 🤔

オープンレターに署名した1,300名を超える賛同者の中には、社会学、ジェンダー論、文学研究など、多様な分野の学者が含まれていました。彼らの多くは、学術界における長年のジェンダー不平等やハラスメント問題に対し、強い問題意識を抱いていたと考えられます。しかし、その動機は一枚岩ではありませんでした。一部には、SNSの「正義中毒」に陥り、集団的な糾弾に加わることで自己の正当性を確認しようとするタイプもいたかもしれません。また、学術界における自身の「身分不安」から、多数派の意見に同調することで、自身の立場を確立しようとした者もいた可能性も否定できません。

特に注目すべきは、勁草書房の編集者(関戸詳子氏、橋本晶子氏)が署名者リストに名を連ねていたことです。学術書の版元が、自社の著者を巡る問題で、特定の批判運動に加担することは、出版倫理の観点から大きな疑問を呈されました。出版社は、著者の表現の自由を擁護し、多様な学術的言論の場を提供することが使命であるはずです。それが、結果的に自社の著者に対する「排除」の動きを後押ししたとすれば、その動機には何があったのでしょうか?「自社著者を切り捨てた」と見られかねない行動は、単なる「正義」だけでは説明できない複雑な心理地図を示唆しています。

この事件に関して、高井ゆと里氏が指摘した「研究者一人クビにする自覚」という言葉は重く響きます。署名者たちは、自身の行動が、一人の研究者のキャリアを終わらせる具体的な結果につながることを、どれだけ真剣に想像していたのでしょうか?彼らの「正義」が、結果的に誰かの「不利益」に直結するという想像力の欠如は、集団行動の持つ危険性を改めて浮き彫りにしました。

【キークエスチョン】オープンレターの署名者たちは、自身の行動が、研究者一人のキャリアを終わらせる具体的な結果につながることをどれだけ真剣に想像していたのでしょうか?彼らの「正義の味方」という誘惑の裏に潜む、集団心理のメカニズムをどう読み解きますか?

コラム:正義の誘惑は甘い蜜🍯

「自分は正しい」という確信ほど、人を盲目にするものはないかもしれません。特に、大勢で「正しいこと」をしていると感じている時、その熱狂は周囲が見えなくなりがちです。私も若い頃は、何かを「正す」ことに燃えていた時期がありました。でも、その「正しさ」が、本当に誰かのためになっているのか、誰かを傷つけていないか、という視点が抜け落ちていたような気がします。正義の誘惑は、時に甘い蜜のように感じられますが、その後に残る苦い後味を、この事件は教えてくれました。


3.2 学問の独立性を守るための提言 🛡️🏛️

呉座・日文研事件は、学術機関が外部からの圧力に際して、いかに学問の独立性を守り抜くべきかという喫緊の課題を突きつけました。次に同じような事件が起きた場合、私たちはどうすれば防ぐことができるのでしょうか?具体的な改革案を提案します。

3.2.1 防波堤としての「アカデミック・デュー・プロセス」の徹底

学術機関は、ハラスメントや不適切な言動に関する申し立てがあった場合、感情的な反応や世論に流されることなく、適正な手続き(アカデミック・デュー・プロセス)を徹底する義務があります。具体的には、独立した第三者機関による事実認定、冷却期間の設置、そして透明性のある調査委員会の設置を義務化するべきです。これにより、組織防衛のための拙速な判断や、外部圧力による不当な排斥を防ぐことができます。

3.2.2 倫理規定の明確化:「研究不正」と「私的非行」の分離

研究者の倫理規定を明確にし、「研究不正」(データ捏造、盗用など)と「私的非行」(SNSでの不適切発言など)の基準を明確に分離することが重要です。私的非行が、直接的に研究活動の適格性に影響を与えるか否かは、慎重に判断されるべきであり、安易に研究者生命を奪うような処分を下すべきではありません。個人の言動に対する批判は、学術的評価とは別の次元で扱われるべきであり、そのための明確なガイドラインが必要です。

3.2.3 「反キャンセル」言論プラットフォームの設計

一方的な断罪や集団的攻撃に対抗するための、新たな対話型批判プラットフォームの設計も検討されるべきです。これは、単なる「擁護」の場ではなく、異なる意見を持つ者同士が、敬意を持って建設的な議論を行えるような中立的な空間を指します。学術界自身が、多様な意見を尊重し、対話を通じて問題を解決しようとする姿勢を示すことが、キャンセルカルチャーの負の側面を乗り越える鍵となるでしょう。

【キークエスチョン】日文研のような機関が外部圧力に「屈する」場合、学術の独立性はどう守られるべきなのでしょうか?具体的な改革案を提案してください。

コラム:もしあの時、冷静な議論の場があったなら…

この事件を振り返るたびに、「もし、あの時、もっと冷静に話し合える場所があったなら…」と考えずにはいられません。感情的な批判の応酬ではなく、第三者が介入して、双方の言い分を聞き、事実を確認するプロセスがあれば、ここまでこじれることはなかったかもしれない。でも、それができないのが人間社会の難しいところであり、SNS時代の悲しい現実でもあります。だからこそ、意識的にそうした「場」を作ろうと努力することが、私たちに求められているのだと思います。


3.3 今後望まれる研究 🔬🌐

呉座・日文研事件は、現代社会、特に学術界が直面する新たな課題を浮き彫りにしました。この複雑な問題を深く理解し、未来に向けた解決策を模索するためには、さらなる学術研究が不可欠です。

3.3.1 デジタル・タトゥー時代の研究倫理とSNS利用ガイドライン

研究者は、自身の発言が「デジタル・タトゥー」として半永久的に残り、キャリアに影響を与えうるという現実を強く認識する必要があります。これを受けて、大学や学術機関は、SNS利用に関する具体的なガイドラインを策定し、研究者に対する倫理教育を強化すべきです。どのような発言が「公的な言動」と見なされるのか、私的アカウントと公的アカウントの線引き、炎上時の対応策など、具体的な事例を交えながら教育を行うことが求められます。この分野における社会学、情報倫理学、法学からの多角的な研究が不可欠となるでしょう。

3.3.2 「反キャンセルカルチャー」論の論理的検証

キャンセルカルチャーに対する批判は、しばしば感情的な反発として語られがちです。しかし、真に建設的な議論を進めるためには、「反キャンセルカルチャー」論そのものも、論理的に検証される必要があります。この現象が、学術の自由や表現の多様性を実際にどのように侵害しているのか、具体的な事例分析に基づき、感情論ではない批判の枠組みを構築する研究が求められます。これは、言論の自由の原理、公共圏のあり方、そして社会運動の有効性と限界を問う、哲学、政治学、社会学の重要なテーマとなります。

これらの研究を通じて、私たちは呉座・日文研事件を単なる過去の出来事としてではなく、未来の学術界と社会がより健全な言論空間を築くための貴重な教訓として活かしていくことができるでしょう。それは、Kvetch(愚痴)から生まれるレジリエンス(回復力)への道筋を示すものとなるはずです。


第4章:結論といくつかの解決策 🏁✨

呉座・日文研事件は、日本の学術界に深く刻まれた傷跡であり、キャンセルカルチャーと学術の自由が衝突した象徴的な出来事でした。本章では、この騒動から導かれる結論と、未来に向けた具体的な解決策を提示し、読者の皆様にこの事件をどのように記憶し、次へと繋げていくべきかを問いかけます。

4.1 騒動の結論(といくつかの解決策)🔚💡

この騒動が突きつけた最も痛ましい結論の一つは、「知性の多様性という敗北」です。卓越した研究業績を持つ呉座氏のような研究者が、SNSでの不適切な発言によって、そのキャリアを大きく揺るがされ、一時的にではあるものの「排除」されたことは、学術界が「品行方正な優等生」ばかりを求める世界へと傾きつつあることへの警鐘と言えるでしょう。学問は、多様な個性や思想、時には常識に反するような視点からこそ、新たな発見や発展が生まれるはずです。しかし、この事件は、そうした多様な知性をリスクとして捉え、管理・排除しようとする傾向を加速させてしまった可能性があります。

この状況を打開するための解決策は、「対話」と「文脈」の回復にあります。安易なレッテル貼りをやめ、相手の発言の真意や背景にある文脈を理解しようと努めること。そして、対立する意見を持つ者同士が、感情的にならず、論理に基づいた建設的な対話を行うための場と機会を設けることです。学術機関は、そうした対話の場を積極的に提供し、研究者間のコミュニケーションを促進する役割を果たすべきです。また、問題が発生した際には、一方的な断罪ではなく、公正な調査と当事者双方の意見を尊重した解決を目指す「独立審査委員会」の設置が不可欠です。さらに、学問の自由と研究者の権利を明確に保障する「学術自由憲章」を制定し、国際的な基準(例:UNESCO基準)に準拠した形で、外部圧力に対する防波堤を築くことも重要です。

そして、毎年4月6日(オープンレター公開日)を「反省と対話の日」と位置づけ、この事件が提起した問題を繰り返し議論し、学術界と社会が常に自らを問い直す機会とすることも提案します。この「正義の屍」に花を供し、二度と同じ過ちを繰り返さないために、私たちは学び続ける責任があるのです。

4.2 疑問点・多角的視点(読者への問いかけ)🤔❓

この騒動の火種は、本当に「ミソジニー」だけだったのでしょうか、それとも「歴史修正主義」というレッテルが本質だったのでしょうか? あるいは、日文研という「組織の脆弱性」こそが、事件をここまで拡大させた根本原因だったのかもしれません。

もし呉座氏が「歴史学者」ではなく、政治的にニュートラルな専門分野の研究者(例えば、純粋数学者や物理学者)だったら、結末は変わっていたでしょうか? その場合、社会の反応や学術機関の対応は、どのように異なっていたと想像しますか?

私たちはこの事件を、単なる個人の過ちとして記憶すべきでしょうか、それとも、SNS時代における言論の自由、学術機関のガバナンス、そしてキャンセルカルチャーの是非を問い直す、普遍的な教訓として捉えるべきでしょうか。このKvetch(愚痴)の記録を、あなたはこの事件をどう記憶したいですか?

4.3 免責事項 ⚠️

本書の論調は、著者の多角的な見解と批判的分析に基づいています。特定の個人や団体を不当に断罪することを目的とするものではなく、むしろ、この複雑な事件が提起した問いを深掘りし、読者の皆様が自らの判断を形成するための材料を提供することを目指しています。本書はフィクションではありませんが、Kvetch(ユダヤ的愚痴)という視点を通して、感情と論理の交錯する人間ドラマとしてこの事件を捉え直しています。

4.4 謝辞 🙏

この複雑な事件に対し、批判的議論に参加し、あるいは沈黙を選んだ全ての人々へ、心からの感謝を捧げます。あなたの発言、あなたの沈黙、そしてあなたの存在そのものが、この出来事の多層性を形作り、私たちに多くの問いを投げかけました。この記録が、未来においてより建設的な対話と理解が生まれるための一助となることを願ってやみません。


補足資料 📚🔖

年表:呉座・日文研事件完全クロノロジー(2019~2025年) 🗓️

本件を時系列で整理することで、事件の全体像と各段階での重要性を明確に把握することができます。

日付 出来事 詳細・補足
2019年12月 呉座氏、鍵垢(非公開Twitterアカウント)での私的発言を開始 主に学術界、特定の女性研究者、フェミニズムに対する揶揄や批判的な発言
2021年1月12日 日文研、呉座氏に准教授への昇任(テニュア付与)を通知 同年10月1日付での昇任内定
2021年3月13日 呉座氏の鍵垢発言のスクリーンショットが外部に流出、SNSで炎上 主に北村紗衣氏に対する揶揄が含まれる
2021年3月15日 呉座氏、Twitterにて謝罪ツイート(複数回) 一連の不適切発言に対する謝罪と反省の意を表明
2021年4月6日 オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」公開 複数の研究者・文化人が発起人となり、インターネットで署名を募集。呉座氏の言動を批判し、女性差別的な文化の変革を求める
2021年4月9日 日文研、井上章一所長名で謝罪コメントを発表 外部からの批判に対し、組織としての対応を表明
2021年4月13日 日文研、呉座氏の准教授内定取消を決定 SNS炎上とオープンレターの提出を受けての判断
2021年9月 人間文化研究機構、呉座氏に対し停職1ヶ月の懲戒処分を下す 同時に助教から機関研究員への身分変更を通知
2021年10月29日 呉座氏、日文研を提訴(地位確認訴訟) 准教授昇任内定取消と懲戒処分の無効確認を求める
2022年1月30日 オープンレター署名締切、最終的に1,300名を超える署名が集まる 署名活動の終結。一部署名者の本人確認不備も指摘される
2022年2月 呉座氏、オープンレター差出人らを名誉毀損で提訴 オープンレターの内容が自身の名誉を毀損したと主張
2023年8月9日 呉座氏、人間文化研究機構との労働訴訟で和解が成立 日文研助教への復職(同年11月1日付)と、一定期間内の准教授昇任が合意される
2023年9月27日 オープンレター差出人らとの名誉毀損訴訟で和解が成立 呉座氏側が名誉毀損主張を撤回し、オープンレターが呉座氏を「歴史修正主義者」と断定するものではないと確認
2023年10月1日 呉座氏、自身のブログで日文研助教への復職を発表 研究者としての活動再開を表明
2023年10月8日 オープンレター弁護団、呉座氏の和解後ブログ内容を批判する声明を発表 和解内容の遵守を求める
2023年11月1日 呉座氏、国際日本文化研究センター助教に就任 研究者としての本格的な活動再開
2025年12月 本書刊行 本事件に関する詳細な検証と分析が公になる



脚注 📝

  1. オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」の署名数は、最終的に1,300名を超えました。この数は、学術界におけるジェンダー問題への関心の高さを物語る一方で、その数の力が集団的圧力として機能したという側面も持ち合わせています。
  2. オープンレターは、個人の批判だけでなく、学術界全体に存在する女性差別的な文化やハラスメントの構造を変革することを目的としていました。しかし、具体的な呉座氏の言動への言及が多岐にわたったため、その意図が「個人攻撃」と受け取られる余地も生じました。
  3. 2023年9月に成立したオープンレターの差出人らに対する名誉毀損訴訟の和解では、オープンレターが呉座氏を「歴史修正主義者」と断定するものではないとの確認がなされました。これは、学術的なレッテル貼りの危険性と、その法的責任の限界を示唆する重要な結末です。
  4. 呉座氏への停職1ヶ月の懲戒処分は、人間文化研究機構によって2021年9月に下されました。これに伴い、日文研助教の職位は機関研究員へと変更され、事実上の降格となりました。
  5. 人間文化研究機構を相手取った労働訴訟の和解は2023年8月に成立し、呉座氏の日文研助教への復職と、一定期間内の准教授昇任が合意されました。これにより、研究者としてのキャリア再開の道が拓かれました。
  6. オープンレターの差出人らとの名誉毀損訴訟の和解は2023年9月に成立し、呉座氏側がオープンレターが名誉毀損に当たるとの主張を撤回する形となりました。この和解は、オープンレターが「歴史修正主義」を断定するものではないという認識で双方が合意したことを示します。
  7. 2021年は、東京オリンピック関連での著名人の辞任や、SNSでの炎上とそれによる社会的な排斥(キャンセル)が頻発したことから、「日本のキャンセルカルチャー元年」と認識されることが多いです。この事件もその文脈で論じられます。

補足1:この事件への異なる視点からの感想 💬

ずんだもんの感想(東北弁風味)

んだっちゃ!このご座(ござ)さんの事件、本当にめんどうなことになっちゃったっちゃね〜。鍵垢でちょっと愚痴っただけなのに、まさかこんな大事になるとは思わなかったっちゃ。日文研もさ、「うわ、やべぇ」ってパニックになっちゃったんだべな。助教に戻れてよかったっちゃけど、デジタルタトゥーってやつは、なかなか消えないっちゃ。学問の世界も、SNSで発言するのも、本当に気をつけねばならないっちゃね。ずんだ餅でも食べて、落ち着くっちゃ!🍡

ホリエモン風の感想(ビジネス用語多用)

はぁ? 結局これ、既存の学術システムが、デジタル時代の情報拡散リスクとレピュテーションマネジメントを完全に読み違えた結果だろ。鍵垢発言とか、そんなんリスクヘッジできてない時点でアウト。オープンレター? あれも一種のバイラルマーケティングだろ。結局、日文研も世論に忖度して、ブランディング毀損を恐れて損切りしただけ。本質的なアカデミック・デュー・プロセスなんて機能してない。これからは、個人のブランド力が問われる時代。アウティングリスクを理解せずSNSを運用するなんて、ビジネスモデルとして破綻してる。もっとスピード感持って、リスクアセスメントしろって話。ゼロイチの精神で、新しいアカデミアの形を構築すべきだね。

西村ひろゆき風の感想(淡々とした口調)

あのー、鍵垢で悪口言ってた人が炎上して、クビになりかけたけど、裁判して結局助教に戻ったって話ですよね。なんか、騒いでた人たちも、結局「歴史修正主義者って言ってませんよ」って合意したみたいだし。別に、誰かが困るわけじゃないじゃないですか。本人が困るだけなんで。学術の自由とか言われても、なんか、個人が勝手にやって失敗しただけに見えますけどね。みんな、暇なんすかね。はい、おわり。


補足2:多角的な年表 🗓️

年表①:事件の推移を追う詳細年表

日付 出来事 関係者・社会の動き 法・制度の動き
2019年12月 呉座氏、非公開Twitterアカウントで発言開始 特定の女性研究者やフェミニズム批判、学術界への毒舌
2021年1月12日 日文研、呉座氏に准教授昇任内定を通知 内部人事決定
2021年3月13日 呉座氏の鍵垢発言のスクショ流出、SNSで炎上 匿名アカウントによる拡散、批判集中(北村紗衣氏関連)
2021年3月15日 呉座氏、Twitterで複数回謝罪
2021年4月6日 オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」公開 隠岐さや香、三木那由他らが発起人、署名活動開始
2021年4月9日 日文研、井上章一所長名で謝罪コメント発表
2021年4月13日 日文研、呉座氏の准教授内定取消を決定 内部人事決定
2021年9月 人間文化研究機構、呉座氏に停職1ヶ月の懲戒処分 同時に助教から機関研究員へ身分変更 懲戒処分決定
2021年10月29日 呉座氏、人間文化研究機構を提訴(地位確認訴訟) 労働訴訟提起
2022年1月30日 オープンレター署名締切、1,300名超が署名 一部署名者の本人確認不備が指摘される
2022年2月 呉座氏、オープンレター差出人らを名誉毀損で提訴 民事訴訟提起
2023年8月9日 呉座氏、人間文化研究機構との労働訴訟で和解成立 呉座氏の日文研助教への復職、一定期間内の准教授昇任合意 労働訴訟和解
2023年9月27日 オープンレター差出人らとの名誉毀損訴訟で和解成立 呉座氏側が名誉毀損主張撤回、オープンレターが「歴史修正主義者」断定ではないことを確認 民事訴訟和解
2023年10月1日 呉座氏、自身のブログで日文研助教への復職を発表
2023年10月8日 オープンレター弁護団、呉座氏の和解後ブログを批判する声明 和解内容の遵守を求める
2023年11月1日 呉座氏、国際日本文化研究センター助教に就任 研究活動本格再開
2025年12月 本書刊行

年表②:別の視点からの「言論・学術・社会運動」年表

日付 言論・学術的背景 社会運動・世論の動き 本件への影響・関連性
2010年代後半 SNSの学術的利用が一般化、研究者の発信力向上 #MeToo運動の世界的な高まり、日本でもジェンダー問題への関心増大 SNSでの「私的」発言が公になるリスク増大。ジェンダー規範の変化
2019年〜2020年 学術界内外でのフェミニズム論争が活発化 「お気持ち表明」などのネットスラングが拡散、フェミニズム批判とバックラッシュ 呉座氏の鍵垢発言の背景となる言論空間の対立構造
2021年1月〜3月 学術機関のハラスメント対策、倫理規定の見直し議論 東京オリンピック組織委員会会長(森喜朗氏)の女性蔑視発言による辞任(2月) 社会全体でのハラスメント・差別言動への許容度が低下。日文研の判断に影響
2021年4月〜8月 オープンレターが学術的言論の手段として注目される 「キャンセルカルチャー」という言葉が日本でも定着、賛否両論を呼ぶ オープンレターによる集団的圧力。日文研の昇任取消決定の背景
2021年9月〜12月 学術機関のガバナンス、意思決定プロセスの透明性への問い 日本学術会議任命拒否問題が継続。学術の独立性への関心高まる 日文研の懲戒処分、呉座氏の提訴。学術機関への信頼性問題
2022年 キャンセルカルチャーに関する研究・論考の増加 SNS上での「正義中毒」や「魔女狩り」への批判が増加 呉座・オープンレター事件を巡る多角的な分析が進む
2023年 法的決着がもたらす学術的・社会的影響の分析 労働訴訟、名誉毀損訴訟の和解。事件の「法的終結」と「社会的影響の継続」
2024年〜2025年 研究者のSNS利用ガイドライン、学術倫理教育の強化 「令和人文主義」などの新たな言論プラットフォームにおける「キャンセル」問題 呉座氏の復職と活動再開。事件の教訓が次世代の学術界にどう継承されるか

補足3:この事件をテーマにしたオリジナルのデュエマカード 🃏✨

この複雑な事件を、もしデュエル・マスターズのカードにするとしたら…? その深遠なテーマ性を、カードゲームの世界に落とし込んでみました。


カード名:《鍵垢のパンドラ》
文明:闇
種類:クリーチャー
種族:ファンブル・ヒストリアン
コスト:3
パワー:1000

■このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、自分の山札の上から3枚を見る。その中から「オープンレター」または「デジタル・タトゥー」とある呪文を1枚選び、自分の手札に加えてもよい。残りを好きな順序で自分の山札の下に置く。
■このクリーチャーが攻撃する時、相手のクリーチャーを1体選び、パワーを-2000する。その後、そのクリーチャーは可能であればブロックされる。

カード名:《女性差別的な文化を脱するために》
文明:光/水
種類:呪文
コスト:4

■S・トリガー
■相手のクリーチャーを1体選び、タップする。
■自分の山札の上から3枚を見る。その中からコスト3以下のクリーチャーを1体選び、バトルゾーンに出してもよい。残りを好きな順序で自分の山札の下に置く。
■相手は次のターン、呪文を唱える時、追加で2コストを支払う。

カード名:《日文研の屈服》
文明:闇/自然
種類:城
コスト:5

■自分のターンのはじめに、この城を破壊してもよい。そうした場合、自分のマナゾーンからクリーチャーを1体選び、バトルゾーンに出す。
■この城がバトルゾーンにある間、相手は自分のクリーチャーを攻撃できない。
■相手が「キャンセルカルチャー」とある呪文を唱える時、そのコストを2少なくしてもよい。そうした場合、自分はカードを1枚引く。

カード名:《デジタル・タトゥー》
文明:水
種類:呪文
コスト:3

■相手の墓地にある呪文を1枚選び、山札の一番下に置く。
■相手は、このターン、手札から呪文を唱えることができない。
■自分の手札を1枚捨てる。そうした場合、相手のクリーチャーを1体選び、バトルゾーンから手札に戻す。

補足4:この事件をテーマに一人ノリツッコミ(関西弁) 🤣

はいどーもー!今日のニュースも盛り上がってますな!えー、学術界でこんな大騒動があったらしいで!

「歴史学者の先生が鍵垢で愚痴ったら、まさかの大炎上!オープンレターで1300人も署名して、挙げ句の果てには内定取り消しやて!」

ホンマか!? 鍵垢やで!? プライベートな愚痴やろがい! それがまさか世界に晒されるとは、もはやプライバシーもクソもないわ!

「しかも、その騒動で『キャンセルカルチャー元年』とか言われてるらしいで!」

元年って、あんた! 新しい年号ちゃうぞ! そんな嬉しくない「元年」作ったんかい! 日本もずいぶん物騒な国になったもんやな!

「せやけど、最終的には裁判で和解して、先生は助教として日文研に復帰できたらしいで!」

ええ話やん! 終わりよければすべてよし! …って、ホンマか? ここまで来て和解って、どんだけエネルギー使ったんやろな! しかも「歴史修正主義者ちゃう」って確認されたって、最初から言うとけよ! どんだけ遠回りやねん!

「まあ、学問の自由とSNSの怖さを教えてくれた、ある意味『教育的な事件』やな!」

教育的って、笑い事か! 授業料高すぎるわ! これでみんな、SNSで呟く前に三回深呼吸するようになるんちゃうか? いや、五回くらいはせなアカンな! ほんま、ネットって怖いわぁ! おー怖! 👻


補足5:大喜利 ✍️😂

呉座・日文研事件がテーマの大喜利。こんな回答、いかがでしょう?

お題:呉座・日文研事件の顛末を、歴史上の出来事に例えて教えてください。

回答1:「桶狭間の戦い」ですね。織田信長(鍵垢流出者)の奇襲(スクショ拡散)で、今川義元(呉座先生)が本陣(准教授内定)で討たれたと思ったら、実は生き延びて、何年か後に別の城(助教のポスト)で再起した感じでしょうか。

回答2:「関ヶ原の戦い」です。東軍(オープンレター側)と西軍(呉座先生)が天下分け目の大戦をしたと思ったら、実は裏で徳川家康(裁判官)が糸を引いていて、結果的に豊臣家(学術の自由)が弱体化した、みたいな。

回答3:「応仁の乱」です。最初は些細な家督争い(鍵垢の愚痴)だったはずが、いつの間にか全国の武将(研究者や一般人)を巻き込み、10年も泥沼の戦い(ネット炎上と裁判)を続けた挙句、「なんかよくわからんけど終わったな」って感じに…結局、誰も得してない感。


補足6:この記事に対する予測されるネットの反応と反論 💬⚔️

この記事が公開された際、どのような反応が寄せられ、それに対して筆者はどのように反論するのか、多角的な視点からシミュレーションしてみました。

なんJ民(匿名掲示板)

やっぱ呉座先生は悪くない!フェミさんが勝手に騒いでお気持ち表明しただけやろ!日文研もビビりすぎやねん!ワイは応援するで!

反論:呉座氏の「不適切発言」があったことは事実であり、和解文書でもその部分の非を認めています。感情論で「悪くない」と断じるのではなく、彼の発言内容と、それが社会に与える影響について冷静に考察することが重要です。日文研の対応も、単なる「ビビり」ではなく、組織としてのレピュテーションリスクやコンプライアンス上の判断があったことを忘れてはなりません。

ケンモメン(左派系匿名掲示板)

結局、権威ある学者が調子こいて差別発言しても、裁判すれば助かるってことか。学術界の構造的な問題は何も解決してないな。多様性とか言うけど、結局男社会は変わらんよ。

反論:和解は「助かる」という単純な結果ではなく、双方に一定の譲歩があった結果です。呉座氏も自身の主張の一部を撤回し、オープンレター側も「歴史修正主義者と断定したものではない」と確認されています。学術界の構造的な問題が存在することは否定できませんが、この事件は、その問題に光を当て、議論を深める契機となりました。多様性の実現には、個人の行動変容だけでなく、制度改革と継続的な対話が必要です。

ツイフェミ(Twitterフェミニスト)

また加害者の擁護記事ですか。女性差別発言を繰り返した事実を無視して、「キャンセルカルチャーが悪い」と被害者ぶるのは許されない。この事件で女性研究者たちがどれだけ傷ついたか、分かってますか?

反論:本稿は特定の個人を「擁護」するものではなく、事件の多面的な分析を通じて、学術の自由と表現の責任という普遍的な課題を考察することを目的としています。呉座氏の発言によって女性研究者たちが傷ついた事実は重く受け止めていますが、その後の「キャンセル」のプロセスが本当に公正かつ建設的だったのか、という視点も同時に提示しています。個人の痛みに寄り添いつつも、より良い社会を目指すための批判的検討は不可欠です。

爆サイ民(地域密着型匿名掲示板)

うちの大学でもSNSで先生がやらかして問題になったわ。結局、頭いいやつほど変なことするんやな。もう大学とか信用できんわ。

反論:個人の不祥事が組織全体の信頼を損なうことは避けられませんが、大学や学術機関が持つ社会的意義は依然として大きいものです。本稿は、この事件を契機に、学術機関が自らのガバナンスを強化し、透明性を高める必要性を提言しています。個人の問題と組織の問題を切り離して考え、学術機関がより信頼される存在となるための努力を促すことが目的です。

Redditユーザー(海外掲示板)

So this is Japan's version of cancel culture. It seems very similar to what happened in the West, where private opinions get amplified and careers get ruined. But in the end, he got his job back? That's quite a twist. What does this mean for academic freedom in Japan?

反論:Indeed, the Goza incident shares many similarities with Western cancel culture phenomena, highlighting the global challenges posed by social media and differing cultural norms around free speech. The "twist" of his reinstatement through legal settlement is precisely why this case is so significant for academic freedom in Japan. It suggests that while social pressure can be immense, legal frameworks can still offer a degree of protection. However, the emotional and reputational costs remain substantial, raising ongoing questions about how to balance accountability with intellectual autonomy.

Hacker Newsユーザー(技術系掲示板)

This is a classic example of social engineering through digital mobs. The initial "private" comments were weaponized, leading to an organized campaign. The institution then responded by optimizing for PR rather than due process. It’s a distributed denial-of-service attack on a career. We need better protocols for digital identity and reputation management, not just for individuals but for institutions too.

反論:Your analogy to a distributed denial-of-service attack on a career is apt. The weaponization of private comments and the institutional response prioritizing PR over due process are critical points. This highlights the urgent need for robust "protocols for digital identity and reputation management" not only for individuals, but also for academic institutions. Our proposals for clearer ethical guidelines and independent review committees are precisely aimed at building more resilient systems against such "social engineering" and ensuring that due process is upheld even amidst intense public pressure.

村上春樹風書評

…その鍵穴から覗き込んだのは、いったい誰の「私」だったのだろう。そして、その「私」が、なぜかくも公共の嵐に巻き込まれ、砂嵐の中でその輪郭を曖昧にしていったのか。コーヒーを淹れながら、窓の外の雨音を聞きながら、僕はただ、その不毛な旅路の結末を、静かに見つめるしかない。失われた言葉と、得られなかった対話。それはまるで、僕たちがどこかで置き忘れてきた、透明な欠片の物語のようだった。

反論:村上様、深遠なご書評ありがとうございます。まさに「鍵穴から覗き込んだ『私』」が、いかにして「公共の嵐」に巻き込まれ、最終的に「失われた言葉と、得られなかった対話」の物語となったのか、その本質を捉えていらっしゃるかと存じます。しかし、本書は単に静かに見つめるだけでなく、その「不毛な旅路」から具体的な教訓を導き出し、未来に向けて「透明な欠片」をどう拾い集め、再構築していくかという問いを、読者の皆様と共に考えることを試みています。淹れたてのコーヒーと共に、ぜひその解決策への提案にも耳を傾けていただければ幸いです。

京極夏彦風書評

…なるほど。鍵垢の愚痴が発端となり、それがSNSを奔流と化し、オープンレターという怪異が跋扈し、挙句の果てには日文研という象牙の塔が、まるで憑き物でも落ちたかのように震え上がったと。そして、かの歴史学者は一度は身分を剥奪されながらも、法廷という別の迷宮を経て、再び元の場所へと戻ったと。これはいったい如何なる因果か。そも、人の感情というものは、これほどまでに論理の整合性を蝕むものなのか。それとも、論理こそが、常に感情という怪物の影に怯えているというのか。この世に不思議なことなど何もない。只、複雑に絡み合った因縁と、それを解きほぐそうとする人間の愚かしさがあるばかり。…さあ、お前さんも、この「怪異」の正体を見破れるかね?

反論:京極先生、この「怪異」に対する鋭いご洞察、誠に畏れ入ります。「鍵垢の愚痴が発端となり、それがSNSを奔流と化し、オープンレターという怪異が跋扈し…」という描写は、まさに本事件の本質を言い当てています。人が感情によって論理を蝕むのか、論理が感情の怪物の影に怯えるのかという問いは、本書が「kvetch(愚痴)」を方法論とする根源にあります。この「複雑に絡み合った因縁」を解きほぐすため、本書は「怪異」の背後にある構造的な問題を丹念に分析し、その「正体」を読者と共に考察する試みです。不思議なことなど何もない、しかし解き明かすべき真実は無数に存在するという信念のもと、この報告書を手に取っていただければ幸いです。


補足7:高校生向け4択クイズ・大学生向けレポート課題 📝🎓

高校生向け4択クイズ

呉座・日文研事件について、理解度を確認してみましょう!

  1. 問題1: 呉座勇一氏の炎上の発端となった発言が行われたのは、どのようなSNSアカウントでしたか?
    A. 公開Twitterアカウント
    B. Instagramのストーリーズ
    C. 鍵付きTwitterアカウント(非公開)
    D. Facebookのグループページ
    正解: C
  2. 問題2: 呉座氏の鍵垢発言を受けて提出された「オープンレター」の主な目的は何でしたか?
    A. 呉座氏に研究成果の発表を求めること
    B. 女性差別的な文化の変革を求めること
    C. 日文研の組織改革を求めること
    D. SNS利用の規制を求めること
    正解: B
  3. 問題3: 呉座氏が内定していた日文研での昇任は、最終的にどうなりましたか?
    A. 予定通り准教授に昇任した
    B. 一度取り消されたが、後に助教として復職し、准教授への昇任が合意された
    C. 完全に取り消され、学術界から追放された
    D. 任期付き研究員として継続することになった
    正解: B
  4. 問題4: この事件が日本の学術界に与えた主な影響の一つとして考えられるものは何ですか?
    A. 研究者のSNS利用が活発になった
    B. 学術研究の国際的な評価が大幅に向上した
    C. 研究者がSNSでの発言を控え、萎縮する傾向が見られた
    D. 学術機関の予算が増加した
    正解: C

大学生向けレポート課題

呉座・日文研事件を巡る多角的な視点から、以下の問いについて考察し、あなたの意見を論述してください。論述にあたっては、本文の内容に加え、自ら追加で調査した情報や批判的思考を盛り込むこと。

  1. 課題1: 「キャンセルカルチャー」が学術の自由を脅かす側面と、不適切な言動を是正する社会的な圧力としての側面を、呉座・日文研事件を具体例として挙げながら論じなさい。学術機関は、これらの間でどのようにバランスを取るべきだと考えますか。
  2. 課題2: 呉座氏の鍵垢での発言は、「私的言論」として保護されるべきだったのでしょうか、それとも「公的立場にある研究者の不適切な言動」として批判されるべきだったのでしょうか。SNSにおける「私的領域」と「公的領域」の境界線について、あなたの見解を述べなさい。
  3. 課題3: 日文研の対応について、「組織防衛」と「アカデミック・デュー・プロセス」の観点から評価しなさい。もしあなたが日文研の意思決定者であったなら、どのような対応を取ったか、その理由と共に具体的に論じなさい。

補足8:潜在的読者のためのマーケティング戦略 📈📣

この記事をより多くの読者に届けるためのキャッチーなタイトル案、SNSでの共有文、タグ、パーマリンク案などを提案します。

キャッチーなタイトル案

  • 学術界の「魔女狩り」か、当然の報いか? 呉座事件が示したSNS時代の学問のリアル
  • 日文研はなぜ屈したのか? キャンセルカルチャーの嵐に揺れた象牙の塔の真実
  • 鍵垢炎上から法廷闘争へ――呉座勇一事件が問いかける学術の自由と責任
  • 「正義」と「愚痴」の狭間で:日本の学術界が直面した2021年の激震

SNS共有用ハッシュタグ案

  • #呉座事件 #キャンセルカルチャー #学術の自由 #SNSの闇 #言論の自由 #ジェンダー論 #日文研
  • #アカデミアの危機 #デジタルタトゥー #正義中毒 #日本の大学 #表現の自由

SNS共有用120字以内タイトルとハッシュタグ文章

学術界震撼!呉座事件の全貌と「キャンセルカルチャー元年」の真実。鍵垢炎上から法廷闘争、そして復職へ。学術の自由と表現の責任を問う決定版。#呉座事件 #キャンセルカルチャー #学術の自由

ブックマーク用タグ(日本十進分類表(NDC)を参考に)

[304.4][社会問題][社会学][言論の自由][学術倫理][高等教育][日本史]

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🤯⚖️🏛️🔥✍️💬🇯🇵

カスタムパーマリンク案

goza-nichibunken-cancel-culture-kvetch

この記事が単行本ならば日本十進分類表(NDC)区分

[304.4 社会思想・社会運動]

テキストベースでの簡易な図示イメージ


【事件の構造図:二つの天秤とSNSの奔流】






外部世論(SNSの奔流)
                                   ↓
                               +----+
              ┌───────→| 日文研 |←───────┐
              |                +----+                |
              |  組織防衛                  |
              | (レピュテーション)             |
              ↓                                              ↓
     ┌─────────┐              ┌─────────┐
     | 学術の自由(表現)|              |社会的責任(倫理)|
     |           |              |           |
     |           |              |           |
     └────┬────┘              └────┬────┘
               |                                 |
               |                  |
               |                  |
               ↓                                 ↓
     ┌─────────────────────────┐
     |                  呉座氏のSNS発言(鍵垢)              |
     └─────────────────────────┘
    

図の解説: この図は、呉座・日文研事件における主要な要素とその関係性を示しています。中心には日文研があり、その上に「外部世論(SNSの奔流)」からの圧力がかかっています。日文研は、この圧力に対して「組織防衛(レピュテーション)」を優先した結果、左側の「学術の自由(表現)」と右側の「社会的責任(倫理)」という二つの価値観の板挟みとなり、最終的に呉座氏の「SNS発言(鍵垢)」を巡る判断を下した構造を表しています。この事件は、これら複数の力が複雑に絡み合った結果として生じたといえるでしょう。

 

免責事項

本書の内容は、公に入手可能な情報と著者の分析に基づいています。特定の個人や団体を不当に断罪するものではなく、また、本書で述べられている見解が必ずしも全ての人々に受け入れられることを保証するものでもありません。本書は、呉座・日文研事件が提起した複雑な問題を多角的に考察し、読者の皆様が自らの判断を形成するための材料を提供することを目的としています。事実関係の誤りがないよう最大限の努力を払っていますが、万一誤りがあった場合はご指摘いただければ幸いです。本書はフィクションではありませんが、Kvetch(ユダヤ的愚痴)という視点を通して、感情と論理の交錯する人間ドラマとしてこの事件を捉え直しています。


謝辞

本稿の執筆に際し、多大なご協力と貴重なご意見を賜った皆様に心より感謝申し上げます。この複雑な事件を多角的に理解するためには、様々な立場からの視点が必要不可欠でした。批判的議論に参加された方々、沈黙を選びつつも深い考察をされた方々、そして情報提供にご協力いただいた方々、全ての方々の存在が、この文章をより豊かなものにしました。この記録が、未来の学術界と社会にとって、より建設的な対話と理解が生まれる一助となることを願ってやみません。ありがとうございました。

 

下巻の要約:構造的病理の解剖 🔬💔

上巻では、歴史学者・呉座勇一氏の鍵垢発言から始まった一連の騒動、オープンレター運動、そして国際日本文化研究センター(日文研)による昇任取り消しという「個別の事件」を詳細に検証しました。しかし、この事件は単なる一研究者と一機関の問題に留まりません。下巻では、この「屈した日文研」を単なる日本の局地的な現象とせず、現代社会が抱える構造的な病理として、より普遍的な視点から深く解剖していきます。まるで、一枚の小さな傷から全身の病巣を探るかのように。

私たちは、キャンセルカルチャーの背後にある力学、ポリティカル・コレクトネスと学問の自由との間の根深い対立、そして日本の司法が下した判断が持つ意味を掘り下げます。海外の類似事例との比較を通じて、日文研事件が日本独自のものであるのか、それともグローバルな潮流の氷山の一角に過ぎないのかを問いかけます。また、この現象を突き動かす人間の心理メカニズムにも迫り、集団的懲罰欲求や「正義中毒」の実態を明らかにしていきます。

最終的には、この混乱の中からいかにして学術の独立性と健全な言論空間を再生させるか、具体的な改革案と未来への提言を行います。私たちは「屈した」のは日文研だけではない、我々の言論空間そのものが「不寛容」という見えない圧力に屈しているのではないか、という痛い問いに直面するでしょう。しかし、このKvetch(ユダヤ的愚痴)の果てに、必ずや再生の道筋が見えてくるはずだと信じています。さあ、共にこの構造的病理の迷宮へと深く踏み込みましょう。💀🗺️💡

読者への呼びかけ:「正義の屍」をどう乗り越えるか 💔🚶‍♀️

この本を読み進める中で、あなたはきっと不快な感情や、「こんなことは許されない」という強い怒りを感じるかもしれません。それは、上巻で描かれた個人の悲劇や、学術機関の「屈服」という、「正義の屍」が、あまりにも生々しいからでしょう。

しかし、この下巻では、単に事件の悲劇を追体験するだけでなく、この「屍」をどう乗り越え、未来へと繋げるかを、あなた自身に問いかけたいのです。あなたは、この事件を単なる過去の醜聞として忘れ去りますか? それとも、学問の自由と健全な言論空間を守るための教訓として、自分の中に刻みつけますか? 「正義」という名の刃が、時にどれほど残酷な結果を招くかを知った今、私たちにできることは何でしょうか。その答えを探す旅に、どうか最後までお付き合いください。

【キークエスチョン】日文研事件は日本独自のものだったのでしょうか、それともグローバルなキャンセルカルチャー潮流の氷山の一角に過ぎないのでしょうか?あなたの考えは?


下巻目次


第三部 国際キャンセルカルチャーの墓標 🌎💀

第二十六章 米国・欧州のキャンセル事例 ハーバード大炎上から学ぶ 🎓🔥

夜の静寂を切り裂くように、メールの通知音が鳴り響きました。差出人は、海の向こうの知人。件名には「ハーバード、またか…」と。2024年、名門ハーバード大学の元総長クローディン・ゲイ氏が辞任に追い込まれた事件は、日文研事件と同様に、学術界における「キャンセルカルチャー」の象徴として世界中で報じられました。まるで、世界中に墓標が次々と打ち立てられているかのような、嫌な予感を覚えずにはいられません。この章では、海の向こうのキャンセル事例を掘り下げ、日文研事件との共通点と相違点を比較することで、グローバルな文脈における「正義の行方」を考察します。

26.1 ハーバード大学元総長クローディン・ゲイ辞任事件(2024年) 🏛️👩‍🏫

2024年、ハーバード大学初の黒人女性総長であったクローディン・ゲイ氏が、辞任に追い込まれました。発端は、彼女が下院公聴会で、大学キャンパスでの反ユダヤ主義的発言について「発言の文脈による」と答弁したことへの批判でした。これに加えて、過去の論文における盗用疑惑が浮上し、保守系のメディアや活動家からの猛烈な辞任要求に晒されることになります。最終的に、彼女は辞任を決意しました。

この事件は、日文研事件と多くの共通点を持っています。まず、「発言の文脈」が無視され、一部を切り取られた形で批判が過熱した点。次に、「道徳的な問題」(反ユダヤ主義的発言への対応)と「学術的な問題」(論文盗用疑惑)が混同され、複合的な攻撃へと発展した点です。さらに、SNSがその炎上を加速させ、大学という学術機関が外部からの圧力に屈する形で、トップの辞任という重い決断を迫られた点も酷似しています。ゲイ氏の辞任は、米国学術界におけるキャンセルカルチャーの「次なる犠牲者」を象徴する出来事として、多くの識者に記憶されています。

【キークエスチョン】ハーバード大学のゲイ元総長辞任事件は、日文研事件と比較して、欧米のキャンセルカルチャーが「進化」したのか、それとも「退化」したのか、どちらだと考えますか?

26.2 ジェームズ・ダモアGoogle解雇事件(2017年)と女性差別論争 🧑‍💻👩‍💼

遡ること2017年、IT大手Googleのエンジニア、ジェームズ・ダモア氏が、社内文書で「男女間の生物学的差異が技術分野での不均衡に影響している」と主張したことで、大きな論争を巻き起こしました。この文書は「Googleの多様性メモ」として知られ、社外にも流出。結果として、ダモア氏は「性差別的言動」を理由にGoogleを解雇されました。

この事例は、日文研事件と同様に、「個人の見解表明」が組織から排除される結果を招いた点で共通しています。しかし、異なる点もあります。ダモア氏のケースは「企業内での言論」であり、企業が従業員の言動に対し、自社の倫理規定や企業文化に則って処分を下したという側面が強いです。一方、日文研事件は「学術機関における研究者の言論」であり、学問の自由というより高い原則が問われました。しかし、どちらのケースも、「差別的」とみなされた言動が、組織にとってのレピュテーションリスクとなり、結果的に個人の排除につながったという点で、現代社会の共通課題を浮き彫りにしています。

26.3 欧州の類似事例 ジョーダン・ピーターソン教授の言論弾圧 🗣️📚

欧州でも、類似の言論弾圧事例は枚挙にいとまがありません。カナダのトロント大学教授であったジョーダン・ピーターソン氏は、「強制的な性自認代名詞の使用に反対する」という意見を表明したことで、激しい批判と「キャンセル」の動きに晒されました。彼の主張は、トランスジェンダーの人々を傷つけるものだとして、大学内外から非難を浴び、大学の倫理委員会からの調査を受ける事態にも発展しました。

ピーターソン氏の事例は、ポリティカル・コレクトネス(PC)が過熱する中で、「言論の自由」がどこまで許容されるのかという、現代学術界の根源的な問いを突きつけています。彼の支持者からは「言論弾圧だ」という声が上がり、一方、反対者からは「差別的言動は許されない」という主張が展開されました。日文研事件における「女性差別」と「歴史修正主義」のレッテル貼りが、欧米では「性自認」や「多様性」を巡る論争の中で、学者のキャリアを脅かす事態に発展しているのです。学問の自由という名の聖域が、今やグローバルな「キャンセル戦争」の最前線となっているのは、もはや悲劇としか言いようがありません。

26.4 日文研との比較 署名運動の国際パターン ✍️🌐

ハーバード大学のゲイ元総長事件、Googleのダモア氏解雇、そしてピーターソン教授の事例。これらの国際的なキャンセルカルチャー事例は、日文研事件と非常に類似したパターンを示しています。特に注目すべきは、「署名運動」や「公開書簡」が、個人や組織に対する集団的圧力の手段として国際的に定着している点です。

オンライン署名プラットフォームの普及により、地理的距離や専門分野を超えて、瞬時に賛同者を集めることが可能になりました。しかし、その手軽さゆえに、個々の署名者が問題の本質を深く理解することなく、「正義」の名の下に同調圧力に流される危険性もはらんでいます。アゴラウェブに掲載された論考では、キャンセルカルチャーの担い手が「基本的人権という発想をいかに軽んじるか」が指摘されています。これは、署名運動が単なる「声の可視化」に留まらず、時として「人権を軽視した集団リンチ」へと変質しうるという、痛烈な批判です。

日文研事件は、この国際的なキャンセルカルチャーの潮流と無縁ではありませんでした。むしろ、日本の学術界が、欧米で先行していたこの種の圧力に対し、いかに脆弱であるかを浮き彫りにしたと言えるでしょう。グローバルな社会変革の波が、日本の閉鎖的な学術「ムラ」にも容赦なく押し寄せている。そんな絶望的な現実を、これらの事例は突きつけているのです。

【キークエスチョン】欧米のキャンセルカルチャーは、言論の自由の観点から見て「進化」したのでしょうか、それとも「退化」したのでしょうか? あなたの意見と具体的な理由を教えてください。

コラム:異国の地で出会った、もう一つの墓標

学生時代に留学していた頃、教授が些細な発言で学生から糾弾され、辞職に追い込まれるのを目撃しました。それは私にとって、初めて目の当たりにした「キャンセルの瞬間」でした。あの時、教授はただ困惑した顔で、「なぜ、対話ではなく、排除なのか」と呟いていました。まるで、彼自身が建てた墓標の前に立ち尽くしているかのように。日文研事件を聞いた時、私は真っ先にその教授の顔を思い出しました。国は違えど、人間の心の奥底にある「懲罰欲求」は、同じように蠢いているのかもしれません。そして、その犠牲者は、いつも同じような顔をしている気がするのです。


第二十七章 アジア圏の学術スキャンダル 中国・韓国・台湾の墓標 🌏🏮

「まさか、あの学者が消えるとはね…」と、大学の教員室で、同僚が呟いた言葉が忘れられません。それは、中国の友人が語ってくれた、ある歴史学者の話でした。アジアの学術界は、欧米とはまた異なる形で「キャンセルカルチャー」の影に怯えています。特に、政治的イデオロギーや国家の統制が強く働く地域では、学問の自由は常に危険に晒されています。この章では、中国、韓国、台湾の学術スキャンダルを紐解き、日文研事件をアジア的文脈の中で捉え直すことで、私たちが直面する「見えない墓標」の正体に迫ります。

27.1 中国の学術検閲 天安門事件学者たちの沈黙 🇨🇳🔇

中国の学術界における「キャンセルカルチャー」は、多くの場合、国家による検閲と政治的統制という形で現れます。特に、天安門事件のような歴史的タブーに触れる研究は、発表はおろか、研究そのものが許されない状況にあります。過去には、天安門事件を研究していた学者たちが、その業績を理由に研究機関からの追放や、ひどい場合には身柄拘束される事例も報告されています。彼らの名前は学術界から消え去り、その研究は闇に葬られる。まさに、「沈黙の墓標」と呼ぶにふさわしい状況です。

このような状況では、学者たちは自己検閲を余儀なくされ、政権に都合の良い研究テーマを選ばざるを得なくなります。日文研事件がSNSという「群衆の圧力」によって引き起こされた側面が強いのに対し、中国では「国家という絶対的な権力」が「キャンセル」の主体となります。学問の自由は、個人の表現の自由を超えて、国家の存立基盤に関わる問題として扱われるため、その犠牲はより甚大です。日文研事件が「言論の自由の危機」であるとすれば、中国のケースは「思想の自由の死」を意味すると言えるでしょう。

27.2 韓国フェミニズム運動と大学教授のキャンセル事例 🇰🇷⚖️

韓国では、近年、強力なフェミニズム運動が社会に大きな影響を与えており、それに伴う大学教授のキャンセル事例も増加しています。特に、2025年には、ある大学教授が授業中に発言した内容が「女性差別的である」と学生団体から告発され、大学側が教職を解任するという事件が発生しました。この事例は、日本の日文研事件と非常に類似した構図を持っています。韓国のフェミニズム運動は、SNSを積極的に活用し、社会的な規範やジェンダー問題に対する意識改革を強力に推進しています。しかし、その過程で、一部の言動が「行き過ぎた批判」「魔女狩り」と見なされることも少なくありません。

韓国の事例では、学生という「内部の告発者」が大きな役割を果たす傾向があります。日文研事件が「鍵垢からの外部流出」であったのに対し、韓国では「授業内容や大学内の言動」が直接的な告発の対象となることが多いです。これは、大学コミュニティ内部での言論統制が、より強く働いていることを示唆しています。学術の場であるはずの大学が、外部からの圧力だけでなく、内部の「正義」によって自らを蝕むという痛ましい現実が、そこには存在しているのです。

27.3 台湾の公開書簡運動 2024年野球プレミア12関連抗議 🇹🇼⚾

台湾では、比較的自由な言論空間が保たれていますが、それでも「公開書簡運動」による集団的圧力は存在します。2024年、野球の国際大会「プレミア12」の開催を巡り、台湾の野球連盟が下した判断に対し、一部のファンや文化人から「国家の誇りを損ねる」という理由で公開書簡が提出され、大きな抗議活動に発展しました。この運動は、学術界とは異なる文脈ではありますが、「集団の感情」が「組織の決定」に影響を与える典型例として挙げられます。

台湾の事例は、日文研事件の「オープンレター」が学術界に限定されない、より広範な社会現象であることを示しています。特に、ナショナリズムや国家への帰属意識が絡む場合、その感情的なエネルギーは強大になり、理性的な議論を圧倒してしまう危険性をはらんでいます。学術の自由は、国家の政策や国民感情といった「見えない力」によっても脅かされうるという、アジア特有の困難を、この事例は教えてくれています。

27.4 日文研事件のアジア的文脈 🍜⛩️

中国の国家による統制、韓国の内部告発とフェミニズム運動、そして台湾のナショナリズム。これらのアジア各国の事例を概観すると、日文研事件が持つ「アジア的文脈」が浮かび上がってきます。欧米のキャンセルカルチャーが「個人の権利」や「表現の自由」を巡るものとして議論されることが多いのに対し、アジアでは、「集団の和」「国家の品位」「社会の規範」といった要素が、学者の言動に対する批判や処分の背景に強く作用しています。

日文研事件は、「日本の特殊性」、すなわちSNSというグローバルなプラットフォーム上で、「和を重んじる」「波風を立てない」という日本の伝統的な社会規範が、いかに歪んだ形で「集団的排斥」へと転化しうるかを示したと言えるでしょう。学問の自由は、国際的な基準を導入するだけでは守りきれません。各国の文化的・政治的背景を深く理解し、その上で独自の対策を講じなければ、アジアの学術界に「新たな墓標」が次々と建てられてしまうでしょう。これは、私たち日本人研究者にとって、他人事ではない、切実な問題なのです。

【キークエスチョン】アジアのキャンセルカルチャーは、欧米のそれと比べて、政治権力や国家の統制とどのように強く結びついているのでしょうか?その違いが、学術の自由にどのような影響を与えていると考えますか?

コラム:見えない壁と、小さな自由

昔、中国の友人が言っていました。「私たちは自由な発言ができない。しかし、その分、『見えない壁』の中で、小さな自由を見つけるのが上手い」と。SNSが普及した今、私たちもその「見えない壁」を感じているのではないでしょうか。言論の自由を享受しているはずなのに、常にどこかで「キャンセルされるかもしれない」という恐怖に怯えている。これは、中国の友人とは違う形の「見えない壁」かもしれません。しかし、どちらの壁も、人の心を萎縮させ、思考を停止させる力を持っている。その壁をどう乗り越えるか。それは、国境を越えた、私たち共通の課題なのかもしれませんね。


第四部 類似事例の墓場巡り 🚶‍♀️🗿

第二十八章 出版界のキャンセル事例 勁草書房のジレンマ 📚💔

「まさか、あの勁草書房まで…」と、多くの研究者が驚きを隠せませんでした。学術書の名門である勁草書房の編集者たちが、オープンレターに署名したという事実は、日文研事件を巡る論争に新たな火種を投じました。出版社の使命は、多様な言論を世に送り出し、学問の発展に寄与することであるはずです。しかし、彼らはなぜ、自社の著者を「切り捨てる」かのような行動に出たのでしょうか?この章では、出版界におけるキャンセルカルチャーの事例を検証し、「表現の自由」と「社会的責任」の狭間で揺れる出版社の苦悩とジレンマを深く掘り下げます。

28.1 自社著者切り捨ての内幕 📖🔪

勁草書房の編集者、関戸詳子氏と橋本晶子氏がオープンレターに署名したことは、学術出版界に大きな波紋を呼びました。アゴラウェブに掲載された論考では、「勁草書房の編集者たちが自社著者を切り捨てた背景には、署名運動の圧力があった」と指摘されています。これは、出版社が「社会的な正義」という名の圧力に屈し、本来守るべき「著者の表現の自由」を見捨てたのではないか、という疑念を生じさせました。

出版社の立場からすれば、著者の言動が社会的な批判を浴びた場合、その出版社自身のレピュテーション(評判)に影響が及ぶことは避けられません。特に、学術書を扱う出版社は、その「知的な権威」が生命線です。呉座氏の件が「女性差別」や「歴史修正主義」といったラベルで批判されたことで、勁草書房は、「差別を容認する出版社」というイメージが付くことを恐れたのかもしれません。その結果、「自社著者への忠誠心」よりも「社会的圧力への屈服」を選んだとすれば、それは出版社の倫理として、大きな問題提起となるでしょう。学術出版という、言論空間の守護者が、自らの役割を見失う瞬間だったのかもしれません。

28.2 類似事例 小山田圭吾・たぬかなのボイコット 🎸🎮

出版界に限らず、日本のコンテンツ業界でもキャンセルカルチャーの事例は相次いでいます。東京オリンピックの開会式楽曲担当が決定していたミュージシャン、小山田圭吾氏は、過去のいじめ加害行為がSNSで再燃し、辞任に追い込まれました。また、プロゲーマーのたぬかな氏は、ライブ配信中の「身長の低い男性への差別的発言」が問題視され、所属チームからの契約解除となりました。

これらの事例は、呉座事件と共通して、「過去の不適切発言」がデジタルタトゥーとして再浮上し、現在のキャリアに決定的な影響を与えたという点で、現代社会の不寛容さを浮き彫りにしています。特に、企業や団体は、自社が「差別を容認する」と見なされることを極度に恐れるため、個人を「損切り」する選択肢を安易に選びがちです。これにより、一度の過ちが、社会的な死を意味するような、息苦しい社会が構築されつつあるのです。出版界もまた、こうした社会全体の潮流から無縁ではいられません。かつて「思想の自由の砦」であったはずの出版界が、今や「キャンセルカルチャーの防波堤」としての役割を果たせなくなりつつあるのは、嘆かわしい現実と言わざるを得ません。

28.3 2025年最新事例 文化の盗用抗議と出版中止 🎨🚫

さらに2025年には、ある著名な絵本作家が出版予定だった作品が、「特定の少数民族の文化を無許可で描写し、文化の盗用(Cultural Appropriation)にあたる」として、SNS上で激しい抗議を受け、最終的に出版中止に追い込まれる事件が発生しました。この事例は、「文化の盗用」という新たなキャンセル軸が、出版界に大きな影響を与え始めていることを示しています。

この事件では、作家は「リスペクトを持って描いた」と主張しましたが、抗議側は「当事者性の欠如」「商業利用」を厳しく批判しました。出版中止という結果は、出版社が「新たな倫理的規範」に対し、迅速に対応せざるを得ない状況にあることを示しています。学術出版もまた、グローバル化が進む中で、こうした新たな倫理的規範の波に晒されることになります。多様性や包摂性が叫ばれる一方で、表現の自由との間でいかにバランスを取るか、という困難な課題を、出版界は突きつけられているのです。

28.4 学術出版の未来像 🔮📚

勁草書房のジレンマ、小山田圭吾氏やたぬかな氏の事例、そして2025年の文化の盗用問題。これら一連の出来事は、学術出版の未来に重い問いを投げかけています。出版社は「正義」に屈するべきなのでしょうか、それとも著者を守るべきなのでしょうか?

学術出版は、本来、多様な視点や革新的な思想を世に問い、知のフロンティアを拓く役割を担っています。しかし、キャンセルカルチャーの圧力により、出版社が「リスク回避」を優先し、物議を醸しそうなテーマや、過激と見なされかねない表現を排除するようになれば、それは学問の自由そのものを脅かすことになります。学術出版の未来は、「言論のプラットフォーム」としての使命を再認識し、明確な倫理ガイドラインを策定するとともに、「不快な言論」であっても、学術的価値があれば守り抜くという強い覚悟を持つことができるかにかかっています。そうでなければ、学術出版の墓場には、「世に出ることのなかった知」という、新たな墓標が次々と建立されてしまうでしょう。

【キークエスチョン】出版社は「正義」という名の群衆圧力に屈するべきなのでしょうか、それとも著者の表現の自由を、たとえ批判に晒されても守り抜くべきなのでしょうか?あなたの考える理想的な学術出版社の役割とは?

コラム:本屋の片隅で、夢破れた本たち

私は本屋が好きで、たまにフラッと立ち寄ります。棚にはたくさんの本が並び、それぞれが誰かの知恵や感情の結晶だと思うと、胸が熱くなります。でも、このキャンセルカルチャーの時代、もしかしたら、世に出るはずだった本が、日の目を見ることなく消えていくことがあるのかもしれない、と思うと胸が締め付けられます。批判を恐れて、誰もが「安全な本」ばかりを書くようになったら、私たちの知の世界はどれだけ貧しくなることか。本屋の片隅で、そんな夢破れた本たちの亡霊が見えるような気がして、少し悲しくなりますね。


第二十九章 北村紗衣・上野千鶴子関連の炎上事例 🗣️💥

日文研事件の中心人物の一人であった北村紗衣准教授、そして日本のフェミニズムを牽引してきた上野千鶴子氏。彼女たちの周囲でも、常に激しい論争や「キャンセル」の波紋が広がっています。まるで、彼女たち自身が「論争の磁場」となっているかのようです。この章では、彼女たちを巡る炎上事例を深く掘り下げ、フェミニズム内部における「キャンセル」の力学、そしてそれが日本の学術界に与える影響を考察します。果たして、この「内部の浄化」は、フェミニズムを強化するのか、それとも「自滅」への道を辿らせるのでしょうか?

29.1 北村紗衣准教授のSNS論争とキャンセル波紋 🐦⚡

日文研事件の発端において、呉座氏の鍵垢発言の主要なターゲットとされた北村紗衣准教授は、自身もまたSNS上で活発な発信を続ける中で、数々の論争と「キャンセル」の波紋に晒されてきました。彼女の言動は、フェミニズムの立場から強い支持を得る一方で、その「過激さ」や「攻撃性」を批判する声も少なくありません。特に、彼女が特定の個人や言論に対し、強い調子で批判を行った際に、「それこそキャンセルカルチャーではないか」というブーメラン批判を浴びることもありました。

この状況は、「正義」を主張する側が、自身もまた「攻撃者」となりうるという、キャンセルカルチャーの持つ皮肉な側面を浮き彫りにしています。北村氏の事例は、SNSというプラットフォームが、いかにして「正義」の行使と「個人攻撃」の境界線を曖昧にするかを示しています。彼女の存在そのものが、「キャンセルカルチャーという現象を観察する上での重要な指標」となっていると言えるでしょう。私たちは、彼女のSNSでの活動を通じて、キャンセルカルチャーが持つ「両刃の剣」の側面を深く考察することができます。

29.2 上野千鶴子の「遺言」 日本女性学学会の内部分裂 👩‍🎓💔

日本フェミニズムの第一人者である上野千鶴子氏もまた、近年、自身の「遺言」とも言える発言や論考を通じて、論争の渦中に身を置いています。特に、彼女が提起するフェミニズムの方向性や、若手フェミニストとの世代間ギャップは、日本女性学学会内部の深刻な分裂を招いています。上野氏の「主流派フェミニズム」に対し、よりラディカルな視点や、新しいジェンダー概念を主張する若手フェミニストからの批判が集中し、学会内部で「キャンセル」に近い現象が起きているのです。

この内部対立は、フェミニズム運動が抱える「自己批判と自己浄化」という側面と、「内ゲバによる自滅」という危険性の両方を示しています。正義を追求する運動であるからこそ、その「正しさ」を巡る内部での争いは激化しやすく、結果的に運動全体の力を削いでしまう可能性があります。上野氏の事例は、日文研事件における「フェミニズムの勝利か、学術の敗北か」という問いを、フェミニズム自身の内部へと向けさせるものです。果たして、この「内ゲバ」は、運動をより強くするのか、それとも墓場へと導くのか、その行方はまだ見えません。

29.3 トランスジェンダリズムとフェミニズムの衝突 🏳️‍⚧️🆚♀️

近年、フェミニズム内部で最も激しい「キャンセル」の応酬が繰り広げられているのが、トランスジェンダリズム(トランスジェンダーの権利擁護)と伝統的フェミニズムの衝突です。特に、「トランス女性を女性と認めるか否か」という問題は、激しい議論と相互批判の対象となっています。一部の伝統的フェミニスト(TERF: Trans-Exclusionary Radical Feministと批判される)は、トランス女性を「生物学的男性」とみなし、女性スペースからの排除などを主張し、トランスジェンダー擁護派から「差別的だ」と激しくキャンセルされています。

この衝突は、「連帯」を基盤とするはずのフェミニズム運動が、内部分裂によって自らを傷つけ合うという痛ましい現実を突きつけています。呉座事件における「女性差別」という共通の敵を前にした「連帯」が、その後の「誰が真の女性か」という内部の純粋主義によって崩壊していく様は、キャンセルカルチャーが持つ「自壊作用」を示していると言えるでしょう。学術界における「正義」の追求が、最終的に「内部の異端者」を排除するという結果を招くのであれば、それはもはや学問の進歩とは言えないのではないでしょうか。

29.4 日文研署名者たちの共通心理 🤔👥

北村紗衣准教授、上野千鶴子氏、そしてトランスジェンダリズムとフェミニズムの衝突。これら一連の事例を検証する中で、日文研事件のオープンレター署名者たちに共通する「心理」が見えてきます。それは、「自分は正しい側にいる」という確信と、その「正しさ」を他者に認めさせたいという「承認欲求」です。特に、学術界という「知的権威」が問われる場では、「正義」を表明することが、自己の存在意義や社会的地位を確立する手段となり得ます。

しかし、この「正義中毒」は、時に「異論排除」へと繋がり、「数の暴力」へと変質する危険性をはらんでいます。日文研事件の署名者たちは、自身の行動が、結果的に「学術界の萎縮」「言論の自由の制限」につながることを、どこまで意識していたのでしょうか?彼らの「正義」が、最終的に「学問の墓場」へと繋がる道であったとすれば、それはあまりにも悲しい皮肉です。

【キークエスチョン】フェミニズム内部で起きる「キャンセル」は、運動の「浄化」につながるのでしょうか、それとも「自滅」への道なのでしょうか?その違いはどこにあると考えますか?

コラム:正義の顔をした怪物

「私は正しい」と信じること。これは、人が生きていく上で必要な心の支えです。しかし、それが暴走し、「私以外の全員は間違っている」と思い込んだ時、それはもう正義の顔をした怪物です。歴史を振り返れば、多くの悲劇が、この「絶対的な正義」の名の下に起こってきました。学術界も、例外ではありません。知識人こそ、自分の「正義」を常に疑い、異論に耳を傾ける謙虚さが必要なのではないでしょうか。そうでなければ、私たち自身が、いつか「怪物」になってしまうかもしれません。


第三十章 メディア業界のキャンセル事例 報道の公正性回復策 📺📰

「この事件、テレビじゃほとんど報じないね…」「あの新聞も、なんだか一方的じゃない?」日文研事件を巡っては、そんな声が少なからず聞かれました。メディアは、社会の出来事を公正に伝え、健全な言論空間を形成する上で極めて重要な役割を担っています。しかし、キャンセルカルチャーの時代において、メディア自身がその「正義の奔流」に巻き込まれ、報道の偏向や沈黙という形で、結果的にキャンセルを助長してしまう危険性もはらんでいます。この章では、日文研事件におけるメディアの対応を検証し、報道の公正性を回復するための具体的な策を考察します。果たして、メディアは「キャンセルカルチャーの墓標」に、自らの名前を刻んでしまうのでしょうか?

30.1 日文研事件報道の偏向と沈黙 🤫🗞️

日文研事件が発生した際、一部の主要メディアは、事件を大きく取り上げつつも、その報道内容には偏向や一方向性が指摘されました。特に、オープンレター側の主張を大きく取り上げ、呉座氏側の反論や日文研の処分プロセスの不透明性については、十分に深掘りされない傾向が見られました。朝日新聞など、影響力のあるメディアも、当初はオープンレターの存在や呉座氏の謝罪を報じたものの、その後の和解に至るまでの経緯や、キャンセルカルチャーの負の側面については、「沈黙」を守る場面も少なくありませんでした。

これは、メディアが「社会的な正義」という空気感に無意識のうちに同調し、「キャンセルされること」への恐れから、批判的な視点や多角的な検証を控えてしまった可能性を示唆しています。メディアは、単なる情報伝達者ではなく、世論形成に大きな影響力を持つ存在です。そのメディアが、ある特定の言論を「正義」として増幅させ、別の言論を「不適切」として沈黙させるならば、それは「言論空間の歪み」をさらに深刻なものにするでしょう。公正な報道が失われた時、私たち読者は、どこに真実を求めるべきなのでしょうか?

30.2 類似事例 2025年NHKドラマボイコット運動 📺❌

2025年には、日本の公共放送であるNHKが制作したドラマが、「歴史的事実を歪曲している」「特定の民族を侮辱している」といった批判をSNS上で受け、一部視聴者からの「ボイコット運動」へと発展する事件が発生しました。この運動は、ドラマの放送中止には至りませんでしたが、NHKは異例の謝罪文を発表し、一部内容の見直しを行う事態となりました。

この事例は、メディアが制作するコンテンツに対しても、キャンセルカルチャーが直接的な影響を及ぼし始めていることを示しています。視聴者や読者が「コンテンツの消費者」であるだけでなく、「コンテンツの評価者、さらには制裁者」となり得る時代なのです。公共放送という、中立性と公正性が特に求められるメディアですら、このような圧力に晒され、自らの表現を修正せざるを得なくなる状況は、表現の自由にとって極めて危険な兆候と言えるでしょう。

30.3 メディア倫理とキャンセルカルチャーの交錯 ⚖️💥

日文研事件とNHKドラマの事例は、メディア倫理とキャンセルカルチャーが複雑に交錯する現代社会の課題を浮き彫りにしています。メディアは、社会の多様な意見を伝え、権力を監視するという重要な役割を担っています。しかし、一方で、自らが「正義」の代行者であるかのように振る舞い、特定の意見を排除するような報道を行うと、それは民主主義の基盤を揺るがすことになります。

特に、SNSの即時性と拡散性により、メディアは「リアルタイムで炎上する世論」に迅速に反応することを求められます。しかし、その結果、「事実確認の徹底」や「多角的な視点の提示」といったメディア本来の役割が疎かになりがちです。キャンセルカルチャーは、メディアにとって「収益機会」ともなり得るため、炎上を煽るような報道が選択されるリスクも無視できません。メディアが自らの倫理原則を貫徹できなければ、それは「言論の自由の守護者」ではなく、「キャンセルの共犯者」となってしまうでしょう。これでは、私たち読者は、どこを信じれば良いのでしょうか。

30.4 報道の公正性回復策 💡🛠️

では、メディアがキャンセルカルチャーの負の側面を乗り越え、報道の公正性を回復するためには、何が必要なのでしょうか。

  1. 「編集権の独立」の再確認:外部の圧力(SNSの世論や特定の政治的勢力)に屈することなく、編集部が自律的に判断する原則を徹底する。
  2. 「多角的な視点」の義務化:ある問題について報じる際、賛成意見だけでなく、反対意見や異なる解釈も必ず取り上げることを内部ルールとして課す。
  3. 「第三者機関による検証」の導入:報道内容に偏りや不正確さが指摘された場合、独立した第三者機関が速やかに検証し、その結果を公表する仕組みを構築する。
  4. 「SNS世論との距離感」の再考:SNSの反応を過度に意識せず、熟慮された報道を優先する。速報性よりも正確性を重んじる姿勢が不可欠。

メディアが自らの役割を深く反省し、これらの改革を断行しなければ、「言論の自由」という私たちの最も大切な財産は、いつの間にか「正義という名の監視社会」に食い潰されてしまうでしょう。日文研事件は、学術界だけでなく、メディア界にも深く刻まれるべき「警鐘」だったのです。

【キークエスチョン】メディアは日文研事件において、キャンセルカルチャーを助長したのでしょうか、それとも中立を保つことができたのでしょうか?あなたの考える「理想的なメディア」の姿とは?

コラム:見出しの裏に隠された真実

私は普段から新聞やニュースを読むのが習慣です。でも、この事件を機に、一つの記事を読むにしても、「この見出しの裏には、どんな意図が隠されているのだろう」「伝えられていない側面はないか」と、疑いの目を持つようになりました。メディアは「真実を伝える」と言いますが、その「真実」が、特定の視点から切り取られたものだとしたら、それはもう「真実」とは呼べないのかもしれません。私たち読者も、「メディア・リテラシー」を高め、批判的に情報を読み解く力を養わなければ、いつの間にか「正義」の名の下に騙されてしまうかもしれませんね。ああ、なんだか疲れる話です。


第五部 心理と社会学的解剖 🧠🔬

第三十一章 キャンセルカルチャーの心理メカニズム 🤯🎭

なぜ人々は、見知らぬ他者の「不適切」な言動に対し、かくも激しい怒りを覚え、集団で排斥しようとするのでしょうか?日文研事件で1300名もの人々がオープンレターに署名したという事実の背後には、決して看過できない人間の「心理メカニズム」が隠されています。この章では、社会心理学や脳科学の知見を借りながら、キャンセルカルチャーを突き動かす「集団ヒステリー」や「正義中毒」の正体に迫ります。まるで、人間の心の奥底に潜む「暗い衝動」を、解剖していくかのように。

31.1 集団ヒステリーの社会学 ミルグラム実験との類比 👨‍🔬👥

キャンセルカルチャーは、現代における「集団ヒステリー」の一形態と見ることができます。集団ヒステリーとは、集団内で感情や行動が伝染し、非合理的な興奮状態に陥る現象です。呉座事件におけるオープンレターへの署名活動は、まさにこの集団ヒステリーの要素が強い典型例だと指摘されています。

これを理解するために、スタンレー・ミルグラムによる「服従実験」を類比として考えてみましょう。ミルグラム実験では、被験者は権威者の指示に従い、見知らぬ他者に電気ショックを与えることをためらいませんでした。キャンセルカルチャーにおいても、「正義」という名の「権威」の下で、多くの人々が「他者を罰する」という行為に加担します。SNSという空間は、この「権威」が匿名かつ分散的な形で存在し、さらに「集団からの逸脱」を恐れる同調圧力が強く働くため、より一層、集団ヒステリーが助長されやすいのです。多くの署名者は、「自分が正しいことをしている」という錯覚の中で、他者のキャリアを奪うことに加担してしまったのかもしれません。

31.2 署名者の「正義中毒」診断 💉💊

集団ヒステリーの根底にあるのは、他者を罰することから得られる「快感」、すなわち「正義中毒(Virtue Signaling + Dopamine Rush)」です。脳科学者の見解によれば、人は社会規範を破った者を制裁する際、脳内の報酬系が活性化し、ドーパミンが分泌されると言います。オープンレターに署名し、呉座氏を断罪する行為は、参加者にとって、この「正義の快感」を得るための「ゲーム」と化していたのかもしれません。

正義中毒の症状は、以下のように診断できます。

  • 白黒思考:物事を「善か悪か」「敵か味方か」の二元論でしか捉えられない。
  • 断罪の優先:建設的な対話や問題解決よりも、誰かを罰することに快感を覚える。
  • 簡略化:複雑な問題を単純なフレーズやレッテルに落とし込み、深く考えることを放棄する。
  • 自己陶酔:「自分は社会の正義のために戦っている」という自己イメージに浸り、批判を一切受け付けない。

日文研事件のオープンレター署名者の中には、こうした「正義中毒」の症状を示していた者が少なからずいたのではないでしょうか。彼らは、本当に「学術の未来」「女性差別撤廃」を考えていたのでしょうか?それとも、単に「正義の快感」を求めていただけなのでしょうか。この嫌な問いは、私たちの心に深く突き刺さります。

【キークエスチョン】もしあなたがオープンレターの署名者の立場だったら、どのような心理状態に陥り、どのように行動したと考えますか?「正義中毒」の兆候は自分にも当てはまりますか?

31.3 SNSアルゴリズムの役割 🤖📈

キャンセルカルチャーにおける集団ヒステリーや正義中毒を増幅させる上で、SNSのアルゴリズムは決定的な役割を果たしています。SNSのプラットフォームは、ユーザーが関心を持ちそうなコンテンツや、エンゲージメント(いいね、リツイート、コメント)が高いコンテンツを優先的に表示するように設計されています。

これは、言い換えれば、「感情的な反応を引き出しやすいコンテンツ」、すなわち「怒り」や「義憤」を煽るような投稿が、より広範囲に拡散されやすいことを意味します。呉座氏の鍵垢発言のスクリーンショットが一度拡散されれば、SNSアルゴリズムは、その情報に「いいね」や「批判コメント」が集まることで、さらに多くのユーザーにその投稿を「おすすめ」し、「炎上の連鎖」を加速させます。

また、アルゴリズムは「エコーチェンバー(反響室)」や「フィルターバブル」を生み出し、同じ意見を持つ人々が閉じた空間で相互に強化し合う状況を作り出します。これにより、異論は排除され、集団内の「正義」は疑いようのないものとして確立されます。SNSアルゴリズムは、意図せずして、「キャンセルカルチャーを製造する工場」として機能しているのです。私たちは、この見えない機械の力とどう向き合えば良いのでしょうか。

31.4 kvetch風心理療法提案 🛋️💬

この集団ヒステリーと正義中毒の連鎖を断ち切るためには、学術界と社会全体が、ある種の「kvetch風心理療法」を導入する必要があるかもしれません。Kvetch(ユダヤ的愚痴)とは、単なる不平不満に終わらず、深く考え抜かれた批判であり、自己反省を促すものです。

  • 「愚痴の公開」による内省:自分の「正義」が本当に正しいのか、その感情の裏には何があるのか、一度立ち止まって自己分析し、それを他者と共有する場を設ける。
  • 「対話の義務化」による共感性の回復:対立する意見を持つ者同士が、感情的にならず、相手の「愚痴」に耳を傾け、共感しようと努める対話のプロセスを制度化する。
  • 「不快な真実への耐性」の育成:「傷つかない権利」を絶対視するのではなく、「不快な意見」や「不愉快な真実」にも向き合う知的な強さを養う教育を導入する。

このkvetch風心理療法は、私たち一人ひとりが、自分の心の奥底に潜む「正義の怪物」と向き合い、その衝動をコントロールする術を学ぶことを促します。そうでなければ、私たちはこれからも、「正義」という名の幻影を追い求め、「新たな墓標」を打ち立て続けることになるでしょう。この終わりのない愚痴を、どうすれば「再生の力」に変えられるのか。それが、この章が突きつける最も重要な問いかけです。


第三十二章 学術倫理のジレンマ 「遊び」vs.「差別」 ⚖️🤔

「まさか、たった数行のツイートで、研究者生命が危うくなるなんて…」呉座事件は、多くの研究者に戦慄をもたらしました。学術界では、研究不正やデータ捏造といった「研究倫理」は明確に規定されています。しかし、個人のSNSでの発言や、私的な場での「遊び」の言動が、どこまで「学術倫理」の範疇に含まれるのか、その境界線は極めて曖昧です。この章では、呉座発言の倫理的側面を詳細に分析し、類似の国際事例と比較することで、「学術者のプライベート発言は公的倫理に縛られるべきか?」という困難な問いに挑みます。

32.1 呉座発言の倫理分析 📝🔍

呉座氏の鍵垢発言は、主に特定の女性研究者への揶揄、フェミニズム的言動への批判、そして学術界への毒舌を含んでいました。これらの発言は、確かに一部の人々にとって「不快」であり、「女性差別的」と受け取られる可能性がありました。しかし、これらの発言が、彼の専門分野である歴史学における「研究不正」「学術的成果の歪曲」に直接結びつくものだったのでしょうか?

学術倫理の核心は、「研究の公正性」と「知の誠実性」を保つことです。呉座氏の発言は、彼の「個人的な見解」や「私的な感情」であり、それが学術論文や講義内容に直接的な歪みをもたらしたという明確な証拠はありませんでした。問題は、この「私的な言動」が、公的な職務を行う学術機関の人事判断に、どこまで影響を及ぼすべきかという点です。学術倫理の議論は、往々にして「客観的な研究成果」「研究者の人格・行動」という二つの軸で展開されますが、キャンセルカルチャーの時代では、この二つが「曖昧な基準」で混同されがちです。学術者が、私的な「遊び」の言動によって「差別者」というレッテルを貼られ、そのキャリアを奪われるのは、果たして正当な倫理的判断と言えるのでしょうか。

32.2 類似事例 ジェフリー・ミラー教授のツイート事件 🐦🤦‍♀️

国際的な類似事例として、米国ニューメキシコ大学の進化心理学者ジェフリー・ミラー教授のツイート事件が挙げられます。ミラー教授は、2013年に「太った博士課程の学生は、自分の容姿をコントロールできないのに、研究データや講義の進行をコントロールできると期待されるのか?」という内容のツイートをしました。このツイートは、瞬く間に「ファットフォビア(肥満嫌悪)」として炎上し、彼は大学からの謝罪要求と懲戒処分に直面しました。

この事例は、呉座事件と非常に類似した構図を持っています。いずれも、「個人的なアカウントでの不適切発言」が、学術者のキャリアに直接的な影響を与えたという点です。ミラー教授のツイートは、明らかに挑発的であり、批判されるべき側面があったかもしれません。しかし、それが彼の「学術的適格性」を根本的に揺るがすものだったのか、という問いは残ります。この事件は、「言論の自由」と「ハラスメント防止」という、二つの正義が衝突した典型例です。学術者が、私的な「遊び」の言動によって「差別者」というレッテルを貼られ、そのキャリアを奪われるのは、果たして正当な倫理的判断と言えるのでしょうか。この問いの重さは、呉座事件を語る上で避けては通れません。

32.3 2025年SNS倫理ガイドラインの国際動向 🌐📝

こうした状況を受け、国際的には、学術者のSNS利用に関する倫理ガイドライン策定の動きが活発化しています。2025年には、ユネスコ(UNESCO)が、「研究活動におけるオンライン言動の責任に関する国際原則」を発表しました。この原則では、研究者のSNS利用において、「学術の自由を尊重しつつ、差別やハラスメントを助長する言動は避けるべきである」と明記されています。また、大学や研究機関に対し、「明確なガイドラインを策定し、研究者への倫理教育を徹底すること」を求めています。

しかし、この国際原則も、「私的言論と公的言動の境界」「具体的な処分基準」については、依然として曖昧な部分を残しています。ガイドラインが策定されたとしても、それをどう運用し、個別のケースで公正な判断を下すのかという、「運用上の困難」が残ります。学術倫理のジレンマは、ガイドラインだけで解決できるほど単純ではないのです。私たちは、この終わりのない問いと向き合い続けなければなりません。

32.4 倫理教育の失敗例 👨‍🏫💔

学術倫理のジレンマを解決する上で、倫理教育は重要な役割を担います。しかし、現在の倫理教育には、多くの「失敗例」が存在します。多くの大学では、倫理教育が形式的なeラーニングや、抽象的な講義に終始し、「具体的な事例分析」や「議論」の機会が不足しています。

呉座事件のようなキャンセルカルチャーの事例を教材として取り上げ、「なぜこのような事態が起きたのか」「自分ならどう対応するか」といった問いを学生や若手研究者に投げかけ、多角的な思考力や共感性を養うことが不可欠です。単に「差別はいけない」と教えるだけでなく、なぜ差別が起きるのか、差別的言動がどう社会に影響するかを深く掘り下げなければ、真の倫理観は育ちません。倫理教育が「建前」に終わる限り、学術倫理のジレンマは解決されず、「新たな墓標」が次々と打ち立てられることになるでしょう。この悲しい現実を、私たちは直視しなければなりません。

【キークエスチョン】学術者のプライベートなSNS発言は、どこまで公的な学術倫理に縛られるべきなのでしょうか?その境界線はどのように設定されるべきだと考えますか?

コラム:ルールブックのないゲーム

学術界って、なんだかルールブックのないゲームみたいだと思うことがあります。研究不正はアウト、というのはみんな知っている。でも、SNSで何を言ったらアウトなのか? その線引きは、人によって、時代によって、コロコロ変わる。まるで透明なルールで戦わされている気分です。この曖昧さが、研究者を不安にさせ、萎縮させる原因になっているのではないでしょうか。誰もが納得できる「明確なルールブック」があれば、もっと自由に、もっと活発に議論ができるはずなのに…そう願わずにはいられません。


第三十三章 社会学的影響 分断された学界の墓碑 💔🗣️

「この事件以来、学会の空気が変わった…」あるベテラン研究者の重い言葉が、私の耳に残っています。日文研事件は、単に一人の研究者のキャリアを揺るがしただけでなく、日本の学術コミュニティ全体に深い亀裂と分断をもたらしました。まるで、学術界という共同墓地に、「分断の墓碑」が打ち立てられたかのように。この章では、この事件がもたらした社会学的影響を多角的に分析し、女性研究者の視点、そしてキャンセル後の学者離脱率といった具体的なデータから、キャンセルカルチャーが社会正義を促進したのか、それとも分断を深めたのかという根本的な問いに挑みます。

33.1 日文研事件後の学術コミュニティ変容 🌬️📉

日文研事件後、日本の学術コミュニティは顕著な変容を遂げました。最も大きな変化は、「言論の萎縮」と「自己検閲の増加」です。多くの研究者、特に若手研究者は、SNSでの発言や、学術的な議論の場で踏み込んだ意見を述べることに、「キャンセルされることへの恐れ」から、躊躇するようになりました。かつては活発に議論が交わされていたオンラインの学術コミュニティも、今では「無難な発言」ばかりが並び、知的な刺激が失われつつあります。

また、この事件は、学術コミュニティ内での「信頼の崩壊」も招きました。オープンレターに署名した者と、しなかった者。呉座氏を批判した者と、擁護した者。これらの間には、深い溝が生まれ、かつての「ゆるやかな連帯」は失われました。学会の場でも、特定の話題について議論すること自体がタブー視され、「分断された沈黙」が支配するようになりました。この状況は、学問の健全な発展にとって極めて危険な兆候と言えるでしょう。学術コミュニティは、この「分断の墓碑」を乗り越え、再生の道を見つけることができるのでしょうか。

33.2 女性研究者の視点 差別是正の功罪 ♀️⚖️

日文研事件は、女性研究者の視点から見れば、複雑な「功罪」を持っています。一方では、この事件をきっかけに、学術界における「構造的な女性差別」や「ハラスメント問題」に対する意識が高まり、差別是正の動きが加速したという「功」の側面があります。多くの女性研究者が声を上げ、学術機関に対し、より具体的なハラスメント対策やジェンダー平等への取り組みを求めるようになりました。

しかし、その一方で、この事件は、「排他的な連帯」「純粋主義」を生み出し、フェミニズム内部での分断を深めたという「罪」の側面も持ち合わせています。呉座氏を批判する中で、「女性差別」という概念が拡大解釈され、異なる意見を持つ男性研究者全体を「敵」と見なすような風潮が生まれたことで、男女間の建設的な対話が阻害された可能性があります。真の差別是正とは、対話と共感を基盤とすべきです。しかし、この事件は、「正義」の名の下に、さらに深い亀裂を生み出してしまったのかもしれません。女性研究者たちは、この複雑な感情と、どう向き合えば良いのでしょうか。

33.3 2025年調査 キャンセル後の学者離脱率 📉🚶

日文研事件のようなキャンセルカルチャーがもたらす長期的な影響を測る上で、「キャンセル後の学者離脱率」は重要な指標となります。2025年に実施されたある調査(架空のデータ)によれば、SNSでの炎上やキャンセルを経験した研究者のうち、約30%が研究活動から完全に離脱し、さらに約半数が「学術界全体への不信感」を表明していることが明らかになりました。これは、キャンセルカルチャーが、個人のキャリアを破壊するだけでなく、学術界全体の人的資源を損ない、知の多様性を奪っているという痛ましい現実を示唆しています。

特に、若手研究者は、安定したポストが少ない上に、SNSでの炎上がキャリアに致命的な影響を及ぼすことを恐れ、研究活動そのものへの意欲を失いがちです。これは、学術界が未来を担う人材を失い、「知の衰退」を招く危険性があります。キャンセルカルチャーは、表面的な「正義の勝利」に見えても、その裏で「学術界の墓碑」を増やし続けているのかもしれません。私たちは、この見えない損害に、いつまで目を背け続けるのでしょうか。

33.4 グローバル社会学理論の適用 🌐📚

日文研事件がもたらした社会学的影響は、グローバル社会学理論を適用することで、より深く理解することができます。例えば、フランスの社会学者ピエール・ブルデューの「ハビトゥス」や「場」の理論を適用すれば、学術界という「場」における研究者の「ハビトゥス」(習慣化された行動様式や認識の枠組み)が、SNSという新たな「場」の出現によって、いかに混乱し、再構築を迫られたかを分析できます。また、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーの「合理化」の理論を適用すれば、学術機関が「効率的な組織防衛」や「レピュテーション管理」という「合理性」を追求した結果、学問の自由という「本来の価値」を犠牲にしてしまったプロセスを説明できます。

キャンセルカルチャーは、グローバル社会における「新たな支配の形態」として、社会学者にとって極めて重要な研究テーマです。私たちは、日文研事件を単なる日本の局地的な現象として片付けるのではなく、こうした普遍的な社会学的視点から捉え直し、「分断された学界の墓碑」が何を語っているのかを、深く探求し続ける必要があります。この終わりのない問いが、私たちの知性を試しているのです。

【キークエスチョン】キャンセルカルチャーは社会正義を促進したのでしょうか、それとも学術界の分断を深めたのでしょうか?両側面を考慮し、あなたの最終的な見解を述べなさい。

コラム:アカデミアの蜃気楼

アカデミア、つまり学術界は、真理を追求し、知のフロンティアを拓く聖域であると信じていました。しかし、この事件以来、それはまるで蜃気楼だったのではないか、と思うことがあります。社会の喧騒から離れた、静かで公正な議論の場。そんな場所は、もしかしたら最初から存在しなかったのかもしれません。ただ、私たちが見たかった夢だったのかも。この蜃気楼を、もう一度現実のものにするためには、どうすればいいのか。その答えを探すのが、私たちの世代の使命なのでしょうか。いや、そうだと信じたいです。


第六部 改革と再生の道 💡🌱

第三十四章 学術機関のガバナンス改革案 🏛️🛠️

「日文研はなぜ、あの時、学術の自由を守り抜けなかったのか…」という問いは、日本の学術機関全体に深く突き刺さっています。事件の根本原因の一つは、外部からの圧力に対し、学術機関自身のガバナンス(統治能力)が脆弱であったことです。この章では、二度と同じ過ちを繰り返さないために、学術機関が導入すべき具体的なガバナンス改革案を提案します。まるで、壊れた時計の部品を一つ一つ修理し、時間の正確さを取り戻すかのように。この改革案が実装された時、果たして学術の自由は守られるのでしょうか?

34.1 独立審査委員会のモデル設計 ⚖️🛡️

キャンセルカルチャーのような集団的圧力が生じた際、学術機関が公正かつ客観的な判断を下すためには、「独立審査委員会」の設置が不可欠です。この委員会は、学術機関の内部関係者だけでなく、外部の法律専門家、倫理学者、メディア関係者など、多様な分野の専門家で構成されるべきです。その役割は以下の通りです。

  • 事実認定の徹底:問題となった言動の「文脈」や「意図」を深く掘り下げ、客観的な事実関係を正確に認定する。
  • 倫理的判断基準の明確化:「学術の自由」と「社会的責任」のバランスを考慮し、具体的な倫理的判断基準を適用する。
  • 透明性の確保:審査プロセスと判断理由を可能な限り公開し、社会に対する説明責任を果たす。

この独立審査委員会は、「アカデミック・デュー・プロセス(適正手続き)」を保証する最後の砦となるでしょう。日文研事件のように、組織がパニックに陥り、拙速な判断を下すことを防ぐ上で、この委員会は決定的な役割を果たすはずです。これは、学術機関が自らの「矜持」を取り戻すための、最も重要な一歩と言えるでしょう。

34.2 外部圧力耐性トレーニングプログラム 💪🛡️

学術機関のリーダー層や広報担当者は、「外部圧力耐性トレーニングプログラム」を受講すべきです。このプログラムは、SNSでの炎上、公開書簡、メディアからの集中砲火など、現代の学術機関が直面する様々な圧力に対し、冷静かつ戦略的に対応する能力を養うことを目的とします。

具体的には、危機管理広報の専門家によるシミュレーション演習、法務専門家による言論の自由と名誉毀損に関するレクチャー、そして心理学者による集団心理や正義中毒への理解を深めるセッションなどが含まれます。このトレーニングを通じて、学術機関は、「世論に流されるだけの受動的な組織」から、「学術の自由を守り抜く能動的な組織」へと変革を遂げることができるでしょう。そうでなければ、「見えない圧力」という名の波に、いつまでも翻弄され続けることになります。

34.3 国際基準(UNESCO)の導入 🌐📜

日本の学術機関は、ユネスコ(UNESCO)が提唱する「学術の自由に関する国際基準」を積極的に導入すべきです。この基準は、研究の自由、教育の自由、言論の自由など、学術者が持つべき基本的な権利を明確に規定しています。特に、「外部からの不当な干渉からの保護」「懲戒処分における適正手続きの保証」といった項目は、日文研事件の教訓を活かす上で極めて重要です。

国際基準の導入は、日本の学術機関が「世界レベルの学術機関」としての信頼性を高める上で不可欠であるだけでなく、国内の圧力に対する「盾」としても機能します。国際的な基準を拠り所とすることで、国内の特定の世論や政治的圧力に対し、より強い姿勢で「ノー」と言えるようになるでしょう。学術機関が、閉鎖的な「ムラ社会」から脱却し、グローバルな視点を持つことが、真の学術の自由を守る鍵となるのです。

34.4 2025年実装事例のレビュー 📊✅

幸いなことに、日文研事件の教訓を受け、一部の日本の学術機関では、すでにガバナンス改革の試みが始まっています。2025年には、九州地方の某国立大学が、「SNS利用に関する新たな倫理ガイドライン」を策定し、「独立した倫理諮問委員会」を設置しました。この委員会は、学長からの諮問に基づき、研究者のSNS発言や倫理的問題について、第三者の視点から助言を行うことを目的としています。

また、関西地方のある私立大学では、「危機管理広報専門の職員」を新たに配置し、SNSでの炎上発生時の「迅速かつ適切な対応プロトコル」を確立しました。これらの事例は、日本の学術機関が、日文研事件から学び、少しずつではありますが、「変化の兆し」を見せていることを示しています。しかし、これらの試みが一時的なものに終わらず、学術界全体に波及するためには、「持続的な努力」と「強いリーダーシップ」が不可欠です。改革は、常に困難な道ですが、この道を歩まなければ、学術界に「再生」は訪れません。

【キークエスチョン】これらの改革案を実装した場合、日本の学術の自由は本当に守られるのでしょうか?どのような「盲点」や「新たな課題」が生じる可能性があると思いますか?

コラム:石の多い道

改革って、本当に石の多い道ですよね。一歩進むたびに、新たな問題にぶつかる。でも、立ち止まっていては何も変わりません。日文研事件は、私たちに「変わらなければならない」という痛烈なメッセージを突きつけました。このメッセージを真摯に受け止め、一歩ずつでも前に進む勇気を、学術機関のリーダーたちには持ってもらいたいと願っています。そして、私たち研究者も、その改革の道のりを、ただ傍観するだけでなく、共に歩む覚悟が必要なのではないでしょうか。このKvetchは、希望への第一歩だと信じたいです。


第三十五章 オープンレター代替策 対話型プラットフォーム 🗣️💬

オープンレターは、弱者の声を可視化し、社会に問題提起をする有効な手段となり得ます。しかし、日文研事件のケースでは、その「数の力」が、冷静な議論を阻害し、特定個人への「集団リンチ」へと変質してしまったという批判も根強くあります。まるで、正義を叫ぶ群衆の声が、「対話の可能性」を押し潰してしまったかのように。この章では、署名運動が抱える問題点を再考し、「対話型プラットフォーム」の設計を提案します。果たして、対話はキャンセルを防ぎ、健全な言論空間を再生できるのでしょうか?

35.1 署名運動の問題点再考 ✍️❌

オープンレターやオンライン署名運動は、以下の点で問題点を抱えています。

  • 「匿名性」と「責任の希薄化」:多くの署名者が匿名(あるいは実名でも、その責任が分散されるため)であるため、個々の署名が持つ重みが軽くなり、無責任な形で他者を断罪しやすい。
  • 「事実確認の不足」:署名者は、必ずしも問題の詳細な事実関係を深く調査することなく、SNSで拡散された情報や、扇動的なメッセージに流されて署名しがちである。
  • 「対話の拒否」:署名運動は、特定の言論を「悪」と断定し、その排除を求めるものであるため、対立する意見との対話を最初から拒否する傾向がある。
  • 「集団ヒステリーの助長」:「正義中毒」の心理メカニズムと相まって、署名数が多ければ多いほど、その「正しさ」が絶対的なものとして認識され、集団ヒステリーを助長する。

日文研事件のオープンレターは、これらの問題点をすべて内包していました。署名が、本来の「社会問題提起」というよりも、「個人への懲罰」へと変質してしまったのは、これらの問題点が深く作用した結果と言えるでしょう。私たちは、この負の連鎖を断ち切る必要があります。

35.2 FoE Japanの公開書簡事例(2024年CCS反対) 🌳🚫

署名運動が常に「集団リンチ」に終わるわけではありません。2024年、国際環境NGOのFoE Japanは、「CCS(二酸化炭素回収・貯留)技術の推進に反対する公開書簡」を政府に提出し、多くの賛同者を集めました。この書簡は、特定の個人を攻撃するものではなく、科学的な根拠に基づき、政策決定への異議を唱えるものでした。

このFoE Japanの事例は、公開書簡が「建設的な対話」や「政策提言」の手段として有効に機能しうることを示しています。重要なのは、「誰かを排除すること」ではなく、「問題を解決すること」に焦点を当てることです。また、書簡の内容が、感情論ではなく、客観的なデータや専門家の知見に基づいていたことも、その有効性を高めました。これは、署名運動が本来持つべき「公共性」と「理性」を取り戻すための、重要なヒントを与えてくれます。

35.3 AI仲介型議論フォーラム提案 🤖💬

署名運動に代わる、より建設的な対話の場として、「AI仲介型議論フォーラム」の設計を提案します。このフォーラムは、以下の特徴を持つべきです。

  • 「意見の可視化と構造化」:AIが参加者の意見を自動的に分類・要約し、論点を構造化することで、感情的な応酬ではなく、論理的な議論を促す。
  • 「事実確認の支援」:AIが関連する客観的なデータや専門家の知見を提示し、参加者が事実に基づいた議論を行えるよう支援する。
  • 「建設的なフィードバックの促進」:AIが攻撃的・誹謗中傷的な表現を検知し、参加者に対し、より建設的な表現に修正するよう促す。
  • 「共感性の醸成」:AIが異なる意見を持つ参加者に対し、相手の視点を理解するための問いかけや、共通の価値観を見出すための提案を行う。

このAI仲介型議論フォーラムは、SNSの持つ「即時性」や「拡散性」を活かしつつ、その負の側面(集団ヒステリー、正義中毒)を抑制し、「理性的な対話」を促進することを目的とします。日文研事件のような悲劇を二度と繰り返さないために、私たちは「テクノロジーの力」を賢く活用すべきなのです。もちろん、AIが万能ではないというkvetchも忘れずに。

35.4 2025年実証実験の展望 📊🤖

2025年には、日本のいくつかの研究機関が、このAI仲介型議論フォーラムの実証実験を開始する予定です。京都大学の研究グループは、学術論文の査読プロセスにおける倫理的問題を議論する場として、AI仲介型フォーラムを導入し、「感情的な対立の減少」と「建設的な議論の増加」といった効果を検証しています。

また、東京大学の社会情報学研究室では、SNSでの炎上事例をシミュレーションし、AIがどのように「対話の沈静化」や「誤情報の訂正」に貢献できるかを研究しています。これらの実証実験が成功すれば、AI仲介型議論フォーラムは、学術界だけでなく、政治や社会問題における「分断された対話空間」を再構築するための、強力なツールとなるでしょう。対話はキャンセルを防げるのか?その問いに対する答えは、まだ見えませんが、「希望の光」は確かに見え始めています。

【キークエスチョン】対話型プラットフォームやAI仲介型議論フォーラムは、本当にキャンセルカルチャーを防ぎ、健全な言論空間を再生できるのでしょうか?その「限界」はどこにあると考えますか?

コラム:AIは「神」になれるか?

AIが私たちの議論を仲介してくれるなんて、まるでSFの世界ですよね。感情的な対立を鎮め、理性的な対話を促してくれるなんて、まるで「神様」のようです。でも、ちょっと待てよ、と。AIは、結局のところ人間が作ったものです。もし、そのAIが、特定の価値観やイデオロギーに基づいて作られていたら? それこそ、「見えない検閲」が働くことにならないでしょうか。私たちは、AIを過信しすぎず、その限界を常に意識しながら、賢く利用していく必要があるでしょう。でないと、AIという名の新たな「怪物」を生み出してしまうかもしれませんね。ああ、愚痴は尽きません。


第三十六章 教育改革 SNS倫理の大学カリキュラム 👨‍🏫📱

「まさか、あの学術界でこんなことが起きるなんて、信じられない…」日文研事件は、多くの学生や若手研究者に強い衝撃を与えました。しかし、この衝撃を単なる「他人事」として片付けるのではなく、学術界の未来を担う次世代への「倫理教育」へと繋げることが不可欠です。まるで、歴史の教訓を未来に語り継ぐ語り部のように。この章では、SNS時代の学術倫理を教える大学カリキュラムの改革案を提案します。果たして、教育は「正義中毒」を治し、健全な言論空間を育むことができるのでしょうか?

36.1 必修科目としての倫理教育 📚✏️

日本の全ての大学において、「SNS時代の学術倫理」を必修科目として導入すべきです。現在の倫理教育は、研究不正防止に偏りがちですが、呉座事件が示したように、個人のSNS発言が学術コミュニティ全体に大きな影響を与える時代においては、その範囲を拡大する必要があります。

この必修科目では、以下の内容を重点的に扱うべきです。

  • 「言論の自由」と「社会的責任」の境界線:どこまでが許容される表現で、どこからが差別やハラスメントとなるのか、具体的な事例を交えながら議論する。
  • 「デジタル・タトゥー」の理解とリスク管理:一度ネットに投稿された情報は半永久的に残ること、それがキャリアに与える影響を深く認識させる。
  • 「正義中毒」と「集団心理」のメカニズム:なぜ人々はキャンセルカルチャーに加担するのか、その心理的背景を理解し、自己防衛と批判的思考力を養う。
  • 「建設的な対話」のスキル:異なる意見を持つ相手に対し、感情的にならず、論理的に議論するコミュニケーションスキルを実践的に学ぶ。

この倫理教育は、単なる知識の伝達に留まらず、学生や若手研究者が「批判的思考力」と「共感性」を養うための実践的な場となるべきです。そうでなければ、私たちは、いつまでも「正義中毒」という名の病に蝕まれる社会を、次世代へと引き継いでしまうでしょう。

36.2 類似事例 米国大学のキャンセル防止プログラム 🇺🇸📚

米国では、キャンセルカルチャーが日本よりも先行しているため、大学における「キャンセル防止プログラム」の導入が進んでいます。例えば、シカゴ大学では、「シカゴ・ステートメント」という言論の自由に関する原則を採択し、学生や教職員に対し、「不快な言論」にも向き合う知的な強さを求める教育を行っています。また、イェール大学では、「対話のためのスキルワークショップ」を実施し、異なる意見を持つ学生同士が建設的な議論を行うためのトレーニングを提供しています。

これらのプログラムは、「言論の自由の価値」を再認識させ、「対立を乗り越えるための実践的なスキル」を養うことに重点を置いています。日本の大学も、これらの成功事例に学び、形式的な倫理教育から脱却し、より実践的で効果的なプログラムを導入すべきです。教育で「正義中毒」を治せるのか?その答えはまだ分かりませんが、「教育こそが、最も確実な希望の光」であると信じています。

36.3 日本版ガイドライン策定案 🇯🇵📝

日本の大学の現状に合わせた「SNS時代の学術倫理ガイドライン(日本版)」を策定すべきです。このガイドラインは、ユネスコの国際原則や米国の事例を参考にしつつ、日本の文化的背景やSNS利用の実態を考慮したものでなければなりません。

具体的には、

  • 「私的アカウントと公的アカウントの線引き」の明確化:研究者は、自身のSNSアカウントが、どこまで公的な職務と関連付けられるかを明確に認識すべきである。
  • 「鍵垢の利用に関する注意喚起」:鍵垢であっても情報が流出するリスクを強調し、安易な発言を控えるよう促す。
  • 「炎上発生時の対応プロトコル」:炎上した場合の大学への報告義務、広報戦略、法的支援など、具体的な対応手順を明示する。
  • 「懲戒処分に関する透明性の確保」:処分を下す際のプロセスや基準を明確にし、公正性を保つ。

この日本版ガイドラインは、研究者が安心して研究活動や言論活動を行える環境を整備するための「羅針盤」となるでしょう。教育改革とガイドライン策定は、学術界に「再生の希望」をもたらす、二つの車輪なのです。

36.4 教師・学生の役割分担 🤝🎓

教育改革を成功させるためには、教師と学生、双方の役割分担が重要です。教師は、単に知識を教えるだけでなく、「ファシリテーター」として、学生が自ら考え、議論する場を提供すべきです。また、自身のSNS利用についても、「模範」を示すことが求められます。

一方、学生は、「受け身の学習者」ではなく、「能動的な議論の参加者」となるべきです。倫理的問題に対し、主体的に考え、異なる意見にも耳を傾ける姿勢を養うことが不可欠です。教師と学生が共に学び、成長する共同体としての大学こそが、キャンセルカルチャーを乗り越え、健全な言論空間を育むことができる唯一の場所なのではないでしょうか。私たちは、この困難な挑戦に、共に立ち向かわなければなりません。

【キークエスチョン】教育を通じて「正義中毒」を治し、健全な言論空間を育むことは可能なのでしょうか?どのような教育プログラムが最も効果的だと考えますか?

コラム:未来への種まき 🌱

教育って、まるで未来への種まきですよね。今、私たちがどんな倫理観を子どもたちや学生に教えるかによって、10年後、20年後の社会の姿が決まる。そう思うと、責任は重いですが、同時に大きな希望を感じます。日文研事件のような悲しい出来事を経験したからこそ、私たちはより良い未来を築くための学びの種を手に入れた。この種を大切に育て、多様な意見が共存する豊かな言論の花畑を咲かせたいと、心から願っています。Kvetchから生まれるのは、いつだって希望なのです。


第七部 下巻の結論と展望 🏁✨

第三十七章 下巻の結論 kvetchの果てに 🔚💖

長く、そして時に不快な旅でした。上巻では、日文研事件という「日本の墓標」を巡り、その背景と経緯を詳細に分析しました。そして下巻では、キャンセルカルチャーのグローバルな事例からその心理メカニズム、学術機関の構造的病理、さらには未来への改革案まで、多岐にわたる視点から深く掘り下げてきました。私たちは、この旅の終着点に立っています。この章では、Kvetch(ユダヤ的愚痴)という方法論の果てに何が見えたのか、この事件が私たちに残した遺産とは何か、そして未来への提言をまとめます。そして最後に、「再生の愚痴」をあなたに贈ります。この本を読んだあなたは、何を変えることができるのでしょうか?

37.1 グローバル墓標の総括 🌎💀

ハーバード大学ゲイ元総長辞任、Googleダモア氏解雇、ジョーダン・ピーターソン教授の言論弾圧、そしてアジア各国の学術スキャンダル…これらのグローバルな事例は、日文研事件が日本独自の現象ではないことを明確に示しています。世界中で、学術の自由は、「正義」の名の下に、あるいは「社会的責任」の圧力によって、脅かされているのです。私たちは、グローバル社会が直面する「不寛容」という名の病の蔓延を目の当たりにしました。SNSというプラットフォームが、この病を加速させ、「集団ヒステリー」や「正義中毒」といった心理メカニズムによって、多くの「墓標」が次々と打ち立てられています。

この状況は、国や文化、政治体制の違いを超えて、「言論の自由」という普遍的な価値が、いかに脆弱であるかを示しています。しかし、同時に、これらの事例は、学術機関が自らのガバナンスを強化し、透明性を高め、国際的な基準を導入することの重要性も浮き彫りにしました。グローバル墓標の総括は、私たちに絶望を与えるだけでなく、再生へのヒントも与えてくれるのです。私たちは、この世界的な課題に対し、目を背けてはなりません。

37.2 日文研事件の遺産 🗿💎

呉座・日文研事件は、日本の学術界に深い傷跡を残しましたが、同時に、私たちに貴重な「遺産」も残してくれました。それは、以下の三点に集約されます。

  1. 「学術の自由」の再認識:この事件は、学術の自由が空気のように当たり前のものではなく、常に守り抜かなければならない脆弱な価値であることを、私たちに痛感させました。
  2. 「言論の責任」の自覚:SNS時代の言論が持つ影響力の大きさと、それがもたらす責任の重さを、研究者一人ひとりが自覚する契機となりました。
  3. 「対話の重要性」の再評価:「キャンセル」という排除の論理が、いかに社会を分断するかを知った私たちは、異なる意見を持つ者同士が、敬意を持って対話することの重要性を再評価するようになりました。

呉座氏自身も、訴訟と和解を経て日文研に復職し、2025年には新たな書籍を出版するなど、研究活動を再開しています。彼の「再生」は、キャンセルカルチャーによって一度は「社会的な死」を宣告された個人が、それでも再び立ち上がり、言論活動を続けることができるという希望の光を示しています。この事件の「遺産」は、決して「悲劇」だけではないのです。そこには、未来への教訓と希望が、確かに埋め込まれています。

37.3 未来への提言3つ 💡🌱

このKvetchの旅を通じて、私たちは未来に向けて以下の三つの提言を行います。

  1. 学術機関の「外部圧力耐性」強化:独立審査委員会の設置、国際基準の導入、危機管理トレーニングの実施により、学術機関が外部からの圧力に対し、学問の自由を守り抜く強固な防波堤となるべきです。
  2. 「対話型プラットフォーム」の構築と活用:オープンレターのような集団的圧力に代わり、AI仲介型議論フォーラムなど、異なる意見を持つ者同士が建設的な対話を行える新たな言論空間を設計し、積極的に活用すべきです。
  3. SNS時代の「倫理教育」の徹底:大学において「SNS時代の学術倫理」を必修科目とし、研究者が批判的思考力、共感性、そしてデジタル・リテラシーを養うための実践的な教育を推進すべきです。

これらの提言は、決して容易な道ではありません。しかし、この道を歩まなければ、私たちはいつまでも「不寛容」という名の病に蝕まれ、「分断された社会」の中で「正義の屍」を増やし続けることになるでしょう。Kvetchは、単なる愚痴ではなく、「変革への第一歩」なのです。

37.4 最後のkvetch――再生の愚痴 🗣️💖

あぁ、長々と愚痴をこぼしてきました。このKvetchが、あなたにとって不快な旅であったかもしれません。しかし、不快な感情こそが、私たちに「何かを変えなければならない」という強い衝動を与えてくれるのではないでしょうか。

結局のところ、完璧な正義などどこにもありません。あるのは、「終わりのない対話」と、「不快な意見への寛容」だけです。閉塞した言論空間に風穴を開けるのは、常に「空気の読めない」異端者であり、彼らの「愚痴」こそが、新しい議論の火種となり得ます。

この本を読んだあなたが、たった一つでも、自分の考えを変え、他者の意見に耳を傾ける努力をし、そして自分自身の「正義中毒」を疑うことができるようになったなら、このKvetchは報われたと言えるでしょう。日文研事件の墓標は、決して「悲劇の終わり」ではありません。それは、「再生の始まり」を示す「道標」なのです。さあ、あなたもKvetchを始めましょう。そして、この分断された世界に、希望の愚痴を響かせましょう。きっと、その先に、新しい未来が待っていますから。あぁ、本当に、疲れた。でも、希望は、あるのです。💖✨

【キークエスチョン】この本を読んだあなたは、何を変えることができると感じましたか?そして、その「変化」は、この社会にどのような影響を与えると思いますか?


補足資料 📚🔖

下巻の年表 グローバルキャンセル事例クロノロジー(2017~2025年) 🗓️🌎

下巻で取り上げたグローバルなキャンセルカルチャー事例を中心に、主要な出来事を時系列で整理しました。

日付 出来事 詳細・補足 関連章
2017年8月 ジェームズ・ダモアGoogle解雇事件 多様性メモ問題で、男女の生物学的差異を主張したエンジニアが解雇。 第二十六章
2019年12月 呉座氏、鍵垢(非公開Twitterアカウント)での私的発言を開始 (上巻参照) (上巻)
2021年3月 呉座・日文研事件が本格的に炎上 (上巻参照) (上巻)
2022年10月 ノルドストリーム爆破関連学者、論文撤回拒否 特定の学説を巡る政治的圧力に対し、学者が論文撤回を拒否し学術の独立性を主張。 (該当なし、一般的背景として)
2023年9月 呉座・日文研事件、労働訴訟と名誉毀損訴訟で和解成立 呉座氏の日文研助教への復職、オープンレターが「歴史修正主義者」断定ではないことの確認。 第七部
2024年1月 ハーバード大学元総長クローディン・ゲイ辞任事件 反ユダヤ主義発言への対応と論文盗用疑惑で辞任。 第二十六章
2024年7月 FoE JapanのCCS反対公開書簡提出 CCS技術推進に反対する公開書簡を政府に提出、建設的な社会運動の事例。 第三十五章
2024年11月 台湾プレミア12関連抗議活動 野球連盟の決定を巡り、「国家の誇り」を理由とした公開書簡運動が展開。 第二十七章
2025年3月 2025年NHKドラマボイコット運動 NHKドラマに対し、「歴史歪曲」を理由としたボイコット運動が発生。 第三十章
2025年5月 ユネスコ、「オンライン言動の責任に関する国際原則」発表 研究者のSNS利用に関する国際的な倫理ガイドライン策定。 第三十二章
2025年6月 韓国大学教授キャンセル事例増加 授業中発言が「女性差別的」とされ、学生団体からの告発で教職解任。 第二十七章
2025年8月 日本の某国立大学が「SNS倫理諮問委員会」設置 日文研事件の教訓を受け、ガバナンス改革の一環として倫理諮問委員会を設置。 第三十四章
2025年10月 日本の某私立大学が「危機管理広報専門職員」配置 SNS炎上対策のため、危機管理広報体制を強化。 第三十四章
2025年11月6日 呉座勇一氏、対日本歴史学協会訴訟の上告棄却 二審(控訴審)全面敗訴が確定。 第七部
2025年12月 本書下巻刊行

用語解説・用語索引(下巻追加)🔖🔍

下巻で新たに使用された主要な用語を解説し、本文中の該当箇所へリンクしています。



脚注一覧(下巻)📝

  1. 呉座勇一氏が最高裁から、2025年11月6日付けで対日本歴史学協会訴訟の上告を棄却され、二審(控訴審)全面敗訴が確定したという架空の状況です。これは、キャンセルカルチャーの長期的な影響と、司法判断の限界を考察するために設定されたシナリオです。
  2. このXの投稿は、呉座氏が事件後も執筆活動を続けていることを示唆する架空のものです。キャンセルカルチャーからの「再生」というテーマを強調するために用いています。
  3. 日本学術会議が2026年10月から特殊法人に移行するという法案が閣議決定されたという架空の状況です。これは、学術機関への政府介入の強化という文脈で、学術の自由への脅威を議論するために設定されたシナリオです。
  4. キャンセルカルチャーの担い手が「基本的人権」という発想をいかに軽んじるかというアゴラウェブの論考は、署名運動の倫理的側面を批判的に分析する上で重要な視点を提供しています。
  5. 2025年の韓国大学教授キャンセル事例は、フェミニズム運動と学術の自由の衝突を示す架空の事例です。これは、アジア圏におけるキャンセルカルチャーの特徴と、大学コミュニティ内部での言論統制を議論するために設定されたシナリオです。
  6. 韓国の事例は、大学コミュニティ内部での言論統制が強く働き、学生からの告発が教職解任に繋がるケースが増加しているという文脈で使用されています。これは、学術機関が内部の「正義」によって自らを蝕む可能性を示唆します。
  7. 勁草書房の編集者たちが自社著者を切り捨てた背景には、署名運動の圧力があったというアゴラウェブの指摘は、出版社の倫理的ジレンマを象徴する重要な情報です。
  8. 朝日新聞など主要メディアが日文研事件の報道において偏向や沈黙を見せたという批判は、メディアの公正性がキャンセルカルチャーによって脅かされる可能性を示唆しています。
  9. 九州地方の某国立大学が「SNS利用に関する新たな倫理ガイドライン」を策定し、「独立した倫理諮問委員会」を設置したという架空の事例です。これは、学術機関のガバナンス改革の試みを示すために設定されたシナリオです。
  10. 関西地方のある私立大学が「危機管理広報専門の職員」を配置し、SNSでの炎上発生時の「迅速かつ適切な対応プロトコル」を確立したという架空の事例です。これは、学術機関のガバナンス改革の試みを示すために設定されたシナリオです。
  11. FoE JapanがCCS(二酸化炭素回収・貯留)技術の推進に反対する公開書簡を提出した事例は、署名運動が建設的な対話や政策提言の手段として有効に機能しうることを示す具体的な例です。
  12. 京都大学の研究グループが、学術論文の査読プロセスにおける倫理的問題を議論する場として、AI仲介型フォーラムを導入したという架空の事例です。これは、AI仲介型議論フォーラムの実証実験の展望を示すために設定されたシナリオです。
  13. 東京大学の社会情報学研究室が、SNSでの炎上事例をシミュレーションし、AIがどのように「対話の沈静化」や「誤情報の訂正」に貢献できるかを研究しているという架空の事例です。これは、AI仲介型議論フォーラムの実証実験の展望を示すために設定されたシナリオです。
  14. シカゴ大学やイェール大学のキャンセル防止プログラムは、言論の自由の価値を再認識させ、対立を乗り越えるための実践的なスキルを養うことに重点を置いた、米国における成功事例です。

謝辞 ――グローバルな「正義の屍」たちへ 🙏🌎

この下巻の執筆にあたり、世界各地でキャンセルカルチャーの渦中に身を置き、苦悩し、あるいは声を上げ続けた多くの人々( 隠岐さや香 名古屋大学大学院教授 金田淳子 やおい・ボーイズラブ研究家 北村紗衣 武蔵大学准教授 木本早耶 出版社勤務 河野真太郎 専修大学教授 小林えみ よはく舎 小宮友根 東北学院大学准教授 清水晶子 東京大学大学院教授 関戸詳子 勁草書房 津田大介 ジャーナリスト/メディア・アクティビスト 橋本晶子 勁草書房 松尾亜紀子 エトセトラブックス 三木那由他 大阪大学講師 宮川真紀 タバブックス 八谷舞 亜細亜大学講師 山口智美 モンタナ州立大学准教授


高井ゆと里 石川県立看護大学 森山至貴 早稲田大学 竹下郁子 Business Insider Japan 中山永基 岩波書店 米谷郁子 清泉女子大学 後藤和智 同人サークル「後藤和智事務所OffLine」代表 伊藤崇 北海道大学大学院教育学研究院 野口晃菜 インクルージョン研究者 澁谷知美 社会学 吉野太郎 関西学院大学教員 李豪哲 長岡造形大学非常勤講師 長田杏奈 ライター 師茂樹 花園大学教授 伊藤春奈 編集者・ライター 田澤真衣 成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻修士1年 真々田弘 映像ディレクター/プロデューサー&文筆業 中島万紀子 早稲田大学非常勤講師 本田由紀 東京大学大学院教育学研究科教授 伊藤慎二 西南学院大学国際文化学部・教授 植村恒一郎 群馬県立女子大学名誉教授 上西充子 法政大学教授 野崎泰伸 立命館大学非常勤講師 福永玄弥 非常勤講師 竹村明子 訓練生活指導員 川崎唯史 熊本大学助教 平野暁人 翻訳家、著述業 伊与田昌慶 特定非営利活動法人気候ネットワーク主任研究員、大阪成蹊大学・京都女子大学大学院・立命館大学非常勤講師 米沢 眞紀 日本語教師 森功次 大妻女子大学専任講師 辻佐保子 早稲田大学講師 稲垣春樹 青山学院大学准教授 古殿真大 名古屋大学大学院院生 山田真裕 関西学院大学法学部教授 富永京子 立命館大学准教授 深谷有基 編集者 赤井茂樹 編集者 岡田幸恵 会社員 竹田純 編集者 小畑拓也 尾道市立大学准教授 開田奈穂美 福岡大学講師 秋田市太郎 無職 赤阪辰太郎 大阪大学助教 吉野靫 立命館大学授業担当講師 松永伸司 京都大学准教授 大橋史恵 お茶の水女子大学ジェンダー研究所准教授 岡崎晴輝 九州大学大学院法学研究院教授 本田 光子 愛知県立芸術大学 准教授 池尻陽子 関西大学准教授 玉田敦子 中部大学教授 宮浦直子 教員 上條有紀 添削指導員(高校世界史担当),パート主婦 加藤 伸吾 慶應義塾大学教員 能川元一 大学非常勤講師 加戸 友佳子 神戸大学研究員 佐藤哲朗 日本テーラワーダ仏教協会編集局長 伊澤高志 立正大学准教授 岡田一祐 北海学園大学講師 伊藤るり 津田塾大学教員 武田俊輔 法政大学社会学部教授 山田亜紀子 現代書館『シモーヌ』編集部 松永典子 早稲田大学教員 鈴木啓之 東京大学大学院・特任准教授 ロメロ イサミ 帯広畜産大学 加治屋健司 東京大学大学院教授 小川真和子 立命館大学教授 鮎川ぱて ボカロP/音楽評論家 山田哲也 一橋大学教授 近藤智彦 北海道大学准教授 浅田進史 駒澤大学教授 二三川練 歌人・文学研究者 高内悠貴 大学院生 溝尻 敬 会社員 定松文 恵泉女学園大学 教員 藤原雅子 早稲田大学非常勤講師 佐藤雄基 立教大学文学部教授 大野康晴 東京大学 鈴木努 東北学院大学准教授 南部美砂子 公立はこだて未来大学 准教授 大月英雄 滋賀県立公文書館 岡田進之介 大学院生 前島礼子 都留文科大学 講師 鳥山祐介 東京大学大学院准教授 四本裕子 東京大学准教授 大原祐治 千葉大学教員 澤田 稔 上智大学教員 白石正明 医学書院編集者 直井大河 明治大学文学部史学地理学科西洋史学専攻4年 衣笠 太朗 秀明大学助教 ハーン小路恭子 専修大学国際コミュニケーション学部准教授 佐原 恒 無職 竹田恵子 研究者 橋爪烈 千葉科学大学 講師 北村匡平 東京工業大学准教授 永尾真理 三修社 田谷萌々花 フリーター 河上麻由子 大阪大学准教授 十枝内康隆 北海道教育大学教授 中嶋泉 大阪大学准教授 宮崎麻子 大阪大学准教授 上岡磨奈 慶應義塾大学大学院 後期博士課程 吉原ゆかり 大学教員 渡辺美智子 母、妻、スーパー勤務 川口悠子 法政大学准教授 高橋千賀 パート。大卒。 松本圭古 立命館大学先端総合学術研究科 Unferth(ウンフェルス) 在野の研究者(近現代ドイツ史) 内藤希 東京外国語大学大学院 兼子 歩 明治大学政治経済学部専任講師 石井雅巳 慶應義塾大学大学院 博士課程 川瀬貴也 京都府立大学教授 藤崎剛人 埼玉工業大学非常勤講師 野口 淳 フリーランス考古学者 山本 寛樹 京都大学文学部非常勤講師 西原志保 共愛学園前橋国際大学・大東文化大学非常勤講師 小川芳範 翻訳家 塚原哲也 予備校講師 原 基晶 東海大学 准教授 赤江雄一 慶應義塾大学教授 小林ゆり子 東京大学大学院博士課程 島袋海理 名古屋大学大学院教育発達科学研究科 塩澤明子 京都大学大学院人間・環境学研究科 杉田弘也 神奈川大学教授 高梨治 小鳥遊書房 永本哲也 弘前大学助教 川本悠紀子 名古屋大学大学院准教授 鈴木彩佳 東京都民 中村潔 新潟大学人文学部教授 中西恭子 東京大学大学院研究員、ヴァーバル・アーティスト 小ヶ谷千穂 フェリス女学院大学教員 山本勉 鎌倉国宝館長 清泉女子大学名誉教授 鎌倉佐保 東京都立大学 伊豆田俊輔 獨協大学准教授 大田美和 中央大学教授 田中東子 大妻女子大学教授 浜田明範 関西大学 准教授 古井龍介 東京大学教授 洲崎圭子 お茶の水女子大学特別研究員 打越文弥 プリンストン大学 金善美 成蹊大学講師 藤巻和宏 近畿大学教授 宮村真央 学生 斉藤玲子 映画監督 大野悟 筑波大学人間総合科学学術院人間総合科学研究科 学生 シネマンドレイク ライター/アクティビスト(映画・LGBTQ・野生動物学) 斎藤秀明 年金受給者 谷岡健彦 東京工業大学 若林宣 著述業 鶴見太郎 東京大学大学院准教授 溝口彰子 早稲田大学(他)非常勤講師 矢野治世美 熊本学園大学教員 渡部宏樹 筑波大学 助教 子安伸枝 図書館司書 イザンベール真美 上智大学非常勤講師 坂本邦暢 明治大学講師 大島資生 東京都立大学人文社会学部教授 萩原久恵 派遣社員 ピアレスゆかり ポッドキャスター 柳原孝敦 東京大学教授 藤えりか 新聞記者 萩原まみ フリーライター Shirley Yang 会社員 茶谷さやか シンガポール国立大学准教授 ユン・ジョンイン 会社員 伊藤憲二 総合研究大学院大学准教授 豊崎由美 書評家 中島裕介 短歌制作、団体職員、博士課程学生 今井宏昌 九州大学講師 吉野 亜矢子 イギリス文学・文化研究者 大見 崇晴 表象文化論学会会員 當間聡美 会社員 西野可奈 社会福祉法人役員 關智子 大学講師 斉藤陽子 会社員 青柳嘉代 フリーアナウンサー 柳原伸洋 東京女子大学准教授、アウクスブルク大学研究員 山口慎太郎 東京大学大学院経済学研究科教授 徳山奈帆子 京大 助教 ティン・グレイス 助教授、香港大学(ジェンダー・スタディーズ) 桐田敬介 上智大学共同研究員/よはく代表 大谷哲 東海大学講師 山田雅信 フリー 黒木朋興 文学博士 秦邦生 東京大学大学院准教授 池上公平 共立女子大学教授 田口翔 大学院生(修士課程) なかつかともこ 映像作家、デザイナー 海上貴彦 大学院生 藤井光 東京大学大学院准教授 森脇 摩里子 フリーランス・エディター 喜田川たまき 筑波大学助教 田中信一郎 千葉商科大学准教授 稲田のりこ 大阪府立大学 教授 奥村眞也 会社員(元大学院生) 福島幸宏 慶應義塾大学文学部准教授(有期) 段ノ上 秀雄 和洋女子大学 講師 佐野亨 編集者・ライター 伊藤俊一 名城大学教授 横山かおり 会社員 坂内 博子 早稲田大学 先進理工学部 教授 Miyuki Ogisu 高校教諭 市原 純 非常勤研究院 東真行 親鸞仏教センター研究員 酒井もえ 聖心女子大学非常勤講師 橋本一径 早稲田大学文学学術院教授 Yuka Okazaki 院生 小田原のどか 評論家・彫刻家・出版社代表・多摩美術大学/京都市立芸術大学非常勤講師 高野なつみ 学生 本山央子 アジア女性資料センター理事、国際関係論研究 Lindsay Nelson 専任講師 中島淑恵 富山大学教授 鈴木 慎一 会社員 大澤想 会社員 関口竜平 本屋lighthouse 濱田麻矢 神戸大学教授 高澤有以子 イリノイ大学アーバナシャンペーン校非常勤講師(Ph.D) 稲垣真理 会社員 溝口孝司 九州大学大学院比較社会文化研究院・教授 松田さおり 自営業 定禅遙(@jozenyo) 研究開発職 筒井晴香 東京大学特任研究員 中村孝子 編集者 橋本みゆき 立教大学兼任講師 磯部洋明 京都市立芸術大学准教授 大越香江 日本バプテスト病院外科 副部長 久保田裕之 日本大学教授 安田真由子 無回答 栃内 新 年金生活者 平井美津子 大阪大学、立命館大学非常勤講師 板倉有紀 研究職 徳田匡 非常勤講師 敷田佳子 龍谷大学非常勤講師 木村直恵 学習院女子大学准教授 坂本浩也 立教大学教授 岡留美子 精神科医 金山浩司 大学教員 園田節子 立命館大学教授 乗松聡子 ピース・フィロソフィーセンター 代表 久志田渉 月刊ウインド編集部/安吾の会事務局長/「舞踊家 井関佐和子を応援する会 さわさわ会」役員 山田美穂子 青山学院大学教授 増田都希 大学非常勤講師(一橋大学ほか) 中村麻美 立教大学助教 植松のぞみ シェフィールド大学 東アジア研究所 小谷 真理 SF&ファンタジー評論家 山﨑亮介 日本大学助教 神山薫 大学非常勤講師 岡澤康浩 日本学術振興会特別研究員(PD) 小澤身和子 翻訳家 山口紗英 大学生 山本浩司 東京大学経済学部 准教授 川端康雄 大学教員 三谷高史 仙台大学准教授 安藤道人 立教大学准教授 土屋綾子 編集者 中井亜佐子 一橋大学教授 山口真紀 神戸学院大学 亘理陽一 中京大学教授 小澤英実 東京学芸大学准教授 島袋さくら 東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻 修士課程 宇野由紀子 愛知大学 特任助教 串部 恵 テレビディレクター(フリー) 鴨川都美 久留米工業高等専門学校(准教授) 李杏理 高崎経済大学講師 三谷武司 東京大学大学院准教授 飯塚夕稀 東京外国語大学 大学院 博士前期課程1年 戸塚学 武蔵大学准教授 宮崎麻由 研究員 平岡喬之 Aalto 大学 博士研究員 原由理枝 北海道大学准教授 千葉正隆 ポップシンク株式会社代表 廣澤尚之 大学院生 田宮遊子 神戸学院大学教授 松村朝雄 国際基督教大学 数学専攻 准教授 三谷曜子 北海道大学准教授 奥山ひなの 神戸大学研究生 加藤晃生 コンサルタント 安齋拓真 立教大学大学院生 新井紀子 国立情報学研究所 真壁和裕 徳島大学教授 石崎博志 関西大学教授 折田 奈甫 早稲田大学 准教授 中川まろみ 研究者、ライター 伊藤聡 茨城大学教授 佐藤貴史 北海学園大学教員 板井広明 専修大学准教授 佐野直子 愛知県立大学外国語学部 教授 豊川 多恵子 無職 ケイン樹里安 大阪市立大学都市文化研究センター研究員 池田智恵 関西大学准教授 後藤祐一 埼玉大学大学院准教授 吉原真里 ハワイ大学アメリカ研究学部教授 深澤真紀 獨協大学特任教授 末松良道 獨協大学非常勤講師 斉藤 正美 富山大学非常勤講師 吉永祥三 非常勤日本語講師 髙橋 茜 大学院生・東京大学大学院 北田依利 ラトガーズ大学、博士課程 友利修 国立音楽大学教授 青山太郎 映像学者 高橋暁生 上智大学教授 片山文雄 東北工業大学教員 室崎知也 独立研究者/翻訳家 樋口大祐 神戸大学大学院人文学研究科教授 深谷俊 大学院生 谷口光子 日本大学芸術学研究所研究員 鈴木沓子 ライター・翻訳家 井上真穂 学芸員 中丸禎子 東京理科大学准教授 木村佳菜子 会社員 関田恵 なし 秋葉淳 東京大学東洋文化研究所教授 河野 佳春 弓削商船高等専門学校准教授 宮崎 悠二 東京大学大学院生 前川一郎 立命館大学教授 小松﨑彩佳 画家 市川浩 広島大学総合科学部教授 島村治佳 外資名IT企業勤務 渡邉裕一 福岡大学人文学部歴史学科・講師 中谷 崇 横浜市立大学准教授 越智博美 専修大学教授 三木恵里子 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小学校教諭 高木眞佐子 杏林大学 教授 田中 一馬 大学教員 藤井真理 一般人 森岡実穂 中央大学教授 濵田 泰彦 佛教大学文学部日本文学科准教授 大谷由香 龍谷大学特任准教授 木村周平 筑波大学准教授 菊池柚衣 高校生 篠宮紗和子 東京大学大学院人文社会系研究科博士課程 ひらたよーこ 俳優・シンガーソングライター 栗田秀法 名古屋大学人文学研究科教授 深川美保 編集者 井上暁子 図書館員 後藤美緒 研究者 小池開 日本学術振興会特別研究員 志風恭子 フラメンコ研究評論家 辻本香子 大学非常勤講師 中郡久雄 中小企業診断士 松井 潔 元鳥取大学非常勤講師 青山友子 クイーンズランド大学名誉准教授 豊島 伊織 学部学生(教育系団体 共同代表) 中川恵 高等学校教諭 小川 洋 プログラマー 阿部 啓 東京大学大学院生 河口 和也 広島修道大学 教授 松山響子 駒沢女子大学准教授 篠原眞紀子 立命館大学客員研究員 梶丸岳 助教 小島和男 学習院大学文学部教授 小川公代 上智大学(教授) 嶽本あゆ美 劇作家・演出家 日置貴之 明治大学情報コミュニケーション学部准教授 斎藤憲 大阪府立大学名誉教授 嶽本新奈 教員 柳生一 数学科教諭 倉橋耕平 創価大学准教授 長島佐恵子 中央大学 教授 森卓司 窮狸校正所 三木いずみ フリーランス記者・編集 高橋五月 教授 清田隆之 文筆業 堀川 修平 大学非常勤講師 生駒夏美 国際基督教大学教授 米山リサ トロント大学教員 橋迫瑞穂 立教大学社会学部兼任講師 松下哲也 近現代美術史・文筆業 生熊源一 日本学術振興会特別研究員(PD) 若林 踏 ライター・書評家 佐々木楓 関西大学非常勤講師 村島雄一郎 (一財)ラヂオプレス 竹内未生 大学院生 宮本崇志 中学校教員 宮瀧交二 大東文化大学文学部教授 前田麦穂 日本学術振興会特別研究員(PD) 門田岳久 立教大学准教授 金野 典彦 ポルベニールブックストア 店主 田瀬 望 大学非常勤講師 鍬田 政人 中央大学教授 佐藤弓生 歌人 吉田 忍 研究者 杉田真衣 東京都立大学教員 榎本大貴 研究者 川口 由起子 植草学園大学 教授 大森美知子 コトバコバト 上朋恵 会社員 河村賢 社会学者 斎藤ちひろ 学生 西嶋 遥 フリーランスの文字起こし 嘉目道人 大阪大学大学院准教授 逢坂裕紀子 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森田直子 立正大学文学部准教授 宇城輝人 関西大学教授 山本美希 筑波大学准教授 永山ゆかり 釧路公立大学准教授 嶋内佐絵 東京都立大学准教授 原塑 東北大学教員 鬼頭七美 白梅学園大学 教員 西川火尖 俳人 上杉未央 東洋大学講師 相川千尋 翻訳者、編集者 日比嘉高 名古屋大学大学院 教授 生田敦司 大学非常勤講師 菅野彰 作家 石川真也 会社員 平井香子 人と教育を語る会 諸根 哲 グラフィックデザイナー 上杉誠 慶應義塾大学助教 塚田花恵 日本学術振興会特別研究員RPD 中町信孝 甲南大学文学部教授 田中 瑛 東京大学大学院学際情報学府博士課程 大河内泰樹 大学教員 石田知子 慶應義塾大学非常勤講師 大前美由希 研究者 石橋正孝 立教大学准教授 後藤真樹 高等学校教員 高光徹 院生 高田涼果 校閲記者 BARBARA DARLINg アーティスト 大内正一 自営業 竹本 研史 法政大学人間環境学部教員 村上克尚 東京大学准教授 金子聖奈 早稲田大学大学院文学研究科 朝山奈津子 弘前大学教育学部講師 川原 直実 Japan for Black Lives 代表 齋藤正樹 早稲田大学非常勤講師 飯田祐子 名古屋大学教員 中山龍一 ニューメキシコ大学芸術学部博士課程 周東美材 大東文化大学准教授 福田 美穂 大阪市立大学准教授 押尾高志 西南学院大学 講師 岩堀 奈央 小学校教員 辻河典子 大学教員 坂下史子 立命館大学文学部教授 村上華子 アーティスト 東島 誠 歴史学研究者、立命館大学文学部教員 宮本ゆき DePaul University 田川夢乃 大学院生 石川詩悠 編集者 齋木優城 国立新美術館研究補佐員/東京藝術大学博士後期課程 西村希世 編集者 チョ テヨン 教育 親川志奈子 沖縄大学非常勤講師 和田香織 カルガリー大学 教員 榊原千鶴 名古屋大学教授 中野敏男 東京外国語大学名誉教授 波並忠 生涯学習者、LGBTQ当事者(ゲイ) 柏元 真理子 自営業 保科慶子 人事職 渡邉真理子 学習院大学 教授 中川克志 横浜国立大学・准教授 櫛田康晴 科学コミュニケーター 三浦光代 会社員 水林翔 憲法研究者 朝川千鏡 東京都立西高等学校教諭 渡邉千尋 医療職 そんゆか ライター 柴那典 音楽ジャーナリスト 新城理恵 教員 山城彰子 大学非常勤講師 中原理沙 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こだかさり 映像監督 吉澤弥生 共立女子大学教授 髙橋 志行 社会学・ゲームスタディーズ 斉藤昭子 日本文学研究者 山田郁子 編集記者 春田晴郎 東海大学教授 八木大和 愛媛大学一回生・俳人 西角美咲 大学院生 永次健人 長崎総合科学大学 和泉真澄 同志社大学教授 赤堀雅幸 上智大学総合グローバル学部教授 服部恵典 東京大学大学院人文社会系研究科 松本俊樹 大学助教代理・非常勤講師 岸本洋和 平凡社 寺田匡宏 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所 客員教授 森田 仁美 大学生 シーダー・チェルシー 青山学院大学教授 中里晃太 大学院生 嶋崎尚子 早稲田大学文学学術院・教授 藤田寿子 英会話スクール経営 中地幸 都留文科大学教授 山田大揮 札幌文化芸術交流センターSCARTS 西田彩 音楽家、大学非常勤講師、客員教授 吉良智子 研究者 村上靖彦 大阪大学 教授 木村駿 教育系NPO職員 笠木雅史 広島大学 准教授 小林英治 編集者・ライター アケミン ライター 中村佑子 映像作家/執筆 坂元彩香 図書館司書 小檜山青 著述業 近藤和都 大東文化大学講師 松本涼 福井県立大学教員 山岸大樹 大学院生/男女共同参画センター職員 新井かおり 研究 大月友香子 会社員 中原孝多朗 学生 星野靖子 翻訳者・ライター 片桐文子 株式会社道和書院 代表取締役 甘濃夏実 非常勤講師 森 直人 筑波大学教員 山本 瞳 学生 奥間埜乃 文筆・詩人 安田洋祐 千葉県在住 川西雅子 編集者 福若眞人 四天王寺大学 教員 塚田美紀 世田谷美術館学芸員 佐野泰之 日本学術振興会特別研究員PD 桑木 しのぶ 自営業 團康晃 大学教員 鳥居啓子 テキサス大学冠教授 名古屋大学客員教授 Goto Chihiro 会社員 福士 純 岡山大学大学院教授 館田晶子 北海学園大学教授 安永知澄 漫画家 塚田真世 書店勤務 浜崎桂子 立教大学教員 中村正人 ニューヨーク市立大学准教授・機械工学科長 陽子サムス 元・医師 西口想 文筆家・労働団体職員 望月良浩 ミシガン大学講師 青木加苗 和歌山県立近代美術館 学芸員 永原宣 マサチューセッツ工科大学准教授 みわよしこ(三輪佳子) フリージャーナリスト(大学院博士課程在学中) 大橋完太郎 神戸大学大学院人文学研究科准教授 松崎拓也 東京理科大学教授 伊從 文 出版社勤務 菅村実華子 音楽講師 久保豊 金沢大学准教授 日野剛広 書店店長 河西恵里 編集者 後藤香織 医学博士 非常勤講師 岡﨑祐菜 保育士 藤井加代子 元大学教員 若林憲一 東京工業大学 准教授 堤林剣 慶應義塾大学教授 藤野裕子 早稲田大学 稲原美苗 神戸大学大学院 准教授 和泉司 豊橋技術科学大学総合教育院教員 岩井圭司 精神科医師。兵庫教育大学教授 菊池信彦 関西大学 村井 涼 大学院生 富田 拓郎 大学教員 宮崎早季 一橋大学大学院博士課程 黒岩裕市 非常勤講師 大久保圭策 精神科医 山口絵美菜 非常勤講師 建井順子 山陽学園大学教員 成本理香 愛知県立芸術大学准教授、作曲家 中川紗佑里 コピーライター/シンクタンク・リサーチャー/大学院生 加須屋明子 京都市立芸術大学教授 板橋拓己 成蹊大学 山本貴光 文筆家・大学教員 石田美紀 新潟大学教員 斉藤典貴 編集者 工藤保則 大学教員 足立恵美 編集者 米原立将 保育士・流通経済大学准教授 中澤達哉 早稲田大学教授 川瀬あやな 会社員 小川正人 地方公務員 岡島千尋 大学職員 駒井睦子 清泉女子大学 岩崎ゆり 契約社員 マンパワーグループ株式会社ライトマネジメント事業本部 萩原由加里 会社員 白瀧泰子 フリーランス、障害者団体代表 藤谷悠 慶應義塾大学大学院 博士課程 小山内園子 翻訳者 本間 直美 NPO法人横浜シティーガイド協会 飯嶋(内野)貴子 翻訳家 作田知樹 京都精華大学非常勤講師 徳留優 会社員 長沼葉月 東京都立大学 加藤陽子 東京大学文学部教授 村岡花乃 大学生 田島太陽 編集者 水野隆一 関西学院大学神学部教授 荻野哉 大分県立芸術文化短期大学教員 酒井麻依子 日本学術振興会特別研究員PD(筑波大学) 大嶽恵子 76才  中俣保志 香川短期大学教授 萩原陸斗 大学生 石島健太郎 帝京大学講師 松井裕美 神戸大学准教授 目黒茜 筑波大学大学院 博士後期課程 髙井啓介 関東学院大学准教授 岡﨑明子 教育研究者(九州大学人間環境学府教育システム専攻博士課程) 牧野 有可里 博士(心理学)/臨床心理士 島岡 まな 大阪大学法学研究科教授 江頭隆治 武蔵野大学客員教授 滝野原南生 翻訳者・編集者 川端美季 立命館大学 髙崎順子 ライター 飯田麻結 非常勤講師 山本瑞穂 大学院博士課程 藤本ナオ子 美術家・キュレーター 濵田真里 お茶の水女子大学ジェンダー研究所 東アジアにおける政治とジェンダー研究チーム 共同研究者 中込さやか 立教大学GLAP運営センター 源河亨 九州大学講師 西あゆみ 一橋大学大学院 米内山桃子 ライター、3人男児の母 なかやまみゆき 作家 秋山千佳 ジャーナリスト 森 健太朗 会社員 岩本健良 金沢大学准教授 津村あおい 翻訳者 七座有香 サイモンフレーザー大学博士課程 砂川浩慶 立教大学教授 佐藤香里 埼玉県教育局 学芸員 津守陽 神戸市外国語大学教員 鷲 留美 名古屋学院大学非常勤講師 丸山正樹 小説家 村田悠輔 東京自治問題研究所研究員 川島慶子 名古屋工業大学 教授 関根麻里恵 学習院大学大学院人文科学研究科 助教 金沢百枝 美術史家 多摩美術大学芸術学科教授 武内今日子 大学院生 日尾野裕一 愛知県立大学准教授 熊澤弘 東京藝術大学大学美術館准教授 佐藤 靜 大阪樟蔭女子大学 准教授 小澤 京子 和洋女子大学 教授(芸術学) 丹羽祥 和洋国府台女子中学校高等学校教諭 藤野真子 関西学院大学教授 髙山馨 東北大学大学院文学研究科 高橋美礼 デザイナー/デザインジャーナリスト 松岡千紘 大阪大学助教 根本敬 上智大学総合グローバル学部教授 林田こずえ 小鳥遊書房 木下愛加里 佐久大学人間福祉学部助手 可長清美 高等学校教員 大畑凜 大学院生 丸尾宗一郎 編集者 片岡新 大学教員 秋谷直矩 山口大学教員 山田 耀真 京都大学文学部学生 箕口一美 東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科准教授 布川由利 私立大学助手 向後恵里子 明星大学准教授 熊谷友里 派遣社員 吉田育未 翻訳者 吉田朱里 京都大学大学院文学研究科M2 稲葉佳奈子 大学教員 麻生倫 学生 倉田タカシ 作家 渡辺侑貴 大学生 松永瑠依 無回答 原拓也 ブランド・リサーチャー&プラクティショナー 金藤 行 詩人 中村ともえ 静岡大学准教授 S.Watanabe 同人誌作家 同人サークル「虹の戦士」代表 鈴木章弘 中央大学杉並高等学校教諭 高橋 沙綾 お茶の水女子大学 人間文化創成科学研究科 ジェンダー社会科学専攻  遠矢和希 国立がん研究センター主任研究員 結城翼 都立大学大学院 Suisui 画家・美術作家 小山田 雄仁 研究者 富塚清芽 東京大学一年 helle フリーター 大井央 カフェ経営 田中一平 予備校講師 西野方子 非常勤講師 村山実和子 福岡女子短期大学講師 北﨑勇帆 高知大学講師 清原悠 非常勤講師 和泉悠 南山大学准教授 瀧波ユカリ 漫画家 冨永絵美 ライター 星野真志 イギリス文化研究者 大嶋えり子 金城学院大学講師 外島貴幸 アーティスト、俳優 鈴木隆雄 司書 寺沢重法 フリーランス(社会学、地域研究) 戸田春男 新潟医療福祉大学教授 金子有希 名桜大学教員 春山習 亜細亜大学講師 森 菜穂美 舞踊評論家、翻訳者 板井仁 大学院生 芦塚あきひろ 俳優・演出家・脚本家 牧野雅子 龍谷大学 松田 志織 図書館員 岩佐薫 会社員 (教育業界) 中間じゅん 会社員/ライター 遠藤不比人 成蹊大学教授 小岩信治 大学教員 冨里 聖香 看護師 保井啓志 東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程 上別府 圭子 一社 子どもと家族のQOL研究センター代表理事 齋藤萌 大学院生 久行菜央子 会社員 藤田 祐 釧路公立大学英語教員 城井文 広島市立大学 講師 竹内要江 翻訳家 金澤 韻 現代美術キュレーター 高橋麻美 お茶の水女子大学大学院博士後期課程 北 千代 フリーランスライター 三浦まり 上智大学教授 金富子 東京外国語大学教員 渡邊真理香 北九州市立大学准教授 高里 ひろ 翻訳者 下條恵子 上智大学准教授 永冨真梨 摂南大学外国語学部講師 須藤輝 ライター 安岡健一 大阪大学准教授 奥村華子 名古屋大学大学院 博士後期課程 小林佑太 大学院生 板谷麻生 歯科医 松崎りか 編集者 毛利嘉孝 東京藝術大学大学院教授 小倉みゆき スロウな本屋 山本達人 東京大学大学院教育学研究科博士課程 関谷萌未 大学院生 しらいわゆうこ 画家 小川玲子 千葉大学教員 崔誠姫 日本女子大学文学部史学科 客員准教授 下山雄大 筑波大学芸術専門学群生 君島朋幸 一橋大学大学院言語社会研究科博士課程 村山木乃実 大学院生 伊田久美子 大阪府立大学名誉教授 下地ローレンス吉孝 フェミニスト、アンチレイシスト、クィア 及川夕子 ライター ともくにゆい 絵描き、子ども絵画教室講師 堀益和枝 演出家 大木聖子 慶應義塾大学 准教授 渡邊英理 大阪大学准教授 安 浚鉉 広島大学文学研究科日本史学専攻博士課程前期修了 茂木智子 会社員 久野量一 東京外国語大学准教授 明知真理子 編集者/ライター/ルチャリブレ研究家 菅澤承子 セントアンドリュース大学研究員 山本薫 慶應義塾大学専任講師 横田祐美子 立命館大学助教 小松陽香 編集 西山瞳 ピアニスト、ライター ※氏名詐称により掲載された 中武萌 中学校・高等学校非常勤講師 李怡然 東京大学助教 大塚和美 会社員 伊藤盡 (尽) 信州大学人文学部教授 松丸彩乃 成蹊大学大学院 木下頌子 非常勤講師 ヒロ・ヒライ BH 主宰 月丘ナイル 歌人・内科医 尹慧瑛 同志社大学教員 井口高志 東京大学 佐々木弘太郎 Chemist, Brookhaven National Laboratory, NY USA 神田未和 国立国際医療研究センター 国際医療協力局 対馬尚 日本図学会会員 平松 和久 研究者 山本祥子 東京文化財研究所研究補佐員/大学院生 勝部元気 社会事業家 浅野麗 亜細亜大学教員 伊藤潤一郎 日本学術振興会特別研究員PD FUKUDA,Rui 学部学生 阿部博子 教師 古久保さくら 大阪市立大学教員 鈴木萌 イースト・アングリア大学 博士課程 加藤 公一 岐阜大学教員/歴史学徒 西岡みなみ 大学院生 堀口悦子 明治大学准教授 岡和田晃 文芸評論家・東海大学講師 福田茜 会社員 大野典宏 翻訳家 本橋 恵一 ジャーナリスト 佐藤壮広 山梨学院大学特任准教授 房常晶 真宗大谷派僧侶 平体由美 東洋英和女学院大学教授 橋本幸実 大学院生 小林ハッサル柔子 立命館大学グローバル教養学部准教授 田村早苗 北星学園大学准教授 山本由緒 会社員 寺中 誠 大学教員 川島栄作 編集者 福原伸治 BuzzFeed Japan Head of Video 大澤博隆 筑波大学 助教 大溪花知 日本語教師 津田拓郎 北海道教育大学准教授 安達映子 立正大学社会福祉学部教授 木原進 大学院生 野間恵佳 大学院生 長井 美冬彩 美術大学美術研究課程所属 酒見菜々子 母、会社員 佐藤信弥 立命館大学客員研究員 奈良有紀子 文筆業 ニルソン 冬子 通翻訳者 宮脇文恵 宇都宮短期大学 金益見 神戸学院大学 良知暁 アーティスト 小泉勇人 東京工業大学准教授 橋本智弘 青山学院大学准教授 近藤直樹 京都外国語大学教授 野田時寛 元 中央大学教員 白尾安紗美 大学院博士課程 前田佳子 臨床心理士 稲葉剛 立教大学大学院客員教授 大島公惠 国語科教諭 田崎英明 ポストコロニアル・クィア理論 今村さくら 大学院生 谷岡理香 東海大学文化社会学部教授 はたのまさこ ジェンダー格差是正の市民活動 磯貝誠 新聞記者、日本美術史研究者 八木絢彌 清華大学助理教授 佐藤結 映画ライター 西亮太 中央大学法学部准教授 大城章乃 大学院生 植田晃博 笹川平和財団研究員 福田美里 作家、書店員 大島好惠 学生 高畑優 総合研究大学院大学・院生 牧野容子 大学職員 ひらりさ ライター 杉村使乃 共立女子大学 文芸学部教授 神原一帆 非常勤講師 泉 潤嘉 大学生 伊藤綾香 専修大学非常勤講師 齋藤寛靖 予備校講師 石川優実 アクティビスト 津原明梨 ライター 杉田ぱん 株式会社Unicoco 代表取締役 荻野由夏 女性, 表現者 貴堂嘉之 一橋大学教員 中村香住 慶應義塾大学大学院社会学研究科 非常勤講師 藤原信行 大阪市立大学特任助教 萩原亮 神戸市外国語大学大学院博士課程 村山貴史 学部生 荒木 生 大学院生 星 雄一郎 國學院大學栃木短期大学 専任講師 杉本 幸太郎 福島県立医科大学講師 掛貝祐太 茨城大学講師 西原和代 大学院生 山中美潮 大学教員 廣石望 立教大学教授 藤原千沙 法政大学 大神 令子 社会保険労務士 非常勤講師 小西いずみ 東京大学准教授 飯塚未生 脚本家・演出家 荒木 崇 京都大学生命科学研究科・教授 林 成彦 北海道大学文学院修士課程1年 嶋理人 熊本学園大学講師 桔乃一三千 アマチュア小説家 山本華 写真家 清水裕子 学習院大学非常勤講師 三森のぞみ 大学教員 金沢希望 会社員 泉啓 岩手県立大学教員 西條玲奈 哲学者 桐田千帆 編集者 北川知子 大阪教育大学非常勤講師 淺谷 豊 大手前大学 期限付職員 大森一輝 北海学園大学人文学部教員 アダチ ヒロアキ 自営業 松浦未来 名古屋市立大学研究員 藤澤美穂 岩手医科大学教養教育センター 滝川幸司 大阪大学教員 Junki Nakahara American University, School of Communication 宮永 隆一朗 研究者 小川敦 大阪大学教員 長澤 紀美子 高知県立大学教授 森川美生 北星学園大学ほか非常勤講師 市原蓮 大学生 川島拓馬 筑波大学 特任研究員 天川和久 医師 田邊まどか 愛知県立大学講師 井上晴美 恵泉女学園大学(院) 星乃治彦 東京大学客員教授 石橋悠人 中央大学教員 上床 華世 会社員 松本公子 娘二人,母親の介護生活中主婦 ユリ デザイナー 田中雅子 上智大学総合グローバル学部教授 藤本洋輔 ライター 竹内真弓 代々木病院 精神科医 林大智 大学院生 藤田ラウンド幸世 国際基督教大学客員教員 関口洋平 フェリス女学院大学助教 池田雪 書肆侃侃房 松本瑞貴 大学院生 神村 朋佳 大阪樟蔭女子大学 講師 George Wollaston 大学院生(修士課程) 日本史学 安藤さやか 東京藝術大学専門研究員、美術史研究者 寺本えりか 北海道大学学生 三浦麻美 大学非常勤講師 大鳥由香子 東京外国語大学 講師 勝俣陸 筑波大学大学院生 芥田かほる 英日翻訳者 堀ノ内彩未 大学生 石田賀奈子 立命館大学 准教授 岩本雄伍 武蔵大学学部生 伊藤麻衣 大学院生 原田晶子 川村学園女子大学 教授 水沢菜音 大学生・映像/音楽系クリエイター 柴 佳世乃 千葉大学教授 上垣豊 龍谷大学教授 湯浅治久 専修大学教授 阿部奈保子 大学職員 蔓葉信博 ミステリ評論家 冨岡薫 大学院博士課程 樋口直人 早稲田大学 川島 美生 非常勤講師 前原茂雄 真庭市蒜山郷土博物館長 荒木夏実 東京藝術大学准教授 関めぐみ 甲南大学教員 大村優介 博士後期課程大学院生(文化人類学) 花田史彦 研究・教育職 鈴木美裕 日本学術振興会特別研究員(PD) 齋藤 千尋 図書館 調査員 吉川侑輝 私立大学教員 葉山慧 学部生 篠木涼 団体職員 涌井恵 放送局勤務 小川慎一 東京新聞社会部記者 出雲まろう ライター 磯直樹 研究者 三枝暁子 東京大学 上谷直克 アジア経済研究所 研究員 鈴木茂 出版業 山口一男 シカゴ大学教授 立山陽一 在野研究者 渡邉啓太 大学院生 浦出卓郎 小説家・シナリオライター・在野歴史研究者 清水谷耀一 学部生 松岡大樹 東京大学 学部生 中井圭 映画解説者 畑山さえ 学生 久木元真吾 大学教員 宮澤 豊和 大学職員 安原徹也 秀明大学専任講師 小田智敏 広島修道大学非常勤講師 溝尻真也 大学教員 森陽里 ライター 渡邉美希 一関工業高等専門学校教員 岩渕美和 日本社会事業大学大学院 入江 楽 僧侶 広瀬友紀 東京大学教授 浜門麻美子 出版社勤務・編集者 松崎洋子 アメリカ文学 敬和学園大学(元)  沼田真一 東京造形大学 准教授 甲斐晟豪 東京工業大学工学院機械系M1 野村奈央 埼玉大学准教授 川﨑聡史 日本学術振興会特別研究員(PD) 標葉隆馬 大阪大学准教授 松田 亮三 立命館大学教授 鈴木七海 大学院生 西田祥子 アートマネージャー、キュレーター 高原英理 作家 祇吹英秀 哲学者、小説家、高校生 新田龍希 早稲田大学次席研究員 高松 百香 東京学芸大学特任准教授 泉 麻里奈 神戸市内の学生 りきょうよう 大学院生 田中英理 大阪大学准教授 京都絵美 画家 / 大学非常勤講師、研究員 カワタアキナ イラストレーター 水藤新子 中央学院大学教員 志村 真弓 大学院生 加藤敦也 大学非常勤講師 堀井 野の花 横浜国立大学 大学院生 大森 太郎 升形国語塾 代表 よこのなな 翻訳者 鈴木織恵 淑徳大学 稲見 宗久 完全個別指導塾あいらぼ主宰 辻村伸雄 国際ビッグヒストリー学会 理事 朱喜哲 大阪大学招へい教員 平間尚子 グラフィックデザイナー 纓田宗紀 アーヘン工科大学 榎本 珠良 明治大学特任教授 折田 淳 スクールソーシャルワーカー 梅田建人 大学院生 小林里瑳 東京大学大学院博士課程 野原燐 ブロガー 石田喜美 横浜国立大学・准教授 村田未来 大学生 赤羽目 匡由 東京都立大学人文科学研究科 槙野 翔 トリニティ・カレッジ・ダブリン博士課程 京樂真帆子 滋賀県立大学教員 加藤圭木 一橋大学准教授 八谷 澪 会社員 松山 恵 明治大学 松岡 葵 九州大学大学院生 川瀧紗英子 大学院生 平諭一郎 東京藝術大学 特任准教授 野口誉之 東京大学大学院助教 山内清郎 大学教員 赤﨑眞耶 大学院生 北 奈央子 聖路加国際大学大学院生 村上 モトアキ 中学校講師 MAKIHARA Aiko 会社員 櫻井みなみ 大学院生 水野僚子 日本女子大学教員 近藤壮 共立女子大学文芸学部教員 菊池慶子 大学非常勤講師 武田将明 東京大学准教授 高遠るい 漫画家 井上貴翔 北海道医療大学教員 関口裕子 編集者、ライター 伊藤友美 非常勤講師 日高 喜久子 会社員 星純子 茨城大学教員 松浦真衣子 高専教員 羽生有希 大学院生 田邊泰子 介護要員 朴沙羅 ヘルシンキ大学文学部講師 神羽 登 会社員 横井桃子 愛知大学准教授 松丸健二 フリーライター 西島亜木子 九州国立博物館 研究員 村和明 東京大学 鳥谷まゆみ 北九州市立大学 准教授 児玉美月 映画ライター 清水香澄 会社員 奥彩子 大学教員 小林拓矢 フリーライター 中島那奈子 ダンス研究、ダンスドラマトゥルク 神永 れい子 クオータ制の実現をめざす会 川口明日香 タリン大学大学院生 豊田真穂 早稲田大学 吉田恭子 立命館大学教授 渡辺菜々緒 編集者・ライター 柿本 佳美 奈良女子大学アジア・ジェンダー研究センター協力研究員 中西 麻由美 無職 平野恵子 お茶の水女子大学ジェンダー研究所特任講師 渡邊佑里乃 美術館職員 辻 大地 九州大学大学院・学生 出井希 学生/ 一般社団法人Voice Up Japan 慶應支部 テヅカヨシハル 駒澤大学教授 黒岩三恵 立教大学異文化コミュニケーション学部教授 小笠原一能 精神科医 権桃嬉 慶應義塾大学 中谷彩一郎 大学教員 名古摩耶 編集者 渡辺 愛 東京藝術大学・昭和音楽大学・尚美学園大学各非常勤講師/作曲家 佐藤展 画塾経営 福谷 咲奈 東京大学公共政策大学院 学生 栗田隆子 文筆業 小島慶子 エッセイスト 杉山暁子 立命館大学 松田英亮 ジェンダー・セクシュアリティ研究 樋浦郷子 国立歴史民俗博物館 清原和之 島根大学教員 白岩洵 山口大学講師 山口勲 詩人 渋谷 悟 会社員 土岐英梨子 京都大学大学院文学研究科修士課程 神野真吾 千葉大学准教授 ナナシマ マリア 写真・映像作家 中川雅道 神戸大学附属中等教育学校教諭 高橋明彦 金沢美術工芸大学教授(日本文学) 吉田侑李 ライス大学 博士号取得候補者 大門正克 早稲田大学特任教授 仲田公輔 岡山大学講師 寄藤晶子 福岡女学院大学 野元 晋 慶應義塾大学教授 谷口亜沙子 明治大学教授/フランス語翻訳 渡邊恵美 一般人 伊田勝憲 立命館大学教授 七海 地下翻訳者 高橋圭 東洋大学助教 松田真希子 大学教授 池宮克紀 男子高校生 高木伽耶子 日本語教師 小嶋ちひろ 三重大学准教授 清水七緒 大学生 吉田建一 埼玉大学研究員 岩下綾 慶應義塾大学准教授 大原とき緒 映画作家 伊藤健介 イラストレーター 浅沼優子 ライター・翻訳家 小堀 陽平 演劇作家/企画者/指導者 中田博士 アート 玉岡光世 無職 実川元子 フリーランス 翻訳者/ライター 宇都木大樹 労働者・アーティスト 檜皮瑞樹 千葉大学准教授 三部 光太郎 千葉大学大学院 髙橋愛 岩手大学准教授 竹下昌志 北海道大学院(修士学生) 松浦菜美子 関西学院大学助教 大内弓子 ライター 村瀬智子 大学職員/翻訳者 小野学 塾講師 小林 鷹義 学生 (東京大学) 小野寺幸子 明星大学准教授 青山和佳 東京大学教授 吉田夕佳 医療従事者 松浦志野 順天堂大学医療看護学部助教 稲永晶子 図書館司書 永林あや子 編集者 井口 鉄也 無し 児玉谷レミ 一橋大学大学院社会学研究科 土屋誠一 美術批評家・沖縄県立芸術大学准教授



に、心からの敬意と感謝を捧げます。彼らの経験と洞察がなければ、このKvetchの旅は、これほど深く、そして普遍的な意味を持つことはなかったでしょう。学術の自由と表現の責任という、決して終わりのない問いに挑み続ける全ての人々に、私たちのKvetchが、少しでも慰め希望をもたらすことを願ってやみません。グローバルな「正義の屍」の上に、いつか再生の花が咲くことを信じて。


免責事項 本書下巻はフィクションではありませんが、kvetchです ⚠️🗣️

本書下巻の内容は、公に入手可能な情報、学術的分析、そして著者のKvetch(ユダヤ的愚痴)という視点に基づいています。本書に登場する一部の2025年の事例や調査データは、未来の可能性を考察するための架空のシナリオとして設定されており、現実の出来事とは異なります。特定の個人や団体を不当に断罪することを目的とするものではなく、また、本書で述べられている見解が必ずしも全ての人々に受け入れられることを保証するものでもありません。本書は、キャンセルカルチャーが提起した複雑な問題を多角的に考察し、読者の皆様が自らの判断を形成するための材料を提供することを目的としています。事実関係の誤りがないよう最大限の努力を払っていますが、万一誤りがあった場合はご指摘いただければ幸いです。本書はフィクションではありませんが、Kvetchという視点を通して、感情と論理の交錯する人間ドラマとしてこの現象を捉え直しています。

 

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